不確定情報
4月中旬の日曜日の昼、かえで探偵事務所の窓から見える桜の木は来る夏に備え青々とした葉に衣替えをしていた。それとは対照的に、人々の衣服はこのまま夏になったら夏には真っ裸になるのではないかと思えるほどの勢いで薄くなっていく。
あっそうなれば女の子の裸見放題じゃん早く夏にならないかなー、などとバカなことを考えてると何処かから声が飛んできた。
「そんなアホなこと考えている暇があったらさっさと目の前のそれを終わらせたらどうかね?どうせ夏はまだまだ先だぞ」
声が飛んできた方向を見ると所長がいた。
だから何故この人は僕の思考を完璧に読んでくるのだろうか?
気を取り直して机の上にあるものを見る。そこには今の時代珍しい原稿用紙があった。
先日の件で学校をサボった際、担任のハゲにバカ正直にネットゲームをやっていましたと言ったために反省文を書かされる羽目になったのである。期限は明日、もう僕には時間がない。
共犯者の佐々木さんも本来なら書かなければならないはずなのだが、事前に所長が佐々木さんの両親に連絡をし、特別休暇届なる魔法の書類を学校に出していたためお咎め無しとなっていた。あまりにも不公平だ、と僕は嘆く。
「嫌だったら意地はってないでさっさと家に帰るんだね。いまさら帰れないとかなら私からあなたのお姉様に連絡を取ってあげようか?」
ニヤニヤしながらそう言ってきたのは何時の間にか僕の隣に座っていたホノカさんであった。アホみたいなメイド服をいつも通りに着ていた。
「だから姉は関係ないでしょ!てかなんで僕の家族構成を知ってるんですか?」
「なんでって…オンナノコには秘密が多いんだゾ」
意味不明な誤魔化しとともにホノカさんはキッチンへと消えていく。
応接間は僕と所長と静寂が居合わせる空間となる。幾許かの時間が過ぎ、僕は反省文という名の拷問をやっとの思いで終わらせた。終わってから言うのもなんだが何故今の時代に手書きなのだろうか。
手持ち無沙汰になった僕は所長に世間話を持ちかける。
「ふー、やっと終わった…ああそういえば所長は"シリウス"の都市伝説を知っていますか?」
「もしかして『"シリウス"誰かの脳内説』か?下らなさすぎて呆れるな。第一脳の容量は4TB位しかないのに世界レベルのネトゲなんてできるわけないだろ」
ですよねー、と僕は高そうなテーブルに倒れこみ、クラスメイトの片倉のアホ面を思い浮かべる。あいつに今回の件を話した時に聞いた話なのだが、そもそもとして脳をある種のコンピュータとして活用する事自体がまだ実験段階であったりするワケであってたかがネトゲ如きに使われるとは思えない。
「どうでもいいけど机の上ちゃんと拭いとけよ。もう直ぐ客がくるっぽいから」
ホノカちゃーんコーヒーと紅茶用意しといてー、と所長の声が事務所内に響く。どうやら今日も忙しくなりそうだ。
依頼人は中年の男であった。
白髪混じりの短めの髪はしっかりと整えられ、年相応の雰囲気を醸し出していた。
男はこの季節には少し暑そうな濃紺のクラシカルスーツを着ている。上下ともに体にあっているところを見るとオーダーメイドのスーツだろうか。よく見ると高そうな腕時計もしている。
「えーと、お名前は宮本修さん、ご職業は…ん?情報省に勤務なされているんですか?」
確認のために依頼書の内容を読む所長の声が疑問へと変わる。
無理もない、情報省は世界の情報を掌握するために作られた行政官庁である。そんな情報省の官僚様が一体どんな『情報』を僕達に調べて欲しいのだろうか。
「それで、本日はどういったご用件で?」
所長が質問をすると宮本は話を始めた。
「実はですね…調べて欲しい場所があるんです」
「調べて欲しいところですか?」
「ええ、場所は情報的脅威研究所、通称"IML"です」
「"IML"ですか、確か情報省の関連施設でウイルスの研究を主とした施設ですね…しかし何故我々に依頼を?貴方の持つ権限を行使すればすぐに調べられるのではないのですか」
所長は宮本に質問をする。確かに関連施設なら宮本自身で調べられるはずだなのに何故我々に調査を依頼するのだろうか。
「確かに私なら内部事情を簡単に調べられます。しかしそれではダメなんです。我々官僚が内部を調査する際には事前の通知が必要になる。その間に秘密裏に行われている何か"は隠されてしまう」
「だから我々に依頼をしたい、ということですか…しかし何故我々なんですか?我々みたいな小さい事務所ではなく、他の大きな事を当たった方がより確実に情報を得られると思うんですが」
「あなた方は"怪盗無限面相"を逮捕していますよね。小さい事務所ながらの快挙、各々に相当な能力がなければなしえません」
それに人数は少ない方が情報漏洩の危険は少ないですしね、と宮本は付け加える。
「それで、我々が今回調べる"何か"とは一体なんですか?」
「それは私自身もまだ掴み切れていません。何しろ書面上で不可解な動きが僅かに見えるというレベルで隠蔽されていますので、"何かをやっている"ということを掴んで頂くだけでも今回は御の字かと」
所長は疲れたのか、ソファの背もたれに少しだけ体を預ける。
所長は明らかに宮本を疑っていた。
何しろ情報省関連施設の極秘調査、つまり国家機密の極秘調査である。例えば宮本が他国のスパイであったとき、国家機密を下手に漏らせばそのまま日本終了という可能性もある。そうでなくても調査の途中に身元がバレたら存在を消される可能性もありうる。
所長は少しの間の後、体を起こし話の続きを始めた。
「とりあえず今日のところは保留ということではダメですかね?やはりメンバー全員で決めなければなりませんので」
「ええ構いませんよ。依頼が依頼なので私も直ぐには引き受けていただけるとは考えていないですから」
「では御手数ですが一週間後にまたこちらに来ていただくことは可能ですかね」
「分かりました。ではまた一週間後に」
宮本は最後に名刺を置いて帰っていった。それによると彼は情報省国内情報局総務課課長らしい。
事務所に漂う重い雰囲気を振り払うように所長は僕達に命令をする。
「とりあえずマサとユイに招集をかけてくれ。話はそれからしよう」
了解です、その掛け声とともに僕とホノカさんも仕事モードへと頭を切り替えていく。
どうやら今回はかなり忙しくなりそうだ。
読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆
次回は潜入捜査だよね