Code:NEET
テンポが悪いのはご愛嬌です
探偵の助手の朝は所長への奉仕から始まる。住み込みで働かせて頂いている僕は所長が事務所に来る前に起床し、部屋の掃除をし、朝食とコーヒーの用意をし、朝刊の用意をする。今日は来ていないが、よく朝から事務所にきてるホノカさんの分も欠かさず用意する。これでこそ助手というものだ。
「昨日寝坊して8時に起きた奴がよくそんなこと言えるな…」
「心の声を読まないでくださいよ」
佐々木さんが今日から来るのだから朝からウキウキになるのもしょうがないだろう。あんな容姿も仕草も可愛い人間と一緒に働けるのに舞い上がらない漢がどこにいるのか。
「お前…事務所にユイをお持ち帰りとかしたら私とホノカでボッコボコにするからな」
「だから心の声を読まないで下さいって…それに幾ら何でもここには持ち帰りませんよ」
話の方向がどんどんずれていくことに気づかず僕と所長は雑談を続ける。
「ああそうそう、今日は仕事があるから学校終わったらすぐ帰ってこい。ユイちゃんもちゃんと持ち帰ってこいよ」
所長が皮肉交じりに僕に言った。
放課後、僕はユイちゃんを持ち帰ることに成功し、無事事務所に帰宅した。
事務所には「かえで探偵事務所」のメンバー全員が揃っていた。こうなると不便なのはソファが3人分しかないことである。こうなると佐々木さんを座らせてあげるしかない。ホノカさんがいつも通りのニコニコ顔でこっちを見てくる。あの人はメイドなのだから普通立つべきではないのだろうか?
「よし、全員揃ったな」
所長が声をかけると皆の姿勢がスッとよくなる。ここら辺のカリスマ性はやはり流石としか言いようがない。
「マサは知っていると思うが昨日ウチにある人物の素行調査の依頼が来た。調査対象は山内龍夜、33歳で現在は無職、自宅に引きこもっているそうだ」
所長は淡々と依頼の内容を言っているが色々とおかしい。
「あの、引きこもりに調査依頼が出たんですか?」
僕は当たり前の質問を所長にする。
「それなんだがね、対象はどうやらVRMMORPGにのめり込み過ぎてしまったようで、"シリウス"というネットゲームに今現在113時間連続でオンライン状態だそうだ」
「つまり"CONNECT"上の素行調査ってことですか」
「まあそういうことだ。隙あらば連れ戻して欲しい、経費はあちらが負担するということだから結構楽な依頼だと思うけどね」
「なんで楽な依頼なんですか?」
佐々木さんが所長に質問する。
「VRMMORPGに入り浸りってことだから連れ戻すのは最悪"CONNECT"の通信をこっちで切断してしまえばいいだけなんだ。また経費も無限みたいなものだし課金しまくれば恐らくあっちの世界の3ヶ月、こっちの1日位で対象のいる場所の辿り着けるだろ。まあ最悪ナオのハッキング技術を駆使して最強アイテムかっぱらえばいいしな」
と所長は言う。
「いやいや待ってくださいよ。"シリウス"といえば世界最大級のMMORPGですよ?そう簡単に行きますかね?そもそも"シリウス"はアクション系ですから普段での運動能力がゲーム内での強さにモロに反映されるんですよ?」
僕は不安要素だらけの所長の考えにツッコミを入れる。
「だから、そのためにそこの美少女を雇ったんだろ」
所長の言葉に反応してメンバーの目線が佐々木さんに向く。
「で、でも、私はそういった類のものを全くやったことありませんよ?」
佐々木さんは狼狽え、所長に涙目で訴える。そんな彼女を見て所長は笑いながら答える。
「安心しろ。私達もMMORPGでの素行調査なんてやったことないぞ」
所長の謎の自信は一体何処から来るのだろうか。
『はえー、噂には聞いていたけどやっぱり本物みたいだねー』
呑気なホノカさんの声が響く。
僕らは今アカウント登録を済ませチュートリアルを受けている最中だ。
僕らは"CONNECT"でネット上に繋がっているため、姿も変わっていた。ボディースーツの所長、チンピラスーツのマサさん、ド派手なピンクのメイド服のホノカさん、スーツの僕、そして佐々木さんはといえば不思議な国のアリスの様な水色のドレスをまとっていて麗しのお姫様といった感じだった。
列をなして歩いている様は傍からみると大名行列だなあ、と思う
それにしても"シリウス"はすごかった。
僕達は夏の森の中を歩いていた。太陽の陽射しは肌に刺さり、風が吹けば草木は揺れ、小鳥のさえずりが何処からか聞こえる。まさに本物であった。
『本当にすごいなこれ…現実に戻りたくなくなるのも分かる気がするわ』
マサさんがボソっと呟く。
『それでは今からあなた方にカードを1枚ずつ渡します。そのカードを身体の上にかざして見てください』
ある程度森の中を歩いたところで僕達の戦闘を歩いていたチュートリアル係が青いカードを渡してくる。その青いカードには良くあるような剣のイラストが描いてある。どうやら皆同じカードを渡されたらしい。
とりあえず青いカードを言われた通りかざしてみる。するとカードが青く光り、イラストの剣へと変形した。
まさしく現実とファンタジーが入り混じった世界といった感じであった。
科学技術は進歩しすぎるとファンタジーとなるみたいなことはよく言われていたが、これは超技術がファンタジーを作り出した感じだと僕は思った。
『このカードは"シリウス"では"エース"と呼ばれています。"エース"には種類があります。青色の"エース"は武具を、緑色の"エース"は回復を、赤色の"エース"は相手を攻撃する呪文を表します。またこの世界には七色に輝く"エース"が1枚だけ存在します。それを手に入れることが"シリウス"でのプレイヤーの目標となります。これでチュートリアルは終了です。あなた方の健闘を祈ります』
こうして僕たちの長い長い旅が始まった。
"シリウス"は中世から近世にかけての欧米諸国をモチーフとしたファンタジー系のRPGである。
この世界のあらゆるところで呪文が飛び交い、龍が空を舞う。そうかと思えば列車や車が地上を走る。そんな非現実的な世界観がウケたのか公開から10年経った今でも根強い人気を誇る。
そのRPGのスタート地点であるナーシャ・ダム大聖堂に僕達はいた。
『各々、装備は揃ったな…ってなんだその格好は』
メンバーが全員揃ったところで所長が顔をしかめながら言う。
"シリウス"では専用のスキンが適用される。
僕はいつものスーツから黒のクラシックスーツに、ホノカさんはド派手なメイド服からしっかりとした濃紺のメイド服に変わっていた。TPOはともかくTHE・近世と言った感じの服装である。
一方でマサさんは中世の貴族ですら着ないようなド派手な服を着ていた。白を基調とした滑らかな布地に所々金の刺繍が施されている。ヤクザみたいな顔のくせにしっくりきているのが何故か腹立つ。
佐々木さんはといえば黒いドレスを纏っている。アクセントとして付けられている白いレースのお陰か、ドレスからは陰鬱なイメージが全く伝わってこず、むしろ彼女の銀髪を際立たせている。
この2人は確かに似合っているのだが恐らく任務でここに来ていることを忘れて楽しんでいる。
『まあ確かに二人の服装は任務というこおを完全に忘れていますが…所長の格好も十分ふざけてますよね』
所長の格好もふざけていた。黒と黄色の警告色で統一された魔女の衣装を着ていた。人の素行調査だというのに完全に目立つ格好をしている。この人も明らかに楽しんでいるだろ。
『ふざけてるのはお前だナオ。普段とほぼ同じ格好をして何が楽しいんだ?』
『いやいや!何が楽しいとかそういうのじゃないでしょ!素行調査だというのに何で皆はっちゃけてるんですか!』
所長の意味不明な発言に僕はツッコミを入れる。
『バカヤロー!周りを見てみなさいナオ君!浮いているのはナオ君の方だぞ!』
ホノカさんがハイテンションで僕に絡んでくる。
僕はあたりを見回す。確かに周りの人は剣士やらビキニアーマーなどはっちゃけた格好をしている。もしかして僕が間違っているのか?
『俺だって無茶な格好をしてるんだ。お前もはっちゃけろ』
マサさんが肩に手をおいて僕を諭す。
こうして僕は対した戦闘能力もないのに赤色が目立つ鎧を纏った剣士となった。
読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆
次回からテンポ上げていきます