黒猫は二度鳴く
今回は長いです。ネタがそろそろ切れそうです。
『猫の足取り追うのってこんなに大変なんですねー』
ホノカさんがぼやく
『まだ50mしか進んでないのにそんなこと言わないでくださいよ…』
『私は情報収集が専門だしなー。普段はこんな地道なことしないから逆に疲れるというか』
『そんなんじゃ全部のカメラ回れませんよ』
僕はすっかり意気消沈して諦めかけているホノカさんを牽制する。
こんな会話をしているうちに猫の足取りを辿り終わる。どうやら佐々木さんの家から1キロほど北に向かったところの道の上で反応が途絶えたようだ。途絶えたところは地図上ではいたって普通の住宅街。何故反応が消えたのか現地に行けば分かるのかもしれないがそれは所長達に任せるしかない。
『反応が消えた辺りにあるカメラは…市の監視カメラがありますね』
『監視カメラかあ。セキュリティとかちょっとめんどくさそうだけどとりあえず調べてみようか』
市のホームページから市が所有するサーバーに飛べば映像を見れると踏んだ我々は取り敢えず市のホームページへ飛ぶことにした。
『市のホームページにレッツゴー!』
その言葉と共にホノカさんの身体が黒く染まり消える。"CONNECT"を使ってサイトからサイトへ飛ぶ時傍からはこう見えるのだが今だに嫌悪感を抱く。
僕も飛ぶ時ああ見えるのかなあ、そんなことを思いつつホノカさんの後を追った。
そこには現実世界に建っている市役所と全く同じ建物が建っていた。しかしその建物は一切汚れておらず、周りには何もない。逆に不気味であった。空はもう茜色に染まっている。現実世界ではもう夕方なのだろう。
何気無く掲示板を見るとそこにはニュースが書いてあった。「巨大掲示板、ついに崩壊」「"怪盗無限面相"ついにIDが割れる」「人気アイドルグループのTNT801解散」などとどうでもいいニュースが並んでいる。いや"怪盗無限面相"のIDが割れたのはどうでも良くないけどそのIDの反応が消えているらしいからこっちでは探しようがないし、そもそも朝の新聞で読んだんだよなあ。
『とりあえず中に入りますかね』
僕はホノカさんに提言してみる。
市役所の入り口は2つ。一般用入り口と職員用入り口である。
職員用入り口から恐らく映像が見れるところに飛べるのだろうがIDもスキンも違う奴が入っても怪しいだけだしハッキングして入ったとしても痕跡がのこりバレてしまう。
そういうわけで僕たちは一般用入り口から入る。
室内もやはり現実と全く変わらない。しかし違和感を覚えるくらい汚れ一つなかった。職員も窓口にしかおらずやはりここは情報世界なのだなあと実感させられる。
中にいるのは僕らを除いて全員職員であった。服装も緑の衣装で統一されている。対して僕らはスーツとピンクのメイド服、明らかに浮いていた。職員達の、なんだこいつらとでも言いたげな目線が痛いほど伝わってくる。
とりあえずこの中の職員のどれかのIDを頂くとして、この絶対的なアウェーの中どうやって彼らに近づけばいいのだろうか
『どうしますかホノカさん?僕たち明らかに浮いてますよ』
『ふっふっふ、私に任せなさいナオ君』
満面の笑みを浮かべて言うホノカさん。この雰囲気に怖気付くことなく引越し届けの窓口へ向かっていく。こういった時の対処法を知っているあたり流石先輩といった感じだ。僕はそんなホノカ先輩を信じついて行く。
『本日はどうなさいましたか?』
職員がマニュアル通りの対応をしてくる。本当にどうなさるのだろうか、と思いホノカさんの方を見ると、何故かホノカさんはすごいニコニコしている。
この人は顔だけは可愛いなあ、やはりメイド喫茶でも人気No.1なのだろうか、などと煩悩を抱えているとホノカさんが行動を起こした。
『私達!この度結婚することになりました!!!』
シーン、という音が聞こえるくらいの静寂が室内を包む。
『いやいやいy』
全力で否定しようとする僕にホノカさんは横から抱きつくような形で口を塞ぐ。第三者から見れば完全なバカップルである。
『あ、あの…おめでとうございます。婚姻届はあちらの方で処理してるんであっちでお願いします』
職員が引き気味にこちらに言ってくる。職員が指した先は戸籍届出の窓口だった。
ホノカさんは僕に抱きついた姿勢のまま強引にそっちへ連れていく。女の子とここまで密着したことのない僕は極度の緊張に襲われなすがままにされる。
(落ち着け、落ち着くんだ。そうこれは情報世界での出来事だ。たかが0と1、いや量子コンピューターだから0と1の重ね合わせに何を緊張しているんだ!)
と僕は意味の分からない落ち着き方をする
窓口に辿り着くと
『私達!この度結婚することになりました!!!』
ホノカさんは再び高らかに結婚宣言をした。
僕らは無事婚姻届をもらい市役所の外に出ていた。
『これでナオ君はいつでも結婚できるようになったねー』
ホノカさんは僕をからかうように話しかけてくる。
『そんなことよりさっさと職員用入り口から入って映像見ましょうよ』
僕は先程のことを忘れたいためかホノカさんを急かす。
『私は行かないよ。だって私はナオ君みたいに変身できるわけじゃないし、そもそもそっち系の技術がないからステルスとかできないし』
ホノカさんはとうっ!と変身ポーズをとりながらそんなことを言う。僕のあれは変身じゃないとツッコミを入れようとしたとき所長から通信が入った。
『ナオ、ホノカ、何か分かったか?』
『婚姻届をもらうのは精神的にキツイことが分かりました。そちらは何か分かったんですか?』
と僕は所長に尋ねる。
『こっちは住宅街で猫とジャミングしている何かを探してる最中だ。この時代でジャミングなんて余程の知識や技術がないと出来ないと思うんだが一応ね』
と所長から返事が帰ってくる。僕はさっきのホノカさんの変身ポーズを真似る。その直後僕の姿とIDは引越し届けの窓口にいた職員のそれと全く同じになる。
『通信を一旦切りますよ。これから僕は市のサーバーに侵入してカメラの映像を覗き見してきます。何かあったらそっちに報告しますんで』
『いや繋ぎっぱなしで侵入してくれ。こっちにも確かめたいことがあるから』
『了解しました。それでは行ってまいります』
そんなやりとりの後僕は職員用の入り口の扉の前に立つ。扉には指紋認識システムとテンキーがついていた。恐らくIDとパスワードの二重の鍵をかけているのだろう。
僕はまず指紋認識装置に指を触れIDのチェックを受ける。今の僕のIDは引越し届けの窓口の職員と同じ、ここは問題なく通過した。
次に待つはパスワード。僕はテンキーに手を触れる。その瞬間青い結晶が僕の手とテンキーを覆う。その結晶はじわじわと広がりドア全体を覆い尽くそうとしていく。数十秒経ち、扉全体を覆ったところで結晶は扉の中に沈んでいき、扉の鍵は開いた。
綺麗だ、見ていた芹沢ホノカはそう感じた。しかしこの技術を一体どこでどう身につけたのだろうかという疑問が同時に沸いてきた。
扉の向こうには長い廊下が続いていた。幸い横の部屋に続く入り口の上には行き先がついている。
『それじゃあ潜入しますかな』
所長らが張ったトラップに侵入しようとしたときと同じ緊張が身体を走る。
『とりあえずステルスを張れ。お前ならそれくらいできるんだろ』
『そりゃまあできますけど…見つからないですかね?』
『たかが市のサーバーに仰々しいセキュリティなんてしかけないから大丈夫だろ…多分。』
『多分って!嘘でも大丈夫って確約してくださいよ!』
所長との無駄なやりとりのおかげで僕は平常心を取り戻す。
そんな落ち着いた状態で右手を前にかざし目を閉じる。すると僕の体にヒビが入り、粉々に砕け散った。これで僕の姿は誰からも見えない。
『それでは映像が置いてあるところまで行ってくれ』
その所長からの指示に従い僕は廊下を進み、監視カメラの映像がある部屋へ向かう。途中職員らしき人間とすれ違ったときは心臓が飛び出そうになったが何とかやり過ごし、「監視室」と書いてある部屋に入った。
部屋の中には数万ものモニターがあった。一つ一つの違う映像が映し出されている景色は異様であった。中に人はおらず、自由に調べられそうであった。
『そっちに誰もいないか?』
『ええ、こっちには誰もいません』
僕が所長に対してそう答えた数秒後、監視室の中央で歪む。そこから出てきたのはボディースーツの所長だった。
『所長が来れるなら最初から来ればいいじゃないですか』
僕はぼやく。
『斥候は重要なんだよ。それよりも映像を確認するぞ』
僕と所長はマサさんと佐々木さんが映るモニターを見つけそこへ行く。
モニターに触れるとメニューが表示される。僕たちは佐々木さんの猫がいなくなったという一昨日まで映像を巻き戻した。
映像には道路とその前の家の塀しか映っていなかった。暫くするとそこにコシカちゃんと思わしき黒猫がやってくる。
その猫は塀の上を歩いていた。そして塀から降り家の敷地に入っていく。猫は庭でしばらく遊んでいた。すると窓が開き、30代くらいの男が出てきて中に連れ込んだ。
それからは再び道路と塀しか映っていない。
『これってどういうことですかね…』
あまりにも普通の映像に僕は所長に尋ねる。
『どうって…とりあえずここの住民に聞いてみるしかないだろ。とりあえずお前とホノカもこっちへ来い。それからここの人に聞いてみよう』
硝子のように澄み切った星空の下、僕とホノカさんは所長達と例の家の前で合流した。しかし猫ごときに何故全員集合をかけたのだろうか。
「これから猫のこと聞いてみるから、各自準備しろ」
所長の命令でホノカさんは何処からかメリケンサックを取り出し、マサさんは全身の関節をバキバキ鳴らしはじめた。佐々木さんは二人の行動に理解が追いついていないのか呆然としている。
「ちょ、ちょっと!猫捕まえるだけですよね?」
僕は慌てて所長に尋ねる。
準備するにこしたことはないんだよと所長は笑うがたかが猫に準備もへったくれもないのでは?と僕は思う。
ピンポーン、と所長がインターフォンを内蔵されているカメラを隠しつつ鳴らす。
インターフォンから男の声が響く。
「あのどちら様でしょうか?」
「すいませぇんここらへんで黒猫が逃げだしちゃってぇもしかしてこちらのお宅に入ってないかなぁって思ってぇ」
僕は思わずぶっ倒れそうになる。あの所長が猫なで声を出したのだ。
所長の猫なで声が効いたのか、数十秒の間の後、ドアが開き中から男がこっちを覗いてきた。その瞬間所長はドアノブと掴み叫んだ。
「第一級探偵だ!」
その瞬間何故か男は部屋の中に逃げ出す。
「マサと私はこのまま家の中に、ホノカとナオは庭へ回れ!」
何が何だか分からないまま僕はホノカさんに着いていく。
庭につくと窓から所長とマサさんがリビングに入ってくるのが見えた。しかしそこには誰もいないのか、リビングからでてまた何処かに行ってしまう。
一体何が起きているのだろう。何故あの男は逃げ出したのだろう。そんなことを考え何気無く上を見ると二階のベランダにあの男が何かを持って立っていた。
男は窓をじっと見ているホノカさんに向かって飛び降りてくる。僕はホノカさんを押し倒し、男から身を守る。
男はそんな僕らを嘲るように跨いで玄関の方へ逃げる。
まずい、あっちには佐々木さんがいる!そう思った僕は咄嗟に立ち上がり男を追う。
しかし既に遅く、女の子の甲高い悲鳴と鈍い音が玄関の方から聞こえてきた。
結果から述べると件の男は玄関の前で伸びていた。佐々木さんは武道の達人だったのだ。
僕は何故周りの女性は屈強な人ばかりなのだろうと嘆く。
所長が男を揺すって起こすと男はへっぴり腰で
「ヒイィ!すいません!本当に逃げてすいません!」
といつぞやの僕のようにひたすら謝る。
「なんで逃げたんだ?」
と所長は男に問う。
「なんでってあんた達探偵でしょ?俺が"怪盗無限面相だってことがばれたのかと…」
「よく引っかかってくれたな、私達は猫を探してると言っただけだぞ」
所長はドヤ顔で男にそう言うと男はうなだれてしまった。
「いつからこの男が無限面相だと分かってたんですか?」
僕は所長に聞く。
「依頼主さんから話を聞いた時からかな。"CONNECT"の反応がないって聞いた時に朝刊で読んだニュースを思い出してね」
所長はそう答える。だから依頼を引き受けたのか、と僕は気づかされる。
しばらくして警察が男の身柄を引き取りに来た。警察が玄関を開けると黒のターキッシュアンゴラが飛び出てきた。その黒猫は佐々木さんの胸に飛び込みニャア、と可愛く鳴いた。
「お帰りコシカちゃん」
佐々木さんが笑顔でそういうとコシカはもう一回ニャア、と鳴いた。
読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆
怪盗無限面相の扱いが雑すぎて笑うしかない
もうちょっと構想とか練らないとなあ