非日常に潜む日常
やっとラブコメ始まるわ
「暇ですねえ」
探偵事務所とは思えない位の静閑さに耐えきれず僕は思わず愚痴をこぼす。
探偵の助手になったはいいが初日からこれだとは思わなかった。
特にやることもないので改めて事務所を見渡してみる。
ここには僕とセレナさん、つまり所長の2人きり。既にコーヒーを2人で10杯以上飲んでいるからか部屋の中が若干コーヒー臭い。
部屋の奥には社長が座るような綺麗な机と革の椅子が置いてある、その手前には応接用のソファがテーブルを挟むように並べてある。
どれも高級そうなのだが一体そんなものを買うお金がどこから出ているのかを知りたい。
「仕方ないだろう…客は来ないし国から出てる中で目ぼしいものといえば"怪盗無限面相"しかないし…」
と所長は新聞を読みながら言う。めぼしい案件がない、と言うがこういった小さい事務所は目ぼしくない案件で細々とやっていくものではないのだろうか?
「かえで探偵事務所」は小さいのである。このご時世探偵事務所は助手やら何やらを2、30人抱えているところが多いのにもかかわらずここにはヤクザとメイドしかいない。
ネット上に店はおろか広告すら出していないため"CONNECT"を通して得られる客もいない。
それに立地も悪いのだ。駅前、といえば駅前なのだが見るからに怪しい雑居ビルの最上階に事務所はある。これではまるで半世紀以上前の探偵事務所だ。
この条件で客が来るなんてあり得ない。
やることが本当にないので窓際に行く。
ここからの景色はいいんだけどなあ、と僕は思う。
青く澄んだ空に浮かぶのは飛行機雲、下を見れば春特有の穏やかな太陽を浴び輝く大きめの川は桜並木と共にどこまでも続いている。そんな美しい空間の横にあるからかビルが乱雑に立ち並ぶ姿さえも心なしか綺麗に見える。
学校さえ始まればまた変わるんだろうけどなあ、ああでも筆箱とか制服とか家に置いてきちゃってるから後でこっそり取りに行かないとなあ、などとどうでもいいことをウジウジ考えている僕の姿にみかねたのか、所長が話しかけてくる。
「諦めて暇を楽しみなさいナオ君。こっちは少数精鋭だから客が来たら忙しくなるんだぞ」
「そのナオ君って呼び方やめて下さいよ…そういえば芹沢さんと那須野さんはどうしたんですか?」
「芹沢と那須野?ああホノカとマサか。ホノカならメイド喫茶、マサはジムに行ってるはずだぞ。」
「2人とも暇を満喫されてますね」
「ホノカは趣味じゃなくてバイトしてるんだが…おっと、どうやら客が来たようだぞ」
所長の言葉の数秒後にカランコロンカラーンという何とも間の抜けたドアベルの音が鳴った。
依頼者の名前は佐々木結衣というらしい。肩までかかるくらいの銀髪で少しウェーブがかかってて顔も可愛くて細くて小さくてこんな怪しいビルにある探偵事務所だからかちょっとおどおどしてて…要は超可愛かった。
探偵の助手をやってて良かった、初めてそう思った瞬間である。
「それで、本日はどういったご用件で?」
僕はちょっとかっこつけて尋ねてみる。横の所長がゴミを見るかのような視線でこっちを見てくるがそんなのは関係ない。
「実はその…ね、ねこを探してもらいたくて」
「「猫だって?」」
僕と所長の声が思わず被る。それもそのはず、四半世紀前位にペットとして飼う動物にはGPS発信機の埋め込み及びCo:IDの登録が義務付けられている。これを利用すれば自分の携帯から探し出せるのだ。
そういった事情にも関わらず猫を探して欲しいなんて探偵にお金をあげると言っているようなものだ。
「なんで猫なんて探さなきゃならないんだ。それくらい自分で探せるだろ?」
やる気満々の僕とは対照的にプロ意識のかけらもなさそうな所長は言う。
「え、あ…うう…」
佐々木さんは明らかに所長にビビっていた。すかさず僕がフォローを入れてあげる。
「もしかして埋め込んだ発信機の電池が切れたとかですかね?そういった状態ならGPSで足取りも追えませんし」
佐々木さんの僕を見る目が神を崇めるようなものになった。しかし言いたいことは違うようで
「いえ、発信機は一昨日埋めたばかりなのでそれはないと思います。ただ…GPSや"CONNECT"の反応自体が消えたんです」
「反応が消えた?」
佐々木さんの話にちょっと興味を持ったのか所長が反応した。
「所長、反応がないっておかしくないですか?事故にあっても発信機が壊れることなんてありませんよ」
カッコいいところを見せたい僕は再びフォローを入れる。
そんな僕を呆れたように一瞬見て、所長はこう言った。
「分かった、とりあえずこちらでその依頼を引き受けよう。それで依頼料の話なんだが・・・」
そうやって引き受けることになった。
探偵事務所には人が集まっていた。ふと外を見るとビルの隙間から見える太陽が少しだけ傾いている。どうやら昼下がりのようだ。
捜査の基本はまず被害者、…いや被害猫の特徴や足取りを確認することである。
「えーっと猫の名前はコシカ、品種は黒のターキッシュ・アンゴラ、年齢は5歳くらいです」
僕は依頼主の佐々木さんから聞いた猫特徴をそれぞれの用事から帰ってきた那須野さんと芹沢さんに伝える。
「コシカってロシア語で猫って意味だよねー。それにしても黒のターキッシュアンゴラなんて珍しいねー」
と芹沢さんがツインテールを揺らしながら言う。
「それにしてもGPSや"CONNECT"の反応が消えるなんて穏やかじゃなさそうだよなあ」
那須野さんが言う。
「そう、穏やかじゃない。だから我々が引き受けたんだ」
所長は言う。
そう、"CONNECT"の反応が消えることは怪しすぎる。
ペットはインターネットを使えないためそいつの状態に関わらず"CONNECT"が常時ONになっているはずだからだ。
その"CONNECT"の反応がOFFになっているということは
「そこに"CONNECT"を遮断する何かがあるということですか?」
僕の隣にいる佐々木さんが不安そうに所長に尋ねる。
「ってあれ?なんで佐々木さんが捜査に加わるんだ?」
僕は当たり前の疑問を口に出す。
「我が探偵事務所では依頼主が捜査を手伝うとで依頼料が段階的に安くなるんだ。今回は猫探しだし実際に探してもらうから50%OFFってところかな」
所長は当たり前のように言う。
「それじゃあ今からコシカちゃんを探しに行くぞ。ナオとホノカは"CONNECT"で、私とマサと現実でGPSが消えた辺りを捜索するぞ。佐々木はとりあえず猫が見つかるまで私と共に行動、見つけたらそこで終わりだ」
所長はテキパキと役割を決め捜索を開始する。この辺りの手際の良さは流石プロだ。
「それじゃあ一緒に行こっかナオ君?」
芹沢さんがこっちを見てそう言ってくる。
「だからその呼び方やめて下さいって言ってるじゃないですか」
「大好きなお姉ちゃんからそう呼ばれてたからかなー?」
………一体僕の個人情報はどこまで漏れているのだろうか。
僕と芹沢さんは日本列島の上に浮いていた。下をよく見てみると同じように浮いている人が何人もいる。
『よーし、準備はできたかなナオ君?』
『…こっちは大丈夫ですよ』
僕は呼び方を変えることを諦めて捜査の準備をする。
僕と芹沢さんは「ねこマップ」というサイトにいる。"CONNECT"を利用した政府の管理するサイトだ。このサイトではCo:IDを登録した猫がどういう道を辿っているかがリアルタイムで表示される。ID検索すれば1週間分の道を示してくれる何気に便利なサイトだ。
『それにしても、芹沢さんってこっちでもメイドなんですね』
僕が呆れるように言う。
芹沢さんは"CONNECT"でもメイド姿だった。但しメイド服の色が普段の青からピンクに変わり、スカートも短くなっている。髪の色は虹色に輝いており、ツインテールも若干長くなっている。
『ホノカでいいよ。それよりナオ君だって普段着からスーツに着替えただけじゃん』
『じゃあホノカさん、これからどうしますか?』
『とりあえずコシカちゃんの道筋を辿っていって変な場所や行動がないか確認、あとは所長達の指示を待つ感じかなー。あっそういえばナオ君ってハッキングの天才なんでしょ?だったらコシカちゃん辿った道筋上にある監視カメラをハックして映像を順に見てみようか?』
『嫌です!そんな簡単に言いますけど、ばれないようにやるには結構大変なんですよ?』
全ての監視カメラを見るのは冗談ではなく本当に疲れるので僕はホノカさんに意義を唱える。
『それじゃあ助手にした意味がないでしょうが!文句を言わずにさっさとやるぞー!』
こうして僕の初仕事が始まった。
読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆
"CONNECT"とは一体何なのだ?