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Code:SECRET  作者: いけめん
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Hello world

時刻は午後六時少し前、総員四名による一大作戦が始まろうとしていた。

僕の仕事ははホノカさんとツーマンセルでIMLのサーバーに侵入、とにかく情報を集めてこいという大雑把なものであった。

そのサーバーの情報を集めるため僕達は事務所所有のバンに積まれている黒い箱こと情報構築デバイスの中で待機している。黒い箱と呼ばれるだけあり真っ黒な床にひっそりと佇む白い扉、そしてオレンジのみで構成された空が少しだけ広がっていた。僕らが得た情報を基にIMLのサーバーがここに再現されるらしいのだが、ここまで何もないとイマイチ想像がつかない。

橙に塗られた無機質な空を見上げるとポツリと、太陽のように青く輝く球体があった。所々にあれは可視化されたインターネット本体であり、あそこに橋を架ける、つまり回線を繋ぐことで始めて人の往来ができる。

始めての大仕事を行う緊張からか、情報で構成されている僕の体が少しだけ震えていた。そんなあられもない姿を見てホノカさんは笑う。


『笑わないでくださいよ。このまま警察にチンコロしてもいいんですからね』


『そんなことしたらナオ君はお家に帰らなきゃいけなくなるけどねー』


『そういえばホノカさんその格好で潜入するつもりですか?バカみたいに目立つから万が一見つかったら即特定されますよ』


『露骨に話題を変えてきたね…どんな格好でも見つかったらどうせ一瞬で特定されるんだから別にいいじゃない』


ホノカさんはそう言うと先ほどマサさんにもらった偽造IDをポケットから取り出し、天にかざす。すると夕日に照らされて緋色に染まるホノカさんの姿が影色に塗り替えられていく。寸分の後、彼女を包む黒が晴れるとそこには白衣をまとったホノカさんの姿があった。

先ほどまで虹色の髪であった筈だが、白衣に合うようにか先ほどの影がそのまま髪に残っていた。IDを確認してみるとホノカさんのIDである"SeriHono0818"から"Moron12"へと変わっている。IDから過去12回「Moron」という名詞を使ってると考えると不憫でならない。


『ふっふーん、どうよ私の白衣姿は?似合ってる?』


『あーはいはいそうですね。あとちょっとで作戦開始ですからそろそろ集中して下さい』


最近習得した聞き流すという技術を駆使しつつ、時計を確認する。腕時計は六時まであと五十秒を切っていた。

緊張をほぐすために息を大きく吐き、右手を上げる。僕の準備はそれだけでいい、それだけで僕の姿は目の前にいる"Moron12"というIDを持つ女性へと変化していく。

相変わらず気持ち悪いぐらい正確に変身できるねー、とホノカさんの呆れたような声が聞こえてくる。その言葉が完璧に変身できているという確信を僕に持たせ、心にかかる緊張の雲を晴らしていった。

その時、マサさんから作戦開始までのカウントダウンが入ってきた。減っていく数字が後ろ向きな僕の背中を後押ししてくれる。




その頃佐々木は強面の男の運転する白いバンの助手席に座っていた。この状況は一見少女を誘拐するヤクザに見えるかもしれないがそれは違う。彼はマサさんと呼ばれる人で、私の先輩である。目の前にあるIMLに潜入している他のメンバーのバックアップを彼女とともに担当しているのだ。

初めての大仕事だからか、彼女の手は少し震えていた。そんな姿を見て、マサさんはこちらを気遣うように話しかけてくれる。


「お前の担当は分かるな?そこにあるモニターは研究所内の全ての監視カメラの映像を映し出している。それを使って所長を誰とも会わないように誘導しろ」


佐々木はこくりと頷く。

所長の誘導をする、と彼女はマサさんの言葉を心の中で復唱する。大丈夫だ、見取り図と監視カメラの位置は頭の中に全て入っていると自分に言い聞かせ集中を高めていく。

あらためてモニターを確認すると画面は三十個に分割され、そこに各々の映像が映っていた。コントロールルームに二人、資料室に二人、CONNECT研究室に三人、そして外部通信室に一人、計八人の研究者が映っている。

所長によれば遠藤という人物は今もまだ外部通信室で何かやっているらしいのだが、そもそも外部通信室とはどんな感じなのだろうかと彼女はモニターを確認してみる。

外部通信室は板で仕切られた空間の中に椅子とパソコンが置かれてるような部屋であった。大半の人はありきたりなネットカフェを思い浮かべるだろうが、彼女はまずネットカフェを知らないのでその光景が新鮮であった。

ジジ、と彼女の着けているインカムにノイズが走る。これは所長との通信経路が繋がった合図である。時計を確認すると六時まであと一分程であった。


『あーあー、聞こえるか?こちらの準備は完了した』


所長のテスト通信が彼女の耳に響く。同じくインカムを着けているマサさんの方を見ると彼は手で丸を作っていた。

それを確認して佐々木は返事を返す。


「こちら待機班、所長の声はこちらに届いています。所長の現在地を教えて下さい」


『こちらは脅威対策室近くの女子トイレにて待機中だ』


それを聞き佐々木は画面に映る映像の中から最もそこに近い映像を見取り図なしで確認する。見取り図と監視カメラの位置は先ほど事務所で確認済みだ。

作戦開始まで後二十秒というところで彼女は後部座席を確認する。そこにはCONNECTを利用しているため意識が飛んでいる直人さんのホノカさんがお互いに支え合うようにして眠っていた。彼らのこめかみ付近にはパッチがつけられ、そこから伸びるコードは後ろに置かれた黒い箱なる謎の機械に繋がれていた。

マサさん曰くこれを通してサーバーやサイトに飛ぶと、その中にある情報を保存、再現できるというすごい機械なのだそうだが、こういった方面の知識はないので良く分からない。

彼女はそれを確認すると再びモニターに目を向ける。

車の中に張り詰める緊張をさらに高めるかのようにマサさんがカウントダウンを始める。

午後六時、マサの合図とともに女子トイレに篭る所長は愛用している樹脂製の板状デバイスのタッチパネルを押した。そのデバイスから延びるコードは天井へと登り上を走る回線に接続されていた。




『これより作戦を始める』


インカムから聞こえてくる所長の声と共に目の前の扉が開かれる。所長が黒い箱とIMLのサーバーの接続に成功したようだ。

僕とホノカさんは念のためステルスを張り扉をくぐる。

扉の向こう側はCONNECTを通して接続されることを想定していないため重力が設定されていなかった。所長が工作をしてくれたおかげかセキュリティも機能していない。

空間を漂う数列や文字列が星のように仄かに輝き、通信の際に生じる細い光がほうき星みたいに目の前を横切るその様はまるで情報の宇宙にふわふわと浮かんでいるようだ。

辺りを見回すと何処かへと通じる白い扉が情報の宇宙に三次元的に配置されていた。慣れない感覚に戸惑いながらサーバーの構造を思い出す。たしか外部通信室は……


『外部通信室はあっちだよナオ君。私は別のところを回るけど、ちゃんと構造図覚えてあるよね?』


ステルス状態のため彼女の声だけが情報の宇宙に響くがなんとなく理解し僕は扉へと向かう。

扉を開けるとそこにも先ほどとはすこし違った世界が広がっていた。一番の特徴として天井は開き、そこから先程も見えた青い球がこちらを覗いていた。先程が情報の宇宙であるならばこちらは情報の海のようであった。

情報の海に浸かっていると海底から赤い光が何本も空に向かって伸びているのが確認できた。その光はどれも青い球へと突き刺さっている。それは開かれた空を通して外部と通信していることを意味している。

僕は赤い光の一本に手をかざす。すると画面がいくつも出現し、外部との通信記録が数列としてその画面に表示された。ここまでは順調だ、そう自分に言い聞かせログを収集していく。

唐突にホノカさんから通信が入った。


『そろそろログ漁りは終わりそう?終わったら情報収集を手伝って欲しいんだけど』


『こっちはもうすぐ終わります。それにしても所長のおかげで仕事がやりやすいですね』


『そうだねー。所長も頑張ってくれてたわけだしとっとと終わらせちゃおうか』


そんなことを喋っているとログの収集が終わる。ホノカさんと会話したおかげか緊張もほぐれ、こころなしか体も軽くなる。

僕は他の場所を回った後、コントロールルームに繋がる白い扉の前でホノカさんと落ちあった。ステルスを解くと先に着いていたホノカさんは扉のに寄りかかっていた。


『あとはここだけか…今更ですけどサーバー内を回るだけで中の情報が吸い取れるってすごい楽ですね』


『まー外部との通信のログとか外と繋がってる情報は自力で回収しなきゃいけないのが欠点だけど、今回みたいに外部との繋がりが制限されている場合なんかは超使いやすいよねっと…あれ?ドアに鍵がかかってるみたい』


ホノカさんはそう言うと僕に扉の前を譲る。どうやら僕に開けろということらしい。

扉を見てみるとドアノブの所に今時珍しいパスワードを入力するタイプの鍵がつけられていた。こういったタイプのものは素数を掛け合わせによって決まるため、量子コンピュータが実用化されれば簡単にこじ開けられるとずっと昔から言われていたが一向に実用化されないので今でもその安全性は高いとされている。

僕は事前に所長から聞いていたパスワードを入力し、両開き扉を開いた。

扉の先は、今まで見てきた世界と全く違っていた。

空まで真っ白なその空間は緩やかな下り坂がすり鉢のように中心へと向かっていた。中心には青空色に輝く円柱状の結晶が純白の空を支えるかのように突き抜けていた。その周りにはモニターが結晶を囲むように所狭しと浮かび、そのモニターには様々な文字や映像が映し出されていた。

結晶の塔の表面をよく見ると黒い筋がその世界を汚すかのように幾重にも走っていた。金色の光がその筋を走る様子は電子回路のようでもあり、地面から栄養を吸い上げる大木のようでもあった。

常軌を逸したその圧倒的な光景に僕は思わず息を飲む。

白く輝く世界を汚さないように静かに足を踏み入れ、結晶の前に立つとその大きさに再び圧倒される。まるで世界の全てを司る神のような結晶に恐る恐る手を当てた。すると僕の体の至る所に黒い筋が出現した。金色の光が体の筋を通る度に僕の脳に、目に、心臓に、手足に、このサーバー内に存在するあらゆる情報が快感となり、僕という存在を上書きするかのように染みこんでいく。その情報量は既に脳の容量を遥かに越え危険な域に差し掛かっているはずなのに甘美な感覚に囚われ手を離せない。思考や視界がぼんやりと白く霞み、鼓動はその早さを増していく――――――――――――――――――――――――――――


『……きろ………おい起きろ』


聞き覚えのある声が真っ白な僕の頭に響いた。おそらくつい最近聞いた声なのだが、何故だか思い出せない、いや思い出したくないのだ。思い出したらこのどこか心地よい感覚の中からでなければならない、そんな気がしたからだ。そんな僕の気持ちを無視してなおも白い思考を汚してくる。


「…がいだから起きてください!!」


その言葉が今度こそ僕の脳を揺さぶり起こす。

僕は驚いて飛び上がるかのように体を起こそうとしたが上手く起こせなかった。理由は単純で僕のこめかみあたりにパッチがつけられていたからだ。

白く染まっていた頭を振り、使い物にならない目をなんとか取り戻すと探偵事務所のメンバーで視界が埋まっていた。

ぼやけた世界で最初に口を開けたのは所長であった。


「やっと起きたか…まったく、何をしたら意識障害を起こすんだ」


「いおうひあっえたなあよういんにうえていっえうれえあよあったやないえすか」


気を失ってたなら病院に連れて行ってくれればいいのに、と言いたかったのだが呂律がまわらない。それでも僕の言いたいことを汲み取ってくれたのかホノカさんが口を開く。


「そんなことしたらナオ君はお家に帰らなきゃいけなくなるけどねー」


「そうだ、黒い箱での情報収集は成功したんですか?早速事務所に帰って中を覗いてみましょうよ」


「露骨に話題を変えてきたな…まあそれだけ喋れれば充分だろ、マサと一緒に箱を上の階に運んでくれ」


所長はそう言い露骨に顔をしかめた。しかしその口元が微かに緩んでいるように見えるのは視界が未だにぼやけているからだろうか。

しばらくしてようやく体も動くようになり、マサさんと共にアホみたいに重い箱を一階から最上階まで運ぶという古代エジプト人も真っ青な重労働をこなした。

息絶え絶えになりながらもようやく箱を運び終え、ソファにもたれかかる。先に事務所に上がっていた所長が僕に質問をする。


「なあナオ、何が原因で意識が断絶したか分かるか?」


「ああ、最後に侵入したコントロールルームにあった結晶のタワーみたいなのに触ったらいきなり情報が体の中に流れ込んできてそれっきりですよね」


「ええ?ナオ君は外部通信室のログ漁りが大変だからって私一人にサーバー一周させたじゃないの」


紅茶を入れていたホノカさんは驚いたように僕の方を見る。その発言を聞いて所長の眉間が一層深くなった。


「ナオ、お前外部通信室のログ漁りの時に何かまずいものでも見たんじゃないか?」


「いやそんなことはないはずです。僕が見てたのは暗号化された通信内容なんで」


「そうか、とりあえず外部通信室のログを見た方がいいかもな…マサ、準備を頼む」


はいはいと所長に適当な返事を返しマサさんは事務所の奥から大きめのタッチパネル式のモニターを持ってきて黒い箱と繋ぐ。

マサさんは暫くモニターを弄くるとこれは…、と思わせぶりな台詞を呟く。何かあったのかと僕らは思わず息を飲む。


「なんだこりゃ…遠藤の奴、仕事中に女とチャットしてやがる」


その一言で頂点に達した緊張が一気に崩れ落ちた。国民の血税で何をやっているんだと所長が露骨に苦い顔をする。一歩間違えれば国を揺るがすスパイ扱いされる行為をしてまで掴んだ結果がこれかあと嘆きつつ、一行は画面を覗き込む。


「……これが遠藤の通信記録ですか?」


画面に映されていた文字列を見て僕は思わず呟く。

何かを察したのか所長が僕に同調する


「確かにあまりに酷すぎるな…文字だけで興奮できるとはあの中年野郎は一体何歳なんだ?」


「いや、そういうことではなくてですね」


僕は一瞬躊躇い、しかしふと目に入った佐々木さんに恐る恐る聞いてみる。


「佐々木さんにはこれが何に見えますか?」


「何って…強いて言うならば遠藤という人が相手の女性に延々とセクハラしている証拠、ですか?」


佐々木さんは顔をやや紅潮させ、言いづらそうに答える。これこそセクハラだろという所長やホノカさんの目が突き刺さってくるが今はそれどころではない。

僕の目に映るモニターにはたった一文が英語で書かれているだけであった。


『Hello world』


と。

読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆


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