愛着
とある酒場で一人、中年の男が酒を飲んでいた。
「……はあ、俺の嫁はなんて醜いのだろう。昔はあんなに美しかったのに」
意気消沈している様子を心配して、ある人が話しかけた。
「何を悩んでいるのですか? 私でよければ相談に乗りますよ。赤の他人の方が話しやすいこともありますし、話すだけで気分が楽になることもあります」
「そうかい。それじゃあちょっと話だけでも聞いてもらおうか。特に最近のことなんだけれども、嫁の容姿が年々醜くなってきてね。加齢に逆らえる人がいないことはもちろん理解しているけれど、昔の美しかった妻のことを思い出すとどうしても残念な気持ちになってしまって。だから今日もこうして仕事が終わっても家に帰らずこのような場所で酒を飲んでいる次第だ」
「そうですか、それは辛い思いをされているのですね。それじゃあ私から質問させてもらいます。あなたはむかしの奥さんが美しかったから愛情を抱いたのですか」
「確かにきっかけは容姿に惹かれた一目ぼれであったことは完全には否定できない。けれども私はどんな美貌であっても容姿しか取り柄のない悪女を愛する趣味はない」
「美人は三日で飽きるとも言いますし。では、性格がよかったから好きになったのですか」
「確かに妻の性格は温和で一緒にいると幸せになるものだった。今も妻は私に対して愛情を向けてくれる。けれども、自分の今の気持ちでは妻に合わせる顔がない。君は俺に彼女の容姿ではなく、性格に目を向けろと言いたいのか」
「ええ、確かに性格に目を向けるという手もあります。でも、あなたが奥さんを愛する理由なんてなかったのが実際ではないでしょうか。あなたは理由のない心からの思いで奥さんに結婚を申し込まれたのではないでしょうか」
「ああ、そうだった。私が妻に結婚を申し込んだ理由をあえて言葉にすることはできる。でも、当時は言葉にならない思いでもって妻を愛していたんだ」
「ということはあなたの奥さんへの思いを取り戻しさえすればよいのです。あなたから奥さんへの、魂から魂への愛情を取り戻しさえすればよいのです」
「そのために俺は何をすればよいのだろうか」
「愛するということに理由は要らないのです。ただ一人の人間の魂を愛するということを思い出せばよいのです。私とこの後どうでしょうか」
「いや、このような場所だが、俺に男色の趣味はないので遠慮さていただこう。おかげで忘れていた妻への愛情を思い出せたよ。ありがとう」
残りの人生は妻と仲睦まじい生活を送ったという。