第1話 国連本部は動かない
「急に呼び出してすまないね」
映画に出てきそうな老紳士はゆっくりと呟いた。
彼が呼び出した男性は世界中の人がよく知っている――
世界の警察たるアメリカの大統領である。
「いえ、こちらこそ予定より遅れてすいません」
テーブルにつくと同時に、メイドは彼にコーヒーを差し出す。
それを軽く手で『いらない』と合図し老紳士と向き合う。
ここは世界の中枢の一つ――
「国連安全保障理事会は採決せんだろう。詰まる所“肥え過ぎた豚”より君の方が早く動けよう?」
「我々は“予定調和”で動いています。しかし今回は“予定を知らない”」
「それはおかしいのぅ。ワシが知る限り自然発生説は1861年に否定されたはずじゃが……“降って湧いた”とでも言うのかのう?」
「対象コード“RX-01”は衛星軌道上から“降って湧いた存在”です」
認めたくは無い――
だがそれが“正解”なのだろう。
科学の進歩は“一歩ずつしか進まない”
一つの技術が多数の可能性(分岐)を作り、新しい技術が生まれる。
どんな偉大な発明家も科学技術を一歩か二歩進めたに過ぎない。
だが、突如として現れた“RX-01”には当てはまらない。
人類進化のミッシングリングと同じ――
人類の科学技術を用いているが、まったくわからない技術も使われてもいる。
「ワシはICBMによる破壊命令が出る前に“RX-01”を回収できる方法を模索している」
「近日中のICBM攻撃は無いでしょう。中東諸国が独自にサウジアラビア奪還を支援しています。また、中国・ロシア辺りも狙っているとの情報が――」
「お主は昔から楽な方から言う癖がある。逆から言ったらどうじゃ?」
「……欧州のロストチャイルドもどう動くか分かりません」
「彼らの動きなど問題ではないじゃろう? “平和”とは軍事力の均衡。じゃがアレの存在は――」
「“アメリカ”という存在を脅かす。無論、貴方も――」
「じゃからお主を呼んだんじゃよ」
老紳士は笑っていた。
同時刻 アメリカ 国連軍基地
「何と言うかアメリカなんて久しぶり!!というか初めてだよ」
「わかった。皆には喜んでいたと伝えておこう」
さすが神楽、超冷たい。
言葉のキャッチボールを無視したような会話を重ね国連軍基地までやってきたが……
一人では行かぬと騒ぎ立て無理やり連れてきた神楽ともそろそろお別れである。
「もうそろそろ、隊長とお別れですね?」
「うむ。もうすぐ清々しい気分になれる」
「他にもっとこう俺に対して優しい何かは無いんですか?」
「基本的にお前のことが嫌いだ」
「超ショック。と言うか目の前で言わないでくださいよ」
「うむ。墓の中まで淡い恋心を抱かれるよりましだと思ってな」
「生きて帰って来いよ的な会話は無いんですか?」
「そうだな。私は生きて帰って行くよ?」
「何そのぼけは!!! じゃあもう、これから死ぬかもしれない部下のために泣いてください」
「そうだな、泣いて喜んでやろう。そしてアレが受付だ。さっさと行け」
「シュールすぎるよ。突っ込めないし……」
「うむ。すいません、受付の人。早く帰りたいので――」
受付に行かない俺の代わりに、神楽が流暢な英語で受付嬢と会話をしはじめる。
改めて周りを見渡すが、やはり屈強な軍人が目立つ。
ロシア、アメリカ、中国、カナダ、イギリス……
色々な国籍の連中が今回の任務に参加しているようだ。
「OH、ジャパニーズ六郎じゃないか」
「あー、デビットじゃないか久しぶり」
知り合いなどいないと思ったが、世間は意外と狭いようだ。
彼とは二、三度ほど日米合同演習で顔を合わせたことがある。
あと一度だけアキハバで見かけたな……
まあつまり、知らぬ人以上、知り合い未満と言った感じだ。
「神楽さんが見えたのでいると思ったよ」
「何だそれ、俺はおまけじゃないんだが……」
「うむ? デビットではないか。久しぶりだな」
感動の再開……などではなく、神楽は目も合わせず帰り支度を始る。
さすが鉄面皮、容赦無い。
「神楽さんも行くんですか?」
「うむ。私は今から日本に行く」
「OH、じゃあサヨナラですね?」
「うむ。サヨナラだ」
「隊長! 俺には?」
「うむ。南無」
「ちょwうむ、南無ってwww」
六郎の声は確実に届いていたが神楽は無視して帰っていった。
ちなみに彼女は酷い方向音痴なのだが……帰れるのだろうか?
「六郎は部隊名なにですか?」
「うん? デルタだけど?」
デビットは神楽から貰った書類を渡すとマジマジと見始めた。
面倒だからあまり見てなかったが――
「アルファじゃなくて良かったな。……さすが神楽さん」
「何? 隊長が何か?」
「デルタはDと言うことで4番隊と言う意味。で今回は後方支援になってる」
「デビットは?」
「僕はエコー(E)だよ。現地に“入らないで良い”お仕事だよ」
「ちょ、おまwww」
「ステイツの軍人の値段は高いんだよ」
「俺は安いのかよ……」
「気をつけろ六郎。お前は“楽観的すぎる”マスコミが情報封鎖されている意味を考えろ」
「オッケーOK。わかってる」
「最後に一言助言すると、“RX-01”が“何をしているか”お前は知っているか?」
ポンポンッと肩をたたくと、超糞まじめな顔をしてデイビッドが基地の中へと入っていった。