悪夢と彼女
めりーくりすます。
凛からのささやかなクリスマスプレゼント、第二弾です。
「――……っ!!」
身体がビクン、と跳ねる感覚で目が覚めた。何だか息苦しくて、ハァハァと荒い息を繰り返す。
起き上がったまましばらくぼうっとしていたが、やがて段々と感覚が戻ってくると、この季節に見合わないほどの量の汗が全身を濡らしていることに気付いた。着ている服はすっかり汗を吸いこんで、湿っていて気持ちが悪い。
どうしたんだろう。なんだか、ひどく身体がだるい。
僕は何気なく、自分の手を見た。
何か……嫌な夢を見ていたような気がする。だけどどんな夢だったのかは覚えていない。ただ、夢で感じていたはずの感覚だけはしっかりと残っていた。
そう。この手から、大切な何かがすり抜けていくような……虚無感にも似た何かが、突如として僕を襲ったんだ。夢の中の僕はそれを、必死で取り戻そうとしていた。
だけどそれが何だったのかは、思い出せない。
ただ、心にぽっかりと穴が開いたような感覚だけは、鮮明に覚えていた。
「何や、起きたんやったら声掛けぇや」
ひょこり、と台所から彼女が顔を出した。エプロンを身にまとい、右手にはお玉を持っている。どうやら食事を用意しているらしい。そういえば微かにいい匂いが漂ってきている。
何も言わない僕を不審に思ったのか、彼女はとてとてと僕のもとまで駆けてくると、僕の顔を覗き込んできた。
「どないした? 汗めっちゃかいとるやん。顔色もよくないで」
眉が典型的なハの字を描いている。本当に僕を心配してくれているんだな、と思うと、とたんに彼女が愛しく思えて仕方がなくなった。
同時に、怖くなった。彼女の顔を見たとたん、何かを思い出しそうな気がして。
覚えていないはずの夢の内容が、今まさに全部現実となって僕へ襲い掛かってくるような気がして。
目の前の愛しい存在が、一瞬にして消えてしまいそうな気がして。
「――わわっ!」
ありもしないはずの不安に押しつぶされて、たまらなくなった僕は彼女の腕を引くと、ぐいっと自分のもとへ抱き寄せた。腕の中で、彼女が驚いたような声を上げる。その拍子に、彼女の手から持っていたお玉が落ちた。カラン、とお玉が床にぶつかる音がする。
「いきなりどないしたんや、発情期か?」
場を和ませるような彼女の茶々にも一切答えず、僕はただ彼女の身体を強く抱きしめた。
「ちょお、苦しいって……」
身をよじりながら、彼女が離して、というように僕の背中をポンポンと叩く。それで僕は、少しだけ彼女を抱く腕を緩めた。
「何かあったんか? アンタ、今日ちょっとおかしいで?」
腕の中の彼女は、やっぱり心配そうに僕を見ていた。彼女の変わらぬ優しさといつもの口調に少しだけ安堵を覚え、僕はかすれた声を出した。
「――貴女は……」
「え、何や?」
コテン、と彼女が首をかしげる。僕はそんな彼女の瞳をまっすぐに見つめながら、こう言った。
「貴女は絶対に、僕から離れていきませんよね? 僕を置いて、どこかに行ったりしませんよね?」
「……」
彼女はまじめな表情になった。しばらくの間、沈黙が辺りを包む。それが怖くて、僕は再び彼女を抱く腕を強めた。今度は彼女が苦しくないように、力を加減しながら。
やがて彼女は、ふ、と表情を緩めた。彼女の顔を彩るその笑みがあまりに綺麗で、僕は思わず息を呑む。
すると彼女は、いきなり僕の頬をつねった。
「――痛っ!?」
「アホなこと言いなんな。ウチがアンタから離れるやなんて、そんなんあるわけないやろ」
突然の刺激に少し涙が出た。思わず抱きしめていた彼女を離し、つねられた頬をさすりながら彼女を見る。彼女の表情は先程の淡い笑みから打って変わって、少し不機嫌そうになっていた。
「ウチは……頼まれたかって、アンタから離れていったりせぇへん」
なんせウチは、アンタにベタ惚れしてもうとるからな。
自信満々にそう言い切った彼女に、僕は目を丸くした。普段はそんなこと、ネタとしてであっても絶対に言ってくれないのに。
何だかうれしくなって、僕は再び彼女を抱きしめた。彼女はびっくりしたように、僕の腕の中でぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。
「ちょおなにすんねん! 汗臭いから離せ!」
「いいじゃないですか、我慢してくださいよ」
「ったく……何やねん。ニヤニヤしくさって、気持ち悪いな」
彼女の悪態も、僕にとっては嬉しい以外の何物でもない。それが彼女のいつもの愛情表現だって、わかっているから。
「好きです。本当に、愛してます。僕だって絶対、何があっても貴女を離しませんからね!」
「言うたな」
僕の腕の中から彼女がふ、と笑う声が聞こえた。見ると、彼女がいたずらっぽいまなざしでこちらを見上げている。
「分かってんねやろな?」
「もちろんですよ」
ふふん、と僕も自信満々に笑う。
そうして僕は、彼女が望む答えを口にした。
「例え何があっても、僕たちはずっと一緒、ですよね?」
「せや」
彼女は満足そうに笑った。
「もちろん死ぬ時も、やで」
ヤンデレ気味な関西弁彼女が書きたかったんです…。
ちなみに文中の関西弁は、純粋な関西弁というより凛が普段使っているものに近いような感じなので、本場関西出身の方は「こんな言い方せぇへんわボケ!」と思われると思います。ホントすみません。
ちなみに凛の出身は、一応ギリギリ関西です。はい。




