宮園ユキコ4
「宮園さん、これあなた宛ね。あと悪いけどこっちの封筒を武田主任に届けてくれないかしら」
総務部の山田カヨさんがそう言って私に白い封筒を渡した。
同じもの?
武田くんと私宛?
誰からかな?
「武田くん」
パソコンに向かっている武田くんに私は声をかけた。
彼は私を見ると、穏やかな笑みを浮かべた。
やっぱり危険だわ。
私は武田くんと視線を合わさないように近づいた。
「これ、山田さんに頼まれたもの」
私はそれだけ言うと白い封筒を武田くんに渡した。
「ありがとう」
武田くんは受け取ると何を思ったのか私の目の前で封筒を開け始めた。私は自分のものをまだ開けていなかったので思わず足を止め、武田くんの手元を見つめた。
それは結婚招待状だった。
「ナツキとトモミからだ」
武田くんはぽつりとつぶやいた。
息が止まるかと思った。
ナツキくんと最後に会ったのは、見たのは1年半前のあの日だった。
私は武田くんに構わず、走り出していた。
苦い気持ちがよみがえる。
そして改めて自覚する。
ナツキくんのことを好きだったんだったということを。
「おひさ~」
マイは赤ちゃんを抱っこしながら私を出迎えた。
「あら。元気なそうな顔ね。まあ、入ってよ」
マイはにこやかに笑いながら私を部屋に招きいれた。
マイは半年前に結婚した。
デキ婚っていうやつだ。
武田くんと別れた後、付き合った彼が今の旦那さんだった。
デキ婚で心配してたけど、マイは幸せそうな顔をしていた。腕の中の赤子も嬉しそうに笑っている。
「本当久しぶりね。元気だった?」
そう言ってマイは赤ちゃんをベビーベッドに寝かせた。そして天井につるしてる玩具の電源をつけた。
「さて、どんな困った用件なの?」
マイはベビーベッドから私に目を向けた。
マイは私と違って人に頼らないタイプだった。いつも一人で決めていた。かといって冷たいわけでなく、私の相談によく乗ってくれた。
「え!まじで?」
ナツキくんとトモミさんからの結婚招待状の話をしたらマイは驚いた声を上げた。
「二人があの後付き合っていたのは知っていたけど、結婚とは。しかも元カノに招待状送ってくるって信じられないわ!」
マイは腕組みをしてそう言った。マイの声にびっくりして赤ちゃんが泣き出す。
「あーごめんね。ごめん」
マイは慌ててベビーベッドから赤ちゃんを抱きかかえた。
「もちろん、行かないんでしょ?」
マイの言葉に私は返答できなかった。
行きたくなかった。
でもこの気持ちを終わらせたかった。
終わらせて次へ進めたかった。
「武田くんにも来てたけど、彼は行くのかな?」
私は思わずそう口に出していた。
「タカオ?彼にも出してるの?本当おかしな人達ね」
マイはあきれた声を出した。
「私にまで届いていたらどうしようかしら」
マイは苦笑してそう続けた。
「大丈夫だと思うわ。会社宛に来てたから。住所知らないみたいだし」
「ユキコ、冗談よ。さすがに私に送ってくるはずないわ。だってトモミさんはタカオのこと忘れられないでしょ」
私はマイの言葉にびっくりしてマイの顔を見つめた。
「タカオにはまると痛い目をみるわ。私もそうだったし。結婚式、無事に終わるといいけどね」
マイは意味深な笑みを浮かべた。
「悪いこと言わないわ。行かないほうがいいわよ。多分すんごいことになると思うから。あと、タカオには近づかないほうがいいと思う。きっと傷つくだけだから」
マイはそう言うと赤ちゃんを抱いて、台所に向かった。
マイも多分忘れてない。
結婚しても思うは残るのかな。
マイの背中をみて私はそう感じた。
結婚招待状は結局、欠席に印をつけて投函した。
そのナツキくん達の結婚式の日、私は家にいたくなくて、外にでた。
なぜか、あの桜並木の道に来ていた。
秋が終わりを迎えようとしていた。
緑が寒そうにしていた。
ベンチに座って空を見上げた。
空は限りなく青かった。
私の心もこんなに澄み切っていたらいいのに。
「宮園さん?」
武田くんの声がした。
「結婚式行かなかったんだ」
私は思わずそう聞いていた。武田くんは苦笑した。
「まあ、ね。ナツキに悪いし」
武田くんはそう言うと空を見上げた。
「いい天気だね」
私と武田くんは空を見ていた。
それぞれ抱える思うは違うはずだけど、なんだか共犯者のようで心地よかった。