蛋白
ちょっとした油断が命取りになるってのは、俺の心の奥底に眠っていた。
例えば、チラッと脇見運転をしただけで重大な、生死に関わるような事故に遭ったりするのは、物心付いた人間なら誰しもわかるような極々当たり前のセオリーだ。
それと同じように俺達の周りには、人の数に比例して危険が石ころのように転がっている。そんなことは俺も重々承知だったが、退屈な毎日の繰り返しでそういったことに対する警戒心が、どっかに旅立っちまってたんだろう。
今日俺はいつも通り家に帰って愛犬の〈ポギー〉と戯れていた。風呂に入って、飯を食って、TVを見て。いつもと変わらぬ退屈を噛み砕こうともせず、飴玉のように口の中でコロコロ転がしていた。
寝る前になってからふと喉が渇いた俺は、ポギーと一緒にジュースを買いに行った。
ジュースの自販機は目と鼻の先なので、鍵は掛けてなかった。
それがいけなかったんだ。
自販機から俺の部屋は見える位置にあって、俺は家を出る際電気を消したはずだった。が、何気なく部屋を見上げると電気がついていた。
消したはずだけどなぁ。なんて思いながら、ポギーを連れて家に戻った。玄関を開けて、ポギーが勢いよく部屋の奥へ入って行くと、短い鳴き声が響いた。
ゾッとした俺はポギーを呼んだ。だが、部屋は静寂に包まれポギーの息遣いすら聞こえない。
意を決した俺は、玄関から部屋の奥へ向かった。
「誰かいるのか!?」
扉を開けると、女がこちらに背を向けて座っていた。しきりに手を動かしている。
髪は伸び放題でバサバサ、ボロボロになった服から覗く皮膚は、何か腐っているかのようにどす黒い。部屋に充満した腐敗臭もこいつだ。
「おまえ、人の家でなにして……」
振り向いたその女の顔には、赤黒い液体が飛散していた。そして、女が手に持っていたのは紛れもないポギーの足だった。
「なんてことしやがる……」
獣のような咆哮の後、女が飛び掛かってきた。間一髪で躱した俺はすかさず、倒れこんだ女の顔面を蹴った。あまりの苛立たしさに我を忘れて顔や体、そこら中を力任せに踏み潰した。
ゴッゴッゴッ
グニャグニャグニャ
グシャグシャグシャ
女の血と肉が辺りに散らばって、俺は我に返った。
足元を見ると、もう人間かどうかもわからないほど潰された“肉”が転がっていた。
こいつは〈ミートマン〉。つまり食用人間だ。恐らく養殖場から逃げ出してきた奴だろう。
愛犬のポギーは食われてしまったが、俺は悲しみに噎ぶことなく、部屋の掃除と明日の料理の下ごしらえを始めた。
2007/11




