世界一不器用な魔法使いが、最愛の師匠に遺す最後の術式
『エルフの私が一人で凍えないように、先立った人間の弟子が遺した魔法』の姉妹作品です
同シリーズの作品をまだ読んでない人は読んでみてください!
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シリーズ「ルシエラとトトのスローライフ」
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僕の師匠は、美しくて、強くて、そして途方もなく不器用な人だ。
あ、不器用というのは魔法の手際のことじゃない。エルフである師匠の魔法は、いつだって精密で、ため息が出るほど美しい。
不器用なのは、その生き方だ。
「トト! また術式を間違えているわ! 部屋を掃除する箒を作ってと言ったのに、どうして家具を猛スピードで並び替える暴走箒ができあがるのよ!」
「す、すみません師匠! でも配置換えって気分転換になりますし……痛い痛い、おでこ小突かないでください!」
僕が作ったおかしな魔導具を見て、
師匠――ルシエラはいつも眉をひそめて怒る。
けれど、怒りながらも僕のめちゃくちゃな回路を夜遅くまで手直して付き合ってくれる、
そういう優しい人だった。
何十年という時が流れた。
人間の僕の身体はどんどん老いていき、
気づけば髪には白いものが混じり、腰も丸くなった。
なのに、鏡の前に立つ師匠の姿は、
僕が子供の頃に出会ったあの日から、
髪の一房、肌の白さ一つにいたるまで、一ミリだって変わっていない。
エルフと人間。生きる時間の長さが違うことは、最初から知っていた。
けれど、いざ自分の終わりの気配が近づいてくると、胸を締め付けるような焦りが僕を襲った。
あの人は、寂しがり屋だ。
強がっているけれど、一人で旅をしている時はよく夜中に寂しそうな顔をしていたし、
旅先で雨に降られれば、火を起こすのも面倒くさがって冷えた身体のままじっと耐えるような、
どこか投げやりなところがある。
(僕がいなくなったら、あの人はまた、あの広い世界で一人ぼっちになってしまう)
死ぬのは怖くない。
でも、あの人を一人残していくことだけが、どうしても心残りだった。
だから僕は、病の床に伏せるようになってから、最後の魔導具を作り始めた。
手元にあるのは、何の変哲もない四角い木箱だ。
「トト、体調が良くないのなら休んでいなさい。またそんな得体の知れないものを作って……」
「いいえ、師匠。これ、ついに完璧な傑作になりそうなんです。自動でゴミを消滅させる、その名も『自動ゴミ箱』です!」
「ふん、どうだか。どうせまた、ろくでもないバグを仕込んでいるんでしょう」
師匠は呆れたように笑って、僕に温かいスープを置いて部屋を出て行った。
ごめんなさい、師匠。嘘を吐きました。
これはゴミ箱なんかじゃありません。
僕は震える手で、木箱の裏側に特別な術式を刻み込んでいく。
師匠が旅先で雨に降られて凍えている時、乾いた薪を出せるように。
師匠がお腹を空かせている時、僕が昔よく焦がして作ってあげた、あの塩辛い干し肉を出せるように。
師匠が誰かの悲しみに触れた時、それをそっと手助けできる何かが飛び出すように。
僕の全魔力と、僕がいなくなった後の全ての時間を、この箱の回路に閉じ込める。
「主人が本当に困っている時、本当に必要なものを差し出す」
そんな、世界一お節介で、世界一優しいバグ(お守り)を仕込むのだ。
数日後、ついにその箱は完成した。
「師匠、ついに完璧な傑作ができました!」
僕はベッドの上から、自慢げに木箱を差し出した。
ルシエラ師匠は「また変なものを作って」といつものように呆れていたけれど、
その箱をとても大切そうに両手で抱きしめてくれた。
「師匠、僕は先に逝っちゃいますけど、僕の傑作があれば安心ですからね。あれは師匠の役に立ちたくて、僕の全魔力を込めたんですから」
僕の言葉に、師匠は少し寂しそうな、でも愛おしそうな目を向ける。
(師匠。あなたが一人で凍えないように、僕の魔法を置いていきます)
(だから僕が死んでも、どうか泣かないで。僕はいつでも、その箱と一緒に、あなたの隣で旅をしていますから)
だんだんと薄れゆく意識の中で、
僕は愛する師匠の美しい横顔を、いつまでも、いつまでも見つめていた。




