第一話
「どこだここ?」
俺は四方八方が真っ白な、奥行きの感じない場所にいた。
どこかフワフワした気分だが、足が地についているという感覚はある。
「あれ俺、何してたんだっけ?」
以前までの記憶を必死に思い出そうと頭を抱える。そして記憶の端が蘇り、そこから完全に思い出す。
「あ」
――少し前
深夜1時、お気に入りのアニソンを聞きながら俺は家から徒歩10分程にあるコンビニへ歩いていた。
「……うぅっさっむ」
「るぅあ♪るぅあ♪ふんがぁ♪……」
誰もいないことをいい事に鼻歌や独り言を口ずさむ。
これは働かずに外にもでない俺の毎日の日課であり、唯一の運動なのだ。
だがこの日は違った。俺が酒を飲めるようになった日。つまり、20歳の誕生日であった。
俺は浮かれ気分でいつもの時間にコンビニに辿り着き"20歳から"と書かれた缶ビールを手に取り、いつもの柿ピーワサビ味とからあげちゃんとともにレジへ会計に行った。
「おねがいしまーす」
「…………」
いつも通り無言の店員、無愛想で接客態度は悪い方だ。俺はこの店員のからあげちゃんの扱いについて毎日イラついているがこの日は不思議と何も感じない。これが酒の力というやつなのだろう。多分違うが……
コンビニを出て車の止まっていない駐車場で俺は待つことが出来ずに缶の蓋を開ける。シュカッ、というなんとも気持ちのいい音を立てて開け口が開いた。
「うっほぉぉ!これこれ!」
そして念願だったビールをグビッ、と一気に飲み干した。
「………………う、うまい」
ビールは美味すぎた。そう、美味すぎたんだ。
俺は調子に乗ってまたコンビニに戻り、5缶の銀色に輝く宝石をまた新しいビニール袋に入れて戻る。そして、また誰もいない駐車場でそれを次々に飲み干した。
「ぷヘぇ〜、これは公園とか電車とかで酒飲んでるおっさんの気持ちわかっちまうわぁ」
あれやこれやと缶を空にしていく。どのくらい経っただろう、時計を見るともう3時の方向に長針が向いている。
「やっべぇ、飲みすぎちった。帰るか、ぐぅえぷっ」
俺は千鳥足で立ち上がった。その時だった俺の視界が揺れる。その次に吐き気、そして頭痛と睡魔が襲う。
「うっげぇ、気持ち悪っ」
「これ、これっ、やっべぇ…………」
――そうして現在に行き着く。
「何やってんだ俺……てかまじでここどこだよ!おーい助けてくれぇぇぇ!」
どこに向かっているかさえもわからない声は反響すらせずに何処かへ行ってしまった。
5分ほど経った。まだ俺はこの空間にいる。不思議とさっきの頭痛や吐き気は無くなり、逆に気持ちがいいと思えるほど爽快な気分だ。
そしてさっきから何度も助けを求めているが誰も答えてくれない。
「ダメだこりゃ」
そうして諦めた俺は出口を探すわけでも、これ以上助けを呼ぶわけでもなく座り込んだ。
「まじでなんなんだよぉ……」
腕にうずくまり泣きそうになったその時だった。
「ただいま沖田セイヤ様の死亡処理完了致しました」
背後から心地の良い女性の声が聞こえた。
後ろを振り返るとそこには、"天使"がいた。
白銀の髪。透き通るような肌。
背中には扇のように広がった小さな羽が生えていた。
それはまるでゲームやアニメでしか見たことのない"天使"そのものだった。
だが、その天使が言ったことに違和感を感じる。
「死亡処理?」
……死亡、その聞き慣れたようで実際に見に起きた出来事は俺の頭で何度も反響した。
その天使が笑顔で答える。
「はい!その通りです。あなたは午前3時14分21秒に、急性アルコール中毒でお亡くなりになられました。」
……俺死んでた…………
元気の良い声で自分の死を伝えられ、驚愕する。
それと同時に全て合点が言った、今体の心地がいいのも、この空間も、この天使も全て。
「まじかぁ、俺死んだのか。まぁいい人生だとは言えなかったしな。でも、実際死んでみるとそこまで悔いはないな」
大遅刻かまして逆に冷静になるみたいに、俺は20歳の誕生日に近所のコンビニの駐車場でビール飲みすぎて死ぬという笑えなさそうで笑える死に方をして逆に達観していた。
すると天使はまたにこりと笑い、口を開ける。
「それはよかったです!それでここからが本題なのですが……」
「私たちはあなたのような居たたまれない死に方をした若者を異世界で魔王を倒す勇者としてスカウトする運動を今現在行なっているのですが、もしよろしければ勇者になってみませんか?」
「うぇ?俺が勇者?」
口をあんぐりと開けてアホズラを晒す。
「はい、そうです!」
「どうですか?異世界で勇者になってみませんか?」
返答に困っている俺に気がついたのか、天使は空間を歪ませ、そこからタブレットのようなものを取り出した。
「もし良ければ、今から異世界についてのプレゼンをするのでそこで判断してみては如何でしょうか?」
そういうと天使はタブレットを操作して、どこから現れたかわからないスクリーンに映像資料を写しながら解説し始めた。
「現在勇者を派遣している異世界、タァーンカには魔法が存在しています。そして、30年ほど前から冥界の主ダフネと呼ばれる魔王が出現し、それまで平和だったその世界を混沌に染め上げようとしています」
「そこで我々がこの世界を602054個目の救助対象世界に認定し、あなた様のような若者を送り出しているのです」
天使はいつのまにか眼鏡をかけ、クイッとそれを上げる。
「先生、質問です」
「どうしましたかセイヤ様」
俺の即興ノリについてきて来るとはさすが天使だ。
そう思いながら単純に気になったことを聞く。
「絶対にその世界に転移しなくちゃならないのか?」
「いえ、このまま記憶を消して新しい命でもう一度生物として生きることが出来ます。しかし、必ずしも人間になれるとは限りません」
「なるほど、じゃあその世界に行くのは強制ではないんだな……」
「もちろんでございます。ですが……」
天使は俺の言動を全て知っていたかのように話を続けた。
「私たちが派遣する勇者の方には任意で、異世界で活躍する為の特別武装というものを販売しております」
そういうと天使はまた空間を歪ませて20個ほどのキラキラした武器を取り出した。
剣、槍、弓、盾、ナイフ、刀、杖、防具、などなどのさまざまな装備がそろっている。
「こちらから一つだけお気に召した物を選び購入することが出来ます」
ここである言葉に俺は引っかかった。
――購入?今ある物は課金要素だということか?いやでも課金する為の金なんて死んだんだから無いし……
そう思っているとやはり心を読んだように天使は口を開く。
「私たちは異世界に対して直接的干渉をすることが出来ません。だから勇者を派遣するということは正直グレーなところなんです。なのでそれ以上反しないように、でも少しでも異世界を救いたいということで、勇者に"購入"という形で装備を提供することにしたのです」
「なるほど……」
「じゃあそれを購入する為の金はどうなるんだ?」
天使は今それを言おうとしていましたみたいな顔で俺を見てまたにっこり笑って言った。
「購入は異世界での後払い式になります。払い方には2種類があり、3年後に一括払いするか、36回分のローンを組み一ヶ月ごとに所持金を支払うという2つの方法があります。ちなみに料金の支払いは自動的に行わせていただきます。」
「ですが……」
天使は続けた。
「詳しい内容は異世界に行ったら分かりますから心配しなくても大丈夫です!」
大丈夫なのか?……
そして俺は最後に最も気になったことを聞いた。
「じゃあもしどちらも払えなかったら?」
「死にますね」
……即答ぉぉ
とは思いつつも正直なところ一度死を経験して、死ぬってこんなもんか、と調子に乗ってしまった今の俺は死への躊躇という物がほとんど無くなってしまっている。
そう、今思うと、この時の俺は本当に調子に乗っていたんだ。この後地獄を見るとも知らずに……
天使が俺の様子を見てさらに付け足した。
「とまぁ、怖がらせているかもしれませんが大丈夫ですよ。この武器があれば大抵の魔物討伐やクエストをクリアすることが出来ます。なので先代の勇者がお金の支払いが滞ったことなんてありません!」
「そうなのか……」
俺は決意した顔で前を向き、その神々しい天使に言った。
「よし、決めた。」
「俺は、その一番強そうな刀で異世界に行く!!」
俺が指さした先には、刀身は赤黒く、まるで灼けた竜の血がそのまま固まったかのような刀がある。
これを選んだ理由はいくつかあるが、やはり日本人で馴染みがあり、且つ使いやすそうな物で、且つかっこよかったから。という説明で十分だろう。
「はい!ご購入、そして異世界への派遣の承認ありがとうございます!それでは支払い方法はどのように致しましょうか?」
「3年後一括で!!」
今のニート上がりの俺に一ヶ月後に金を払えと言われても払える気がしない。なので3年もあれば大丈夫だろうというあまちゃんな考えで一括払いという選択にした。
「了解致しました。それでは5分後に転移となりますのでご準備ください!」
そういうと、天使の姿はどんどん薄くなりやがて刀以外の装備と共に霧散してしまった。
俺は残ったこれからの相棒をてに持った。
刀はどんなに重いんだろうと思っていたが、持ってみると特別装備なだけあるのかとても軽く、百均に売っているチャンバラ用の剣のようだ。
ヒュンッ、ヒュンッと刀を振り回す。
「うぉぉ!オラワクワクすっぞ!」
どんな異世界が待っているのだろうか、どんな仲間に巡り会えるのだろうか、どんな冒険をしていくのだろうか、そんな期待が胸を張り裂けそうなくらい膨らませる。
そして、相棒を振り回しているとあっという間に5分が経ちどこからか天使の声が聞こえてきた。
「それでは異世界転移の準備が整いました。料金精算については転移後とある方法で伝えさせていただくのでご安心下さい」
「それでは新しい世界タァーンカへいってらっしゃい!」
天使がそういうと俺は足から順番に透明になっていく。
「すっげえ、これすっげえ!!」
子供のようにはしゃぎながら俺はついに憧れだった異世界へと足を踏み入れたのだった。




