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【小説】いい肉を食べに

掲載日:2025/12/16

 首元の伸び切ったパイセンのTシャツには三島由紀夫と右翼芸人がプリントされていて、何となくそれを眺めていると唐突に

「一番良い肉ってのは何か知ってるか」

 パイセンがおれたちに訊いた。

 おれは酔って収縮したパイセンの瞳孔を見ながら何かボケて返そうと思っていると、脊髄反射で「A5ランクの和牛っすか」と返した奴がいた。

 パイセンは鼻で笑い

 「そんなんじゃねぇよ」

 と被せ気味に一蹴して、傾けた缶の底に残ったビールの水滴を舐めた。



 ボケを遮られたおれはそれを見て誰も何も言えずにいると、パイセンが空き缶を注ぎながら

「一番良い肉ってのはな、白人の肉だよ」

 そう言って笑った。

「パツキンのあそこってそんなに良いんすか」

 そんな訳ないと知りながら気を利かせて訊いてみると、パイセンはお愛想なんて止せと言うふうに手を振りながら面倒くさそうに

「違ェよ馬鹿。あんな臭ぇのに入れたら、腐ってもげるだろ」

 と言って伸び切った金髪を掻いた。

 この人は長らく金髪をやっているが、よく禿げないなと感心していると、また誰かが訊いた。

「じゃあなんなんすか」

 するとパイセンは嬉しそうに「男だよ」と言って煙草を咥えた。

 訊いた奴──名前を思い出せない──が火のついたライターを差し出すと、パイセンが首を伸ばして煙草に火をつけた。

 鳥みたいだなといつも思う。



「は、マジすか」

 着火パシリが真顔で訊く。

 素直で馬鹿なリアクションはパイセンを大いに喜ばせた。

「最高だよ、お前らもやったら二度と忘れられねぇ」

 パイセンは満面の笑みで言う。

 パイセンと知り合って日の浅い奴らがザワつく。付き合いの長いおれたちはと言うと、またネットに影響されて面倒な話題でもご開帳するのかと憂鬱な気分になった。

 それを知ってか知らずか

「お前らもやれよ」

 パイセンは笑ってそう言うが誰もが尻込みしている。

 そこまで狙い通りだろう。

 その様子を見たパイセンは機嫌良さそうに「だらしねぇな、いまからお手本を見せてやっからついて来い」

 と言って立ち上がったので、おれたちも仕方なく腰を上げた。


 どこに行こうと言うのか、駅に向かって歩いていくパイセンの後をぞろぞろとついていく。

 しかしパイセンが何をするか分からないので少し距離を置いている。

 離れ気味に歩くおれたちをパイセンは気にせずに進み、やたら騒がしくはしゃいでいる外国人観光客を見つけると

「みーつけた」

 と言って駆け寄った。

 おれたちは離れたまま見ていると、パイセンはその外国人観光客と二言三言やりとりした後、おもむろにポケットに手を入れるとナイフを取り出してその観光客の腹に刺した。

 パイセンが何度か刺すと、刺された白人の男が急にうずくまり他の男たちは悲鳴を上げ始めた。

 パイセンは騒ぎに構わず倒れ込んだ男に蹴りを入れて

「リメンバーヒロシマ!」

「リメンバーナガサキ!」

 と叫んだ。


 周囲のひとたちは何かの撮影だと思っているのか、迷惑そうに遠巻きにしていた。

 おれたちもしばらく見ているしかなかった。

「おい、お前らもこいよ」

 紅潮した顔を向けてパイセンが叫ぶ。

 近寄ってみると蹴られた白人の腹にはナイフが突き刺さっており、何事かブツブツと言いながら意識を曖昧に放り投げていた。

「ほら」

 パイセンがナイフを手渡す。

 おれはそれを掴んで、仲間の白人を刺した。


 それは本当に良い肉だった。

 滴る血を眺めながらそう思った。

 何故いままでこうしなかったのか自分に腹が立つほどだった。

 これからはどんどんこうしていきたい。

 友人にも広めたいし、ネットを使って全国に波及させていきたいと思った。


 その夜からだった。

 おれや他の連中も木刀や鉄パイプなどを持って街を徘徊し、目についた外国人観光客を殴り飛ばしては「リメンバーヒロシマ」「リメンバーナガサキ」と叫んで痛めつけた。

 東京大空襲なんて知りもしないだろうが「リメンバートーキョー」と言う輩もいた。

 もっと酷いやつは「生麦!」と叫んでいたりしたが、たぶん何の事か分からないかだろう。


 調子に乗ったグリンゴ達が泣きながら謝るのは気分が良かった。

 時には捕まえた白人にカメラを向けて

「これから日本に来るならお前たちは日本語を勉強してから来い」

「ナメてると痛い目に合う」

「大統領、助けてください」

 と言うメッセージを読ませてネットに公開した。



 おれたちは連日連夜、そうやって街のグリンゴを殴って回った。


 しばらくすると夜間にグリンゴを見る事が少なくなった。

 はしゃいで騒ぐ奴も少なくなったし、英語でしゃべりかけてくる傲慢なのも減った。

 道行くグリンゴたちの顔に緊張感が走るようになった。

 その観光客の数も減った。

 店も電車も空いて、街全体に余裕が出た。

 各国大使館のHPに危険注意報が出されるようになった。


「おれたちは俺たちの手でサムライの国を取り戻したのだ」

 先輩はビールを掲げて叫んだ。

「奴らに恐怖されるジャパンを、オリエンタリズムを、神秘を取り戻したのだ」

 おれたちも歓声とビールを掲げる。

 そうだ、おれたちはもっと早くこうしなけれなならなかったのだ。

 我が物顔で日本を闊歩して大和撫子を物色し、おれたちを黄色い猿と笑い煙草も缶ビールもゴミひとつ持って帰ろうとしない。

 日本を馬鹿にしきったアングロサクソン共の鼻を叩き折ってやらねばならなかった。

「奴らの血で祖国を浄化し清めねばならない!」

 パイセンが叫ぶ。

 おれたちの前に立つパイセンのそれは怒張していた。

 今夜は誰がパイセンの相手をするんだろう。

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