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愛さえ失くした天使には理解るはずのない痛み  作者: 薬研 明
第一章① 双竜の巣の幼馴染
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双竜の巣の幼馴染

もう誤魔化せない。

これから会わせようとしている幼馴染は、双竜組の男だ。

そのことを、僕はフェルキールに告げていなかった。

裏の組織の人間と聞けば、良い顔はされない。

断られる気がして黙っていた。


褒められたやり方じゃない。

それでも、彼の力は必要だと思っていた。

僕は腹を括って言った。


「……黙っていて、すみません」

「僕の幼馴染は……双竜組です」


その一言で、帝国と相容れない立場だという言葉の意味も伝わったのだろう。


「……そういうことか」

「私が受け入れぬと見て、伏せていたのか」


そこにあったのは、混じりけのない怒りだった。

フェルキールの手が僕の服を掴む。


「随分な真似をしてくれたな───」

「オイ、テメェら」


そのときだった。

低く掠れた声が割り込む。


「ここは双竜組だ……門前で騒げば、ただじゃ済まねぇぞ」


現れたのは、煙草を口にくわえた傷だらけの巨体の男だった。

僕の村ではまず見かけない類の迫力がある。

フェルキールはすぐに僕から手を離した。

ここで騒ぎを大きくするのは得策ではないと判断したのだろう。


「……失礼した。こちらにそのつもりはない、退く」


余計な火種を残さず、この場を離れるための言葉だ。

だが、収まるはずだった空気を裂くように、奥から声が響いた。


「あいつだ、ティナートさん……俺たちを火事場荒らし扱いしやがった怪しいやつ……!」


エトノイラの村でフェルキールとひと悶着あった男と共に、さらにひときわ体格のいい男が歩いてくる。


「武装した余所者ってのは、女だったのか……そりゃ情けねェ話だな」


男たちが呼んできたその男──ティナートには、思わず身構えたくなるような重圧があった。

双竜の中でも、頭ひとつ抜けた位置にいる人間なのだと、説明されるまでもなく伝わってくる。

隣でフェルキールが僕を睨んだ。


「……覚えていろよ」


フェルキールの指が剣の柄を包む。

今にも戦いが始まりそうな緊張が張りつめていた。


「ティナートさん……こいつらに、双竜の格ってもんを見せてやってくだせぇ!」


周囲が煽る声に満ちる中、ティナートが前を塞ぐ連中をかき分けて出てきた。

その顔を見た瞬間、僕は名前を呼んでいた。


「ティナ!」

「あァ?」


不機嫌そうに返しながら、ティナートは鬱陶しげにこちらを向く。

その目には、まだ双竜の人間らしい物騒な色が残っていた。


「おい……こいつは……」


だが、僕の顔を見た途端、その険しさが嘘のように引いた。


「シル助じゃねェかァ~!」


そう言うなり、ティナートは僕の身体を引き寄せた。

力強く抱きしめられ、全身に圧がのしかかる。

身体のあちこちから、明らかに無事では済んでいない音がした。


「なっ……」

「ティナート……さん?」


さっきまで場を満たしていた殺気が、乱暴なほど明るい声で崩れる。

その場にいた全員が、揃って言葉を失っていた。


ティナートは太い腕に、二匹の竜が心臓へ食らいつく刺青を刻んでいた。

服の上からでも分かるほど肩も胸も厚く、背はフェルキールより頭ひとつ高い。

近づきやすさとは無縁の姿をしている。


「あの男が幼馴染だというのか……?」


フェルキールは呆然としていた。

信じがたいものを目にしたような顔だった。

ティナートはためらいなく僕の手を掴んだ。


バキバキッ……!


指から、握手とは思えない嫌な音が鳴った。

痛みで声も出ない。

視界が一瞬白く染まった。

だが、その痛みもすぐに薄れていく。

夜叉ヴァンパイアの再生が働いたからだ。


「ここは寒ィし、立ち話もなんだ。中でゆっくり話そうぜ」


ティナートが顎で寺の奥を示す。

僕は頷くしかなかった。

横目でフェルキールを見る。

警戒は残ったままだったが、僕の視線に気づいたフェルキールは一度息を吸い

覚悟を決めた顔で静かに頷いた。


~~~~~~~~~~


僕らはティナートに先導され、双竜組の建物の中へ足を踏み入れた。


門をくぐった途端、外とは別の空気に変わった。

そこに広がっていたのは、静謐せいひつな和の空間だった。

手入れの行き届いた枯山水。

白砂に描かれた波紋の上に、松と石が置かれている。

どこか緊張感がありながらも、不思議と心が落ち着く場所だった。

フェルキールの鎧姿がこの空間の中で際立っていた。


木造の廊下は、一歩踏み出すたびに柔らかく沈む感触を返してきた。


「しかしよ、そっちから会いに来るたァ珍しいじゃねェか?」

「そうだね……僕、あの村から出たことがなかったし」

「女の子を連れて現れるとは……まさか、祝言の知らせでも持ってきたのかァ?」

「「違う!」」


僕とフェルキールの声が重なる。

ティナートはそれを聞くなり、可笑しそうに笑った。


「ずいぶんお似合いの動きするじゃねェか」


からかうような目を向けられ、僕は思わず視線を逸らす。

隣ではフェルキールが咳払いをして、姿勢を改めた。


僕らは縁側を進んでいく。

中庭には澄んだ池があり、風が水面へ波紋を広げていた。

ただ眺めているだけで、時間までゆるやかになっていく気がした。


「まァ……この辺りはほんとに何もねェからなァ

俺も暇なときは、あの村に顔出すくらいしかやることがねェんだよなァ」

「でも、そのおかげでティナと会えたんだ」


ティナートは記憶を辿るように天井へ目を向けたまま歩く。


「初めて会ったときは……確か、泣きべそかいてたよなァ?」

「そうだっけ……全然覚えてないや」

「あの頃から、シル助は放っとけねェやつだったんだよ」

「そっか……僕、昔からずっとティナに助けられてるんだね」


その言葉に、ティナートは迷いなく答えた。


「いくらでも助けてやるよ……これからもな」


僕はただ、その言葉が嬉しかった。


廊下を進む途中、舎弟らしい屈強な男たちが何人も現れ、次々とティナートへ頭を下げる。

低く揃った声が響くたび、流れる空気が引き締まった。

フェルキールは歩きながら、ティナートの横顔を見る。


(どれほど物騒なやつかと思っていたが……どうやら想像とは違うらしいな)


威圧と荒々しさだけで周囲を従わせる男。

フェルキールの中にあった双竜の印象は、ほとんどそういうものだった。

シルの話も、幼馴染を見る目の甘さだと思っていた。

しかし実際に目の当たりにすると、その印象は少しずつ崩れていく。


通された畳敷きの部屋。

壁際には刀が掛けられ

奥には二匹の竜が睨み合うように描かれた屏風が据えられている。

襖の上段には、歴代の頭なのだろうか、墨で描かれた肖像画が並んでいた。


僕らはティナートの向かいへ座った。


「名乗り遅れたなァ……俺はティナート・レッドバッド。双竜組の若頭ってやつだ」


(若頭……こいつが双竜の二番手か……)


「こちらこそ……私はフェルキール・アシェイン

私の勘違いで面子を汚したようだ……すまなかった」

「いやァ……いいんだよ、気にしねェで。あいつらには俺から言っておく

こっちこそ悪かった。武装した余所者って聞いて、厄介な騒ぎかと思って気が立ってた」


ティナートは煙草の煙を吐き、愉快そうな笑みを浮かべた。


「わざわざ頭を下げに来ただけじゃなさそうだなァ、シル助」

「……何の用か聞こうかァ」


その一言に、僕は思わず背筋を正した。

隣からフェルキールの視線を感じる。

……慎重に。

そんな無言の圧だった。


挿絵(By みてみん)

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