ep.52 "終焉に咲く王女の残火"
ロジェロvsバルザウト③
迫るバルザウトの一撃に
左腕の断端を咄嗟に前へ突き出す…
ロジェロは生存本能だけで動いた。
理屈じゃない
防げるはずがないと分かっているのに
体が勝手にそうした。
振り下ろされる刃の軌道、見ただけで分かる…死だ
胸の奥を駆け巡ったのは恐怖ではなく
後悔、そして…仲間の顔。
その瞬間だった。
切断面から黒が滲む
それは血ではない、もっと重くざらついた…
"異形の色"
左腕から黒い皮膚が 腕の断面を覆うように盛り上がる
まるで傷口に蓋をするように。
その黒い皮膚は
腕の断面を覆っただけじゃ終わらなかった
手首、指のあった場所へと伸びて行く
そして指の輪郭を作りかけた"黒"が
そのまま形を捨てて膨れ上がる。
本来あるはずの「手」のサイズ感を
容赦なく越えていく…肥大化しすぎている。
指を作る意志もない
骨格をなぞっていく気配がない
ただ、守るための形だけを最短で選んだみたいに
黒が盛り上がった。
手の形は消え失せた、代わりに現れたのは
異形の皮膚が押し固められて生まれた
…巨大な"盾"
一枚の装甲が腕から生えたように
ロジェロの前を塞ぐ
その間、一秒にも満たない
思考が追いつく前に現実が先に形を変えた。
バルザウトの命を刈り取る一撃が
ロジェロの腕から生えた黒い盾へ叩きつけられる。
ガァンッ!
火花が弾ける
衝撃が盾を通って腕へ、肩へ、背骨へ突き抜ける
その瞬間、ロジェロの全身がぴくりと跳ね、そして
右腕が勝手に剣を振り抜いた。
"ロジェロの無意識のうち"に
バルザウトの胴へ…横一文字に深く一撃。
「!?」
赤黒い飛沫がモノクロだった視界を裂く。
(血の匂い…私の…ではない…)
バルザウトはもちろん
斬った本人であるロジェロも理解できていない
わからない
ただこの盾で一撃を受け止めたその瞬間
…体が勝手に反撃を選んだ。
それは
─────異鎧侵蝕
ロジェロの左手はもう「手」ではなかった
異鎧侵蝕が切断された腕から先を呑み込み
黒い皮膚が膨れ上がって巨大な盾へと形を変える
それに痛みはなく、刃を受け止めるほど硬い。
刃がぶつかった瞬間
重さと振動が神経を貫き、骨に響く
その刺激は、考える前に体を走り
"脊髄が先に答えを出す"
熱いやかんに触れた時、思考より先に手を離す
…それと同じだ
盾が「斬られた」と判断した瞬間、身体が反応
脊髄反射のようにカウンターが自動で発動する。
攻撃を受けたら、無意識の一撃が走る
"殺す"という意思を挟む暇すらない
ただ、体が勝手に打ち返す
殺意を読み取る一流の剣士相手には
あまりにも厄介な盾だった。
自分だけが使えなかった能力
自分だけが届かなかった領域
それが今、切断された左腕の熱に引きずり出される
死の淵で開花した逆転の一手。
だが…欠点があった。
九死に一生を得たロジェロは
震える脚を叱りつけるように踏ん張る。
あれほど焼けつくように暴れていた痛みが
ふっとなくなった
熱も痺れも恐怖も
全て黒い皮膚の下へ押し込められていく
崩れるはずだった力が腕に戻ってくる。
剣を握り直し、そこで遅れて気づいた。
(…剣が両手で握れない)
左手は盾になっている
手首も指も盾の内側に消えた。
ロジェロの剣は両手で振る前提の型
男性と女性の体格差を少しでも埋めるためだ。
それができない。
片手になった途端、剣は急に重くなる
さらに相手は
わずかな乱れがそのまま死に繋がる強者だ。
(今から片手で戦うのは…無謀か?)
そう考えるも、背を向けることはできない
…やるしかない。
「異鎧侵蝕…なるほど、切り札を伏せていたか」
「油断させ、冷静さを欠いた瞬間を見逃さず
遅れて顕現させ一撃…狡猾な剣士だ」
バルザウトはその一撃を設計された必殺と断じた
錯覚させ、誘い、最後に刺す───
緻密に練られたものだと。
だがその読みは的外れだった
ロジェロにそんな余裕はなかった。
狡猾と呼ばれ、ロジェロは不服そうな表情をする
誇れるはずがない、違うと言いたい
…だが自分でも理解できない、説明できない能力
黙るしかなかった。
バルザウトが床を踏み込む、空気が沈む
次の瞬間、刃はすぐ横に現れる
ロジェロは体を捻り盾を前へ出した。
ギィン…
盾の表面が削られ、衝撃が体に響く
そしてまたその衝撃が引き金になる
盾に触れた刺激が背骨を走った刹那
ロジェロの右腕が思考より先に動いた。
意識していない、構えてもいない
閃いた刃がバルザウトの太腿を裂いた。
「…っ!」
遅れて血が噴く
斬られた本人が理解しきれていない顔をする。
(馬鹿な…冷静さは取り戻した
殺意の欠片すら見逃さないと神経を集中させた…
なのに…!)
無理もない
能力が理解できてない状態でのこの反射攻撃
斬ったと思ったら、その瞬間には斬られている
そんな感覚を相手に押しつける
意識の範囲外からの一撃。
「我は斬られたのか…?!」
バルザウトの声が乱れる
怒りではない、混乱だ。
ロジェロ自身も仕組みの全ては説明できない
だが…剣を握る手だけはもう答えを理解し始めていた
そして、ただ一つだけ確かなこと…
────この能力には、戦局を覆す力がある。
ロジェロは剣を片手で構える
両手で振っていた頃の鋭さはない
重心がぶれ、太刀筋もわずかに遅れる
全てがぎこちなかったが…
左腕の盾の存在がそれを補う。
バルザウトが斬る
ロジェロは逃げない、盾を前へ出す。
ギッ…!
盾が受け止めた刺激が合図になる
再度ロジェロの右腕が反射で走る
カウンターの刃が、バルザウトの胴を裂いた。
「グァっ…!」
ロジェロはさらに重ねる
反射の無意識の一撃だけに任せない
相手の体勢が僅かに崩れた瞬間、剣を切り返す
自分の意思で追撃を乗せ二撃目をねじ込む
威力の拙さは、手数で埋める。
相手の一撃は、ロジェロの二撃へと変わる。
盾が起点になり
攻めの順番が回ってくる。
気づけば状況は変わっていた
届かなかった刃が通り
ロジェロは戦いの中で敵と並ぶ位置まで這い上がった
空気が変わる
準備運動は、本試合へと姿を変える。




