ep.51 "終焉へ散る王女の刃"
ロジェロvsバルザウト②
バルザウトの剣は赤黒い禍々しいオーラを纏い始める
揺らめくそれは 炎に似ている
近づくだけで本能が拒む、死臭を孕んだ陽炎
剣をほんの少し掲げる
それだけで空間が張りつめ息が吸いにくくなる。
「この剣には…主の剣と同じ
異形の細胞が取り込まれている」
声の色まで残忍な
刃と同じ赤黒さを帯びている気がした。
「我の異鎧侵蝕は…
この剣の"異形細胞"を活性化させる」
「斬れば傷口から細胞が侵入する
そして肉の中で増え…喰い広がる」
バルザウトは軽く指先で刃を弾いた
澄んだ軽い音が、合図のように背筋を震わせる。
「裂けるような激痛…お主に耐えられるか?」
ロジェロは剣を握る手だけがわずかに強く締まった
汗が柄に滲む。
(ただでさえ戦力差は圧倒的…
ここからさらに上げるか…!)
また弱音が漏れる、体が震える
だが…ロジェロは笑みを零す
怖いのに、胸の奥が少しだけ軽い
強敵を前にして彼女の血は騒ぐ。
バルザウトを越えれば、届く気がした。
これは逃げの震えじゃない
…武者震いだ。
(ここを越えなければ)
吐く息の間隔は短い
それでも、声は揺れなかった。
「…国に剣は届かない…!」
強敵を前にしたとき
いつも自分に言い聞かせる言葉
心に打ち込むための一本の楔。
その覚悟がロジェロの背中を押し上げる。
バルザウトが動いた
剣が振られ空間が裂ける
刃の射程外から斬撃波が飛ぶ
さっきの斬撃波とは別物だ、輪郭がある
赤黒い揺らぎが尾を引き 重さを連れて迫ってくる。
速度が増したわけじゃない
なのに身体が先に悟る、当たれば"死ぬ"
掠っただけでもどうなるかわからない
理屈じゃない、圧が物語っている。
ロジェロは避ける
一歩、半歩、紙一枚
髪の先が持っていかれ風圧だけで肌が痛む。
鼓動が速い、呼吸が浅い
肺が追いつかない。
避け続ける
だが手数に、体が遅れ始めた
無理な角度で捻り続けた筋が悲鳴を上げ
熱が内側から噴き上がる
痛みを誤魔化しても、限界が追い越してくる。
避けきれない…そう判断した瞬間
ロジェロは一度だけ逃げる足を捨てた
剣を前へ出し、斬撃波を受け流す選択
生き残るために。
(一か八かだ…直撃だけは外す)
黒い斬撃波が異形の剣を叩きつける
骨まで響く衝撃
腕が痺れ、指が勝手に開きかける
体勢が崩れる
剣を落とす一歩手前で歯を食いしばって握り直した。
受け流しただけで岩塊を宙へ叩き上げたような
重さが腕を潰しに来る
それでも刃先を押し込み
斬撃波の芯をわずかに逸らした
軌道がねじれ、直撃を避けた。
「…重い…だがこの剣なら…辛うじて受け流せる」
斬撃波は止まらない
もはや雨だ、黒い刃の雨
途切れたと思った瞬間に次が来る
一瞬の油断が即死へ変わる。
少しずつ押し込まれていく
受けるたびに脚が床へ沈み
体が一歩ずつ後ろへ持っていかれる。
前に出られない、防戦一方
ロジェロの目が細くなる。
(攻めなければ、始まらないな…!)
斬撃の隙間を探す
雨の切れ目じゃない
斬撃の角度の癖、振り出しの呼吸
ほんのわずかな予兆
そこだけが生存の糸。
ロジェロは桜閃の動きを連続で重ねた
身体を捻り、軸足を滑らせ、刃の線をすり抜ける。
髪数本の間隔
一歩でも遅れたら首が飛ぶ距離
そのたびに体力が削られていく
視界が揺らぐ、脚が重くなる
心臓が耳の裏で鳴る、うるさいほど鳴る。
(次の一手で…決着をつけるつもりで…!)
距離が縮まる
一歩、半歩。
バルザウトの懐が、ようやく射程に入った。
「…全て躱してきたか…やるな」
称賛の声
けれど余裕は崩れない
こちらが必死に掴んだ生を
相手は指先で弄んでいる。
次の瞬間、バルザウトは斬撃波を飛ばすことをやめた
剣そのものを振り下ろしてくる。
ロジェロの視界が、刃で埋まった。
咄嗟の防御
刃と刃が噛み合い硬い音が炸裂する
火花が散る、空気が震える。
押される
体格差でも筋力差でもない、剣の芯が違う
受けた瞬間
骨の内側まで押し込まれるような圧が来た。
それでもロジェロは崩れない
踏ん張り、角度を変え受け流す。
"千華散"
華が散るみたいに、刃が細かく軌道を変える
正面から斬りつけるのではない
受け流し、逸らし、力を空へ捨てる
剣先を滑らせて相手を崩す剣技…"散華"
異形の剣がもたらした軽さが、技を進化させる
一太刀が短くなり、間が消え、手数が増える
一見 優雅、だが目的は明確…
敵の技を殺すための、決死の刃だ。
バルザウトの剣技の刹那に、一筋の光が差す。
(…見えた…針穴ほどの隙…!貫ける…!)
しかし
「想定通りだ…針穴をこじ開けにきたな」
バルザウトは、その流れを先に読んでいた
腕の角度をほんの僅かに変える
重心を一段落とす
それだけで千華散の刃筋が抜ける。
…そして
ロジェロの剣が、弾かれた。
一瞬
しかし確かに手の中から武器の感触が消える
刃が宙を舞い、火花と一緒に回転し落ちていく。
「しまっ…」
剣士の命が、手を離れた
世界が急にモノクロになったみたいだった
音が遠のき、時間の進みが遅く感じる
呼吸一つ一つが長い。
反射で剣を拾いに身体が動いてしまった
その反射のせいで体勢が開く
回避の体勢へ戻る時間があるのかは分からない。
(拾いに行くのは…無謀だったか)
体から魂が抜け
自分の行動を他人事みたいに眺めながら
評価するような感覚。
背中に迫る気配
刃が来る線が
胴を一刀両断される自分を鮮明に浮かばせる。
(ここで…終わっ───)
刹那の判断
骨を折る勢いで、上半身だけを強引にひねり抜く。
(…って、たまるか…!)
剣の回収を捨てる
最小の損失で生き残る回避を選ぶ
バルザウトの一太刀
本来なら胴を真っ二つにしていた軌道。
紙一重で、刃先がすり抜け…避けた
避けきった。
…はずだった。
次の瞬間、左腕がふっと軽くなる。
「…っ!」
遅れて、痛みが来た。
焼けつくような激痛
皮膚じゃない…肉の奥、骨の内側
火を流し込まれたみたいに熱が暴れる。
声にならない
叫ぶための空気が肺に入らない。
熱い、熱い、熱い、熱い。
燃えている
まるで肉の内部で雷が暴れているような裂ける痛み
異形の細胞が傷口から入り込み
体の中で噛み広がってくる感覚がある。
ロジェロの視線が左へ移った瞬間
軽さの正体が分かった。
左腕が───切断されていた。
「うああああああああ!!!!!」
遅れて全身が勝手に震えた
武者震いなんかじゃない
指が痙攣し、膝が笑う
視界の端が白くチカチカする
涎が垂れる、止められない
ロジェロはその場に膝から崩れ落ちる。
理解している
次の攻撃に意識を向けないと死ぬ。
だが痛みが思考を削り取る
頭の中が熱に塗り潰され言葉が溶ける
必死にもがき引きずるように
落ちた剣へ手を伸ばし、掴む
だが身じろぎひとつ許さない痛みが力を奪う。
バルザウトの剣が、また振り上がる。
このままだと…
死。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。
頭の中が、その文字で埋まっていく。
「あ…」
最後の抵抗か
ロジェロは斬られた左腕をバルザウトへ突き出した
攻撃を受け止めるつもりじゃない
生物としての本能だ
迫る刃を、藁にもすがる思いで防ごうとする
決死の抵抗。
「良い表情だ…」
勝利を確信したバルザウトは笑う。
走馬灯か…記憶が駆け巡る。
ここで終わる悔しさと後悔。
助けは来ない
誰にも届かない思い
国の闇の地下でただひっそりと消えていく。




