ep.46 "夫婦脱獄記念旅行 前夜祭"
アスノ、ロジェロが異形人間と戦い始める中
僕とルナ、モニカ、ヴィアラの四人は
地上へ向かって廊下を駆けていた
未だ白髪の少年の姿はどこにも見当たらない
気配も足音も、匂いすら残っていない。
(もう去っていったのか…?)
最悪の想像が頭の中をよぎる
解放は陽動で、本命は別にある
…そう考えるほど、そうとしか思えなくなる。
ヴィアラが走りながら口を開いた
息はほとんど乱れていない
いつもの張りのある声が、驚くほど小さい。
「ずっと言いたかったんだけどよ…
騙しちゃって…すまねぇな…」
それは謝罪だった
あれだけ冷たく見えたのに
任務の顔で 感情なんて
切り捨てていると思っていたのに。
ヴィアラは僕の横顔を一瞬だけ見て
すぐ前へ視線を戻す
危険な場所、状況も最悪
それでも言わずにいられなかった
…そんな声だった。
「…謝らなくていいですよ」
許すとか許さないとか
そういう話にしたいわけじゃない
ただ、ここで揉める余裕がないだけだ。
ヴィアラは、ほんの少しだけ表情をゆるめた。
「でもな…遺物が好きなのは本当だ」
「初めてだった…お姉ちゃん以外に
遺物の話ができる相手ができたの」
「…楽しかったぞ」
その瞳に濁りは見えなかった
僕も同じだ
語れる相手がいることが
こんなに救いになるなんて知らなかった
結果がどうだろうと、あの時間だけは
…確かに楽しかった。
すぐ後ろからルナの視線を感じる
笑っているのか、呆れているのか
わからない感情だった。
研究所のどこかで上がる悲鳴
壁越しに響くロジェロたちの戦いの衝撃音
それらが折り重なり
建物全体がひとつの生き物みたいに騒めいている。
襲いかかってくる異形は
僕が構える前に三人が潰していく
ルナの魔法…雷が走り、氷が動きを奪う
床の継ぎ目から伸びた根が手足を縛る
モニカとヴィアラは体術で
急所だけを正確に叩き折った。
呻き声は途切れ
異形は見た目そのままに
機能だけを抜かれたように転がっていく
研究対象を必要以上に痛めつけず捕獲する止め方だ。
(…やっぱり皆、強い)
そう考えた後
悔しさより先に背筋が冷えた
この三人が最初からそのつもりだったなら
…僕らは抵抗すら出来ずやられていた。
それでも彼女たちはそうしなかった
本当に生体検査だけが目的で
余計な揉め事を増やしたくなかった?
穏便に済ませたかった?
一瞬
そんなふうに人間らしさや優しさを見出してしまう。
…馬鹿だ。
優しい…違う
彼女たちは奴隷や子どもを使って
境界を踏み越え続けてきた側だ
ここで気持ちが揺らげば
僕は国を認めてしまうことになる。
都合のいい正しさに飲まれそうになった。
~~~~~~~~~~
地下一階へ駆け上がった
階段を抜けた先は天井の高い広間だった
柱が等間隔に並んでいる
研究所の中でもここだけは妙に動ける…
そう感じるほど開けていた。
ここは異形人間の訓練用の階だ
邪魔な設備は最小限に抑えられ
全体が動きやすく作られているとのことだ。
ルナが足を止め、周囲を一度見渡した
この階はやけに静かだった。
「…地下一階に保管していた異形人間
見当たらないね」
その一言で背中に汗が伝う
ここにいるはずの個体がいない
つまり、もう外へ…
(もし地上に出ていたら…)
一般人に被害が出る想像が頭を掴んで離さない
その瞬間だった。
天井が割れた。
石材が砕け粉塵が降り注ぐ
耳を裂く音と一緒に、一つの影が落ちる
次の瞬間
拳が、僕に向かって飛んできた。
「…っ!」
避けきれない
反射で腕を上げたが、その判断ごと叩き潰される。
衝撃が腹の奥を突き抜けた
その威力は僕の肌を超え、骨を超え…
僕の腹に穴が空いた。
「ぐっ…!」
拳が体を貫通している
血が飛ぶより先に呼吸が止まる
ただの殴りで、肉が裂け、臓器が押し潰される。
「不死身くん!」
ルナが叫び、即座に魔法を発動する
炎の塊が僕を貫いたままの敵へ飛んだ。
だがそいつは、貫いた腕ごと僕を持ち上げる
…盾にする気だ
炎は軌道を変えず、僕の背へ叩き込まれた。
持ち上げた男が、楽しそうに笑った。
髭面、中年の体格
太い首と腕、厚い背中
人間の形をしているが…空気が異質だ
ここは研究所だ…
普通の人間が天井を割って落ちてくる場所じゃない。
「小僧!
女を三人も連れ回してずいぶん不埒じゃねえか!」
腹を貫いたまま、顔を近づけてくる。
「男なら一人の女を愛せ…!」
言い終えると同時に僕を投げた
玩具を放るみたいに
子供と遊ぶみたいに軽く…
体が地面に叩きつけられ床を転がり、壁にぶつかる
致命傷も束の間
穴が塞がる、肉が戻る、骨が繋がる。
…再生する。
ルナとモニカとヴィアラの目が
一瞬だけ大きく開いた
ここまでの再生は初めて見たのだろう
中年の男もまた不思議そうな顔で見る。
ルナが睨み名を呼ぶ。
「…ラヴィザ、もう一体は?ドレバンはどこ」
ラヴィザと呼ばれた男は、肩を動かし笑った。
「逃がした!
俺たちはこれから、檻の中ではない…
第二の人生を楽しませてもらう!」
異形人間の一人は既に逃げている…
内容は最悪だった。
「ただ父の威厳ってやつがある!
お前らを殺すために…俺だけが戻ってきた!」
ラヴィザの目が光る。
(父…?)
そのとき、突き破ってきた天井から声がした。
「ラヴィザさん…勝手に行動しないでください」
女の声
けれど若くない、落ち着いた声質
母親のような面影を纏った女
体格は小柄だが、姿勢が崩れていない
顔の一部を黒い異形の皮膚が覆い、表情が読めない。
その女が、天井からぴょんと飛び降りてくる。
「いついかなる時も…私は、あなたと共に参ります」
ラヴィザが嬉しそうに鼻で笑う
苛立ちと喜びが同居したような歪んだ笑い方。
「何故戻ってきたドレバン!馬鹿な女…!
流石、俺の妻だ…!」
ヴィアラが前に出た。
「ルナ様…ここは私たちが抑えます
あなたは白髪を追ってください」
迷いがない、分断の決断が速い
ルナも迷いなく頷いた
側近を信じる判断。
「…分かった
モニカ、ヴィアラ、頼んだよ」
ルナは踵を返し、走り去る
僕も追おうとしたその瞬間。
ラヴィザの手が伸び、僕の頭を掴んだ
視界が揺れる 握力が人間じゃない。
「小僧…お前は説教だ!」
顔が近い、息が熱い。
「その腐った性根…叩き直してやる!」
「急いでるんだよ…!」
僕は足を異鎧浸蝕させた
黒い靴のように質量が宿る
宙に浮いたまま体を捻り、蹴りを叩き込む。
直撃。
だが手応えがない、硬い
ゲイルのときと同じ…皮膚が鎧のようだった。
(効かない…!)
次の瞬間ヴィアラが腕を異鎧浸蝕させた
黒い装甲が走り、彼女の拳がラヴィザの腕を叩く。
「…離せ」
鈍い音
関節を狙った正確な一撃
ラヴィザの握りが緩み、僕は床に落ちた。
モニカも一歩前に出る
視線が冷たい、戦闘の顔だ。
結局、残ったのは…僕、モニカ、ヴィアラ
相手は異形人間、ラヴィザとドレバン。
恐らく夫婦…だろうか
なのに、そこにあるのは家庭の空気じゃない
檻の中でねじ曲がった絆が
獲物を前にして狩人の目をしている。
ラヴィザが肩を回しながら言った。
「ドレバン…こいつらを潰したら、どこへ行こうか」
ドレバンが嬉しそうに首を傾げ
ラヴィザの方を見る。
「檻の外を見たことがありません
…地上を全部回りたいです
世界一周、してみたいですね」
そのやり取りにヴィアラが冷たく無慈悲に返す。
「…テメェらの新婚旅行は中止だ
大人しく家へ戻れ」
僕も呼吸を整え構えた
足の黒鉄が床に擦れ音を鳴らす
ここで止めないと、次は外だ
そして外に出たら取り返しがつかない。




