ep.37. "悲しみの連鎖"
すみません、異形化→異鎧浸蝕へと変更しています
理由はかっこいいからです。
バーサの町を出て
僕らは次の町へ向かって歩く
フジを出た時と同じだ…
道は続くのに、言葉だけが続かなかった。
風が草を鳴らす
一歩一歩、足音がやけに鮮明に響く。
進めば悲しみが消えるわけじゃない
けれど立ち止まれば、悲しみだけが残る
足を掴まれたまま、前へ進めなくなる
悲しみに殺される
…だから歩く。
沈黙を破ったのはロジェロだった
独り言のように、ぽつりと呟く。
「…国への反逆。
決して楽な旅ではないと分かってはいたが…」
言葉を探すように息を吸う。
「目の当たりにすると、やはり辛いな」
誰も否定しなかった
皆わかっていた、理解していた。
この世界は簡単じゃない
一歩を踏み出したからといって
楽な道が勝手に敷かれるわけじゃない。
前に進むほど、失うものが増える
守りたいものの数だけ、壊れるものも増える
出会いがあれば…同じだけ別れがある。
覚悟していた
それでも現実は
覚悟の上を平然と踏み越えてくる。
でも、じゃあ旅をやめようで終わる話でもない
僕らはもう戻れない
戻ったところで、何も戻らない。
失った命は…戻らない。
(…僕が、やらなきゃいけない)
夜叉の能力がある僕が
この力を得た僕が
この悲しみの連鎖を断ち切らなければならない。
僕が進めばまた悲しみが生まれるかもしれない
それでも、ここで諦めることで
「救えたはずの命」が増えるのは嫌だった
誰かが泣く理由を一つ増やす側にだけは
なりたくなかった。
しばらく歩いたあと
ロジェロが視線を伏せたまま口を開く。
「…異鎧浸蝕」
戦いのあとから
ずっと胸の奥に刺さっていたのだろう
声がいつもより少し弱かった。
「バーサでの戦いで…私だけが使えなかった
足を引っ張った…」
ロジェロは拳を握る。
彼女は強い
剣の技術も、胆力も、判断力も
それでも「能力が使えない」という一点だけが
彼女の誇りを削っている。
「私にも…教えてくれ」
僕は歩みを止め、ロジェロの隣に立った
異鎧浸蝕は気合いだけで出るものではないと思うが
やり方だけを伝える。
出るかどうかはきっと、彼女の今までが決める。
血の流れに耳を澄ますみたいに意識を沈める
心臓の音を遠くから聞くように
自分が"生きていることを思い出す"
そんな感覚だ。
僕の足が黒鉄のように変化し
異形の皮膚が硬く覆っていく。
隣でアスノも腰を黒い異形の皮膚に変えた
体幹が固定される感覚が
見ているだけで伝わってくる
異鎧浸蝕を使用したあの瞬間
アスノの戦い方が変わったのを僕は知っている。
ロジェロは額に汗を浮かべ目を閉じた
呼吸を整え、全力で集中する。
…だが。
「…っ…ぜ、全然わからん…!できん…!」
吐き捨てるような声
普段のロジェロなら、こんな言い方はしない
それだけ焦っている。
何度も挑戦するも
ロジェロは感覚を掴むことが出来ず
集中力が切れ、その場に座り込む。
アスノがポツリと呟いた
「カナは
その領域に達した者だけが使えるって言ってたなァ…
つまり、経験値が足りないってことかァ…」
その瞬間ロジェロの耳がぴくりと動き
顔が赤く染まる。
「でも…シル坊よりはロジェロちゃんの方が
強いと思うんだけどなァ」
ぐさりと僕の胸に刺さる
苦笑しながら肩を落とす。
「…夜叉の能力のお陰かな
ミズイの町で暴走した時
僕…全身が異形の肌になってたから」
ロジェロとアスノが
同時になるほどという顔をする
笑ってしまうほど分かりやすい。
ロジェロは負けじと、強がったように言った。
「貴様の異鎧浸蝕は特別として…
アスノはただの怪力…
能力はないが…技術と経験なら、私がまだ上だ」
アスノが楽しそうに笑う。
「へェー…じゃあ次の戦いで
証明してもらおうじゃねぇかァ、ロジェロちゃん」
「…望むところだ」
ロジェロの胸の奥で
負けたくない火が燃えているのが見えた。
アスノは口角を上げて言う。
「旅に出てから…悲しみばっか続いて
ずっと暗かったけどよォ…」
少し間を置いて、続けた。
「辛いけど、旅の間くらいはさ…
こうやって言い合える
楽しい空気のほうが好きだなァ」
やはり皆、思っていたのだろう
けれどそんな言葉が
アスノの口から出るとは思わなかった。
「…そうだな」
ロジェロが微笑み頷いた、その直後
拳がアスノの顔にめり込む。
「ぐえっ!」
情けない声が漏れる
僕は思わず目を見開いた。
ロジェロは淡々と言う。
「さっきは気まずい雰囲気だったから見逃したが…
貴様、異鎧浸蝕できない私を明らかに下に見て
バカにしていたな」
「ご、ごめんって!」
二人の言い合いに
僕はため息をつきながらも微笑んでしまった
こうして笑っていられる時間も
王都へ行けば終わりを告げるのだろうか。
ロジェロが剣を肩に担ぎ、前を歩く
アスノは鼻歌まじりに荷物を持っている。
二人の背中を見つめ、僕は小さく息を吸った。
守りたい
この世界も
この仲間も。
そしてもう二度と
誰かの「ありがとう」が
遅すぎる言葉にならないように。
たとえ
その先にどれだけの絶望が待っていようとも
僕は、進む。




