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ReBlood.N  作者: 毎日がメスガキに敗北生活
傷だらけの子供達
35/39

ep.35 "傷だらけの子供達"

竜虎覇道をまともに受けたゲイルの瞳から

人間らしい光がゆっくりと戻っていく

アスノは攻撃の反動でその場に膝をついていた

拳は震え、もう立ち上がる力は残っていない。


ゲイルは正気を取り戻し

かすれた声を漏らした。


「アス…ノ…」


僕は腕の中のカナを、必死に見つめていた

(死ぬな…死ぬな…カナ…!)


呼吸は浅く体温もどんどん下がっていく

どれだけ声をかけても返事はない。


…そのときだった。


カナの指先がかすかに動く

ないはずの力をどこからか振り絞るように

ゆっくりと、ゆっくりと上半身を起こす。


「カナ…!」


とうに限界は超えている

風に吹かれただけで倒れそうな足取りで

それでもカナはふらつきながら

ゲイルのもとへと歩いていった。


「ゲ…イル…」


弱々しいその呼びかけに

正気に戻ったゲイルが顔を歪めながら応える。


「あ…あぁ…カナ…ごめん…ごめんよ…!」


ゲイルの目からは

大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。


自分の手で

最も大切な存在を傷つけてしまったという事実が

心の底にのしかかる。


「僕…カナを…傷つけてしまった…

君を守るって約束したのに…

幸せにするって、約束したのに…!」


握りしめた拳が、血が滲むほどに震える。


「何も…何も守れなかった…!」


カナはよろめきながらゲイルの隣に膝をつく。


「…いいんじゃよ」

掠れた声で、微笑む。


「カノレフの手から…

儂を…守ってくれておった…」


細く震える指で、ゲイルの頬に触れる。


「ゲイルと過ごせたあの時間…

それが儂にとって…何よりの幸せじゃった…」


「それだけでもう…十分じゃ…」


~~~~~~~~~~


カナは

異形研究所で造られた、元異形の人間。


冷たい壁に囲まれた

鉄と薬品の匂いしかしない研究所

異形として彷徨っていたカナの肉体に

ある日突然、意識が芽生えた。


『…なんじゃ…ここは…』


最初に漏れた声は驚くほどかすれていた

白衣の人間は、感情のない声で告げる。


『君は…この研究の成功体だ』


ずっと眠っていた

終わりの見えない、永遠のような眠り

その眠りから無理やり引きずり起こされ

「成功体」として扱われたそこからの日々は

地獄だった。


実験、拷問、観察、記録

異形人間の性質を確かめるために

毎日、毎日、毎日、毎日…


痛みだけが確かな現実だった

何度泣き叫んでも、誰も助けてはくれない。


(痛い…怖い…)


消え方すら選べない終わらない日々。


そんな悲しみの中…ある日

冷たい牢の扉を開けてくれた少年がいた。


『走れるかい?』


『…どこへ…?』


『外へ行こう、ここじゃない…自由な外へ』


その手を取ると、研究員の怒号が鳴り響く

それでも少年は手を離さずに走り続けた。


彼のおかげで

カナは研究所から逃げることができた。


何も分からない

外の世界のことも…自分のことも。


それでも必死に逃げ続けた末に

たどり着いた、バーサの町

疲れ果て町外れで倒れこんだとき

差し伸べられた、もう一つの手。


それがゲイルだった。


自分と同じように

何かから逃げてきたらしい青年

見ず知らずの元異形の人間にすら

ゲイルは優しく接してくれた。


生き方も、言葉の使い方も

飯の食べ方も、笑い方も…

全部ゲイルから教わった

名前も、ゲイルからもらった。


『…カナは、亡くなった母に似てる』


『そう…なのか…』


ゲイルもまた

何か深い悲しみを抱えているのだと

カナはすぐに気づいた。


親からの圧力、虎牙という血の重み

時折夜中にひとりで涙を流していた。


(母に…似てる…)


「…」


カナはそっとゲイルの髪を撫でる

気づけば、自然と口が歌を紡いでいた。


おやすみ ぼうや

よるを こえて

かなしみを こえて

ねむれ ぼうや…


拙い子守唄

けれどゲイルはそれを聞きながら

安心したように眠りについていった。


大きな体に似合わず

眠っているときのゲイルは

まるで子どものように無防備で

カナにとって

たまらなく愛おしい存在になっていった。


『僕は…戦いたくない』


ある夜、ぽつりとゲイルが漏らした。


『この力は…カナを守るために使うよ。

…約束する』


(あんなに夜泣いておいて…全く)


『頼りになるのかならんのか…

よく分からんが…』


『…ありがとうのう』


それはカナが初めて手に入れた

日常という名の宝物だった。


~~~~~~~~~~


ゲイルは、子どものように泣き叫んだ

「十分なんかじゃない…!全然足りない…!

もっと…もっと一緒にいたい…!

朝も、昼も、夜も…

君と話して…笑って…

くだらないことで喧嘩して…!」


地面に涙が零れ、土に沈む

ゲイルは空に向かって、声を振り絞る。


「僕はただ…いつもの生活に…

戻れればいいんだ…!

裕福じゃなくても…いい…!

権力もいらない…!」


「ただ…二人で、平和に暮らしたい…

ただそれだけなんだ…!」


カナは震える手で

そっとゲイルの頭を自分の膝に乗せる。


ひとつ深く息を吸い込み

苦しそうに胸が動く

それでも、微笑んで…歌う。


おやすみ…ぼうや…

よるを…こえて…

かな…しみ…を…こえ…て…

ね…むれ…ぼ…う…


言葉のひとつひとつが途切れる。


カナは最後までゲイルの目を見て歌っていた

その歌声が掠れ、完全に途切れたとき…

カナの体からふっと力が抜けた。


膝の上のゲイルの頭を支えていた手が落ちる。


カナはそれから

───二度と目を開けることはなかった。

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