ep.29 "失敗作"
アスノはカナと先生を担ぎ
五階へと駆け上がっていた。
もうすぐ最上階…そこにゲイルがいる
息を切らしながら階段を登る
その時、頭上から軋む音がした。
次の瞬間、天井が割れ
何者かがアスノめがけて落ちてくる
振り下ろされる巨大な拳。
アスノは反射的に先生とカナを地面に落とし
自分の拳でそれを受け止めた。
「アスノ!やってし…ま…」
威勢のいいカナの声が途中で止まる。
「なんだァ…ありゃァ…」
三人の視線の先に立っていたそれは
一見すれば人間の体をしていた。
だが…ところどころが
異形の皮膚に変質している。
顔の半分、左足、右腕。
皮膚は継ぎ接ぎのように
それぞれが異形の黒くざらついた皮膚になっている。
「まさか…異形人間…?じゃが…」
カナが震える声で呟く。
そいつは、ぎこちなく口を開いた
「おおお、あす、あすあ…ああお…」
人の声と獣のうなりが
混ざり合ったような不気味な音。
「こ、こ、が…ぐみ…さん…けつ…の、と…」
「何言ってるのか、さっぱりわかんねェ…」
アスノが眉をひそめる。
そいつは唐突に自分の喉元へ指を突き立てる。
部屋に生々しい音が響く。
指が喉を貫き…奥をかき回し内部をいじくり回す
あまりの光景に誰もが息を呑んだ。
「…あー…すまねぇな」
さっきとは別人のような
やけにクリアな声が響く。
「発声器官がさ…うまく動かねぇ日でよ
自分でほぐしてやらねぇと喋りづれぇんだ…」
喉から引きずり出した何かを
そいつは床にべちゃりと吐き捨てた。
「俺は…昔、異形研究所でつくられた
異形人間の失敗作。名は…メレス」
異形人間をつくる実験…その失敗作。
「お前は…異形人間の成功体サマかぁ…?
いいなぁ…羨ましいなぁ…」
カナは青ざめた顔でメレスを見る。
「俺の体を見てくれよ…
あのクレイジーな科学者が失敗したせいで…
まともに生活することすら難しいんだ…」
アスノは言葉を失う。
カナはその光景を見て
自分の成功の裏側にあるもの
山のように積み上がった失敗作たち
大量の屍の上に自分が立っていることを
今、はっきりと実感する。
「でもよぉ…こうやって
腕だけ異常に発達したおかげでよ…」
メレスは、にたりと口元を歪めた。
「俺にも、居場所ができた。
虎牙組は…俺の恩人なんだぁ!」
メリメリと音を立てて筋肉が裂け
右腕だけが黒く、異様に膨れ上がっていく。
「虎牙組は、守らねぇとなァ!」
次の瞬間、その巨大な腕がアスノを襲う
アスノは一歩踏み込み全身で拳を受け止めた。
「重っ…!」
凄まじい衝撃
腕一本とは思えない質量がのしかかり
床にめり込んだ足が、耐えきれず砕ける。
音を立てて床が崩れ
アスノの足元の一帯が抜け落ちた。
「アスノ!」
カナの悲鳴が響く。
アスノの体は、砕けた床ごと
一つ下の階へと落下していく。
「なんてチカラだよ…!」
メレスは笑いながらその穴へと飛び降りた。
着地と同時に、追撃の拳が振り下ろされる
アスノは床を転がり
ぎりぎりでその軌道から身を外した。
メレスの拳は床を砕く
塔全体が大きく揺れ
天井から埃がどさりと舞い落ちた。
アスノは歯を食いしばり
強く踏み込み、一気に間合いを詰める。
右ストレートを叩き込む
鍛え抜かれた拳がメレスの顔面を真正面から捉える。
鈍い衝撃音…しかし。
「かってェ!」
痺れていたのは、殴ったアスノの拳のほうだった
異形の皮膚はまるで鉄板のように硬い。
メレスは、ニヤニヤと口角を吊り上げる。
「いいねぇ…
俺も自慢なんだよ…右ストレート!」
巨腕の拳がアスノの視界を埋め尽くす
アスノは両腕でガードしたが
衝撃は腕を貫いて全身に響く。
アスノの体が床の上を滑り
背中が壁に叩きつけられる
肺から一気に空気が抜け、視界が揺れた。
メレスが床を蹴る
巨腕を持っているとは思えない速度で
一直線に突っ込んでくる。
振り下ろされる鉄塊のような拳
アスノはふらつきながらも、
すれすれで身を滑らせてかわす。
そのままメレスの脇腹へ滑り込み
ボディへ全力のフックを叩き込んだ。
重い手応え
メレスの体がわずかに浮き、荒い息が漏れる。
(狙うなら、異形の肌じゃねぇところか…)
間髪入れず追撃の一撃をねじ込む
ようやく生まれた好機を逃すつもりはない。
だが、その猛打の合間で
メレスの右腕はゆっくりと構えをとっていた。
「…っ!」
次の瞬間、超速度のアッパーが突き上がる
アスノの体は浮き上がり
そのまま床に叩きつけられた。
倒れたアスノへ
メレスがゆっくりと歩み寄る。
異形の腕がさらに膨張し
皮膚の表面に、ひび割れたような筋が走る。
「さらばだ…失敗作以下の…雑魚が…!」




