ep.28 "雷速の鉄塊"
四人は塔の中へ足を踏み入れた
ここが虎牙組の拠点…塔の廃墟。
元は何に使われていたのかはわからない
壁はあちこち崩れ
鉄骨がむき出しになっているところもある
ひび割れた壁の隙間から差し込む光が
舞い上がる埃を照らしていた。
アスノたちは足早に階段を駆け上がっていく
しかし先生には
その体力が残っていなかった。
「ご、ごめんなさい…
足を引っ張らないって約束…したのに…
限界です…!」
「ったく、しゃァねェな!」
アスノがそう言って
ひょいと片手で先生を担ぎ上げる。
「ここまでついて来ただけでも
ナイスガッツだぜェ!」
先生は疲れ切った顔で
誇らしげに笑みを浮かべた。
ロジェロはそんなアスノを心配そうに見る
「アスノ、二人も抱えて大丈夫か?」
「当たりめェよ!アスノ様を舐めるな!」
余計な心配だったか…そう思うと
ロジェロはふっと口元を緩めた。
塔の階段をひたすら登り続け三階へ辿り着く。
そして次の階段へ続くその部屋の中央に
…誰かが座っていた。
「ゲイル様のおじゃま虫が来たね…」
虎のハーフマスクを被り
髪を後ろでひとまとめにした人間が
そこに座っていた。
その手には自分の身長ほどもある
大きな鉄槌が握られている。
ロジェロが、一歩前へ出る
「アスノ…ここは私が引き受ける。
ゲイルのところへ行け」
「大丈夫かよ?」
アスノが心配そうに見つめるが
ロジェロは、迷いのない声で答えた。
「当たり前だ。ロジェロ…様を舐めるな」
さっきのアスノの言葉をそのまま返す…
らしくない台詞だが
そのやり取りに、二人の信頼が滲んでいた。
「任せたぞ!」
アスノは先生とカナを抱えたまま
先の階段へと駆けていく。
「ここから先は、進ませないよ…」
虎の仮面のそいつは次の瞬間
バチバチと電気を纏いながら
鉄槌と共に視界から消えた。
アスノの頭上から気配が現れる。
大きな鉄槌を肩に担ぎ
そのままアスノたち目がけ振り下ろされた。
「!」
アスノはその速さに目を見開く
カナは皆を守ろうと異形の肌を露出させ
身代わりのように飛び出す。
ロジェロは反射で地面を蹴る
"桜閃"の速さで間合いを詰め
そいつの腕を掴み取り、鉄槌の軌道をずらした。
「私たちに後退はない」
振り払われた鉄槌はアスノを避け
床を砕き、石片が弾け飛ぶ。
アスノはロジェロに親指を向け
何も言わずそのまま
階段を駆け上がっていった。
残されたのは、ロジェロと虎牙の敵。
続けざまに、横薙ぎの一撃がロジェロへ迫る
ロジェロは身を沈め
くぐり抜けざまに反撃の斬撃を放つ
刃は敵の腹を浅く切り裂いた。
「…やるね」
仮面の奥の瞳が、わずかに細められる。
そいつは雷の魔法使い…
補助魔法により
自身の体を雷に変換させ
雷速で移動し重い鉄槌を振り回す
──スピードとパワーを兼ね備えた相手。
斬った直後、そいつの輪郭がふっと滲み
雷となってその場から姿を消した。
背筋に悪寒が走る
雷速の動きで、背後に回られている
動揺したほんの一瞬の隙を突いて
鉄槌の薙ぎ払いが放たれた。
鉄槌の勢いは空気を震わせる
ロジェロは咄嗟に剣を盾に構えるが
わずかに間に合わない。
体の芯まで響くような衝撃が走り
鎧は砕け
ロジェロの体は横へ弾き飛ばされた。
(なんて重さだ…!)
床を転がりながら受け身を取り
息を絞り出しながら立ち上がる
ロジェロは痛みに歯を食いしばり、踏み込み
敵の元へ剣を薙ぎ払う。
だが相手は、再度雷と共に消えた
鋭い剣の軌道は
虚空を切り裂くだけに終わる。
バチバチと雷鳴を伴って
背後に回り込んだ敵は
そこでようやく名乗った。
「虎牙組三傑。名前はココ。
見ての通り雷を纏う魔法の使い手…
君は、僕には勝てない」
ロジェロは息を整え言葉を返す
「まだ勝負は始まったばかりだ…」
そう言うと"桜閃"を用いて
光のような速さで戦場を縦横無尽に駆け巡る。
ココはその速さに一瞬だけ目を見張るが
その表情には、余裕があった。
"蓮撃"
意表を突く角度から一瞬で間合いを詰める
確実に死角を奪い、連続斬りを叩き込む。
しかし──
斬った感触が…なかった
空気を裂くような軽さ
…切り裂いたのは、雷の残像だった。
次の瞬間
斬り払った剣を通じて
凄まじい電撃がロジェロの体を貫く。
「ぐあっ…!」
全身の筋肉が跳ね、視界が弾けた
膝が床へ叩きつけられる。
「雷を超える速さだが…無意味だね」
ココの声が背後から聞こえる
振り向いた瞬間には、すでに姿はない
次は前から声が聞こえる。
「僕に一人で勝てるなどと思い込んだ罰だ
プライドごと焼き尽くしてあげる…」
そう言い放ち
ココは再度、雷と共に姿を消した
ロジェロの前には雷の弾ける音と
焦げた空気の匂いだけが残る。
ロジェロは息を殺し足に力を込める
桜閃の初動
いつでも踏み出せるように、重心を落とす
あちこちを見るように視線を動かす。
だが…雷の速度は見抜けない
真横で、空気が裂ける音がした。
「──ッ!」
反射で身をひねる
ギリギリで直撃は避けたものの
鉄槌が肩に当たり
鎧は派手に割れ、重い衝撃が響いた。
床を転がり
その勢いのまま壁に背中を叩きつけられる。
目を上げた瞬間には
もうココの姿は消えている
残像のような雷光だけが走り抜けていった。
(見えない…軌道が読めない…)
「終わりだ…」
天井近くで雷が瞬いた。
声が聞こえた、と思い上を向くと
すでに鉄槌が振り下ろされていた。
ロジェロは咄嗟に桜閃で速度を上げ、飛ぶ
床の石板が粉砕され破片が飛び散る。
「…!」
ココは避けたロジェロの方を振り向く
ロジェロはその一瞬の隙を見逃さなかった
鉄槌が床にめり込んでいる合間を突き
足に力を込めて走り出す。
低い姿勢から踏み込み、薙ぎ払い
剣は確かにココを捉えたはずだった。
だが斬りつけた手応えはやはり軽く
そこにいるのは、雷光の残像…
次の瞬間、斬り払った剣を通じて
電撃がロジェロの体を貫いた。
「っ…!」
痛みに膝を着く
足が痺れ、立ち上がろうとしても
力が入らない。
ココの声は、今度は背後から聞こえた
振り向く間もなく、鉄槌の薙ぎ払いが迫る。
とっさに剣を構え
鉄と鉄がぶつかる金属音が鳴る
だが重さが違いすぎた…
剣はあっさりと弾き飛ばされ
衝撃だけが突き抜ける。
ロジェロの体は宙を舞い
壁に叩きつけられ
そのままずるずると崩れ落ちた。
その一撃は、一発ごとに体力を大きく削り取る
雷速の動きは目で追うことすらできない
斬っても雷の残像は
逆にこちらへダメージを返してくる。
(これが…虎牙組…
こんな化け物じみた連中の集まり…)
絶望の中
それでもロジェロは、思考を止めなかった。
(だが必ず…何か弱点があるはずだ…)
剣を支えに力を込めて立ち上がる。
一瞬、考え込んだ隙に
雷速で横に現れたココが、鉄槌を振り抜く。
反応が遅れた。
砲弾のような薙ぎ払いの一撃が頬をかすめ
衝撃だけで視界が揺れる。
(クソッ…考えろ…)
ココは笑いながら言う
「もうさ…僕を倒そうとするのやめなよ」
「どうせ死ぬんだ、最後に頭使っても無駄。
どうせなら…
楽しいこと考えながらやられなよ?」
「黙れ…私はここで死ぬつもりはない」
ロジェロの声は掠れているが折れていない。
「威勢だけはいいね…
この状況でどうやって勝つつもりなのかな?」
ロジェロは、乱れた息を整える
(…この程度に苦戦していては、国は倒せん)
頭の中で、一つの疑問が浮かぶ
───最初のカウンターだけは
確かに敵を斬りつけた。
その一回だけ、攻撃が当たった。
それ以降は雷の残像か
雷速の移動で避けられている。
(なぜだ…あの時だけ、なぜ斬れた…?)
その光景を、頭の中で巻き戻す
アスノに迫る鉄槌
ココの腕を掴み、軌道を逸らした瞬間。
その時だけは
確かに実体を掴んだ手応えがあった。
ロジェロは血の味を舌で確かめながら
ゆっくりと息を吐いた。
そして、一つの結論に至る。
(…捨て身になるが…やるしかない)
再度ココは雷となり姿を消す
(この一撃で終わらせてやる…
こいつに最高の屈辱を与えてやる…!)
ココの口元にニヤリと笑みが浮かぶ
雷速で背後に回り込み、鉄槌が届く
最も美味しい間合いで姿を現そうとした…
───その瞬間。
現れた座標が…ズレた。
「!?」
ココは、はじめて驚愕の声を漏らす
自分がイメージしていた位置とは
わずかに違う場所へ現れていた。
視線の先に見えたのは
鎧も剣も脱ぎ捨て
軽装のロジェロがそこには立っていた
そしてそのすぐ目の前には
投げ捨てられ宙を漂う鎧と剣があった。
「電気は金属に引き寄せられる…だろう?」
ロジェロの声が静かに響く。
渾身のココの一撃は空振る
鉄槌が振り終わったその一瞬…
ロジェロはそこへ"桜閃"の速度で踏み込んだ。
握りしめた拳を前に突き出す
刀ではなく…拳。
スピードとパワーを兼ね備えたココに
スピードとパワーで真っ向から対抗する。
その殴りは、雷で避けられることも
残像でごまかされることもなく
確かな手応えと共に
実体の顔へ深くめり込んだ。
ロジェロが導き出した答え
それは…
"ココは鉄槌を振る際に一瞬、実態に戻る"
だった。
ココは鉄槌と共に雷速で動く
つまり、体も鉄槌も雷へと変換している。
だが、鉄槌が「重さ」を持って
振るわれるということは…
その一瞬だけ
"雷の補助魔法が解除されている"
だから最初のカウンターは通った。
敵の欠点を見抜きそこを刺す
どれだけ追い詰められても思考を止めない
その代償に、被弾はどうしても増えるが…
それがロジェロの戦い方だった。
「うぐっ…!」
ココの口から血が飛び散る
仮面がはずれ虎のマスクが宙を舞う
その勢いで髪が解け
白と黒が混ざり合った長い髪が露わになった。
「…!?」
マスクの下に隠れた顔を見て
ロジェロの目が見開かれる。
キリッとした目元
冷ややかな印象の顔立ち
そこにいたのは…女だった。
「…僕の顔に…傷を…!」
ココが頬を押さえ
怒りに燃える目でロジェロを睨みつける。
「そうか…貴様、女性だったか」
ロジェロは一瞬だけ困ったように眉をひそめ
それでもすぐに目を細めて言った。
「顔を殴ってしまったことは謝る…
だが、私も止まるつもりはない
…容赦はしない」
ココの瞳に怯えが浮かぶ
自分の戦法を見破られたこと…
そして、目の前の"圧"を本能で感じ取っていた。
「う、うああ…!」
ヤケになったように雷速で接近するココ
だがロジェロは
再度鎧を自分の前へ投げる。
雷は、金属を優先的に貫こうとする…
現れたココの位置はまたわずかにズレる。
振り下ろされた鉄槌は
ギリギリでロジェロには届かなかった。
「あ…」
隙を晒してしまったココは
これから自分が攻撃を受けると悟り…
思考を切り捨てた。
「すまんな…性格がタイプではないんだ」
そう言うと、"桜閃"の光の速さで
渾身のボディブローを腹部へ叩き込んだ。
「が、がはっ…」
ココの身体から、力が抜け落ちる
地面に崩れる体をロジェロは掴み
頭を打たないよう慎重に石畳の上へ横たえた。
頬に刻まれた傷へ視線を落とす。
「…顔を殴ったのは…すまなかった」
そう呟いて立ち上がると
ロジェロはココの隣に
鉄槌を立てかけるように置き
一歩踏み出し、塔の階段へと駆け出した。




