表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RE:BLOØD  作者: 薬研 明
第一章① 双竜の巣の幼馴染
13/22

巣立ちの盃

倒れたティナートをどうにか背負おうと腕を回す。

けれど、体格も重さもまるで違う。びくともしない。


そのとき、無言で片手が差し出される。

顔を上げると、そこに立っていたのはフェルキールだった。


「早くつかまれ、置いていくぞ」


あれほどティナートを嫌っていたフェルキールが、ためらいなく差し伸べたその手。

あまりに意外な光景に、ティナートも珍しく目を丸くした。


「なんだよフェルちゃん……マジに惚れちまったかァ……?」


ティナートが伸ばした手が、その手に触れる──はずだった。

だが、フェルキールの手はそこにはなかった。


「あ、あれェ?」


フェルキールは背を向けて、すでに歩き始めていた。


「おい、こいつを置いてさっさと下りるぞ」

「フェルちゃん!冗談だってェ!」


ティナートが慌てて叫ぶ。


フェルキールの表情は見えなかった。

それでも、なぜか分かった。

あの背中には、もう露骨な拒絶がない。

ティナートを受け入れるまではいかなくても、どこかで認め始めている──そんな気がした。


山道を下る。

夜明けの光に、長かった夜が確かに終わったのだと知らされる。


ふもとには、組長シヴァラが腕を組んで立っている。

僕らの足音が近づいても、血に濡れた姿が目に入っても、その顔つきは微塵も変わらない。

驚きも、労いも、称賛もなかった。

越えて当然、と言いたげな表情だった。


伍朏刀ゴアクレギル……持ち帰りました」

「……及第点だな」


たった一言。

苦い笑いがこぼれた。


「……厳しいですね……」


~~~~~~~~~~


この試練ケジメを越えられたのは、僕ひとりの力じゃない。

フェルキールとティナートがいてくれたからだ。

今の僕にはまだ、禍異マヴァロを倒せるほどの力がない。覚悟も足りていない。

……苦しい現実だけど、ここで折れるわけにはいかなかった。


皆と肩を並べて進むために。

守られる側で終わらないために。


『何度でも死ね。そして学べ。そして……立ち上がれ』

 

ひとつずつ越えていく。必ず強くなる。

そう自分に刻みながら、僕は朝の光を受けて静かに輝く伍朏刀ゴアクレギルの刀身を見つめた。


~~~~~~~~~~


目が覚める。

ぼやけていた天井の木目がはっきりしていく。

双竜組の天井だ。


昨夜の戦いは夢じゃない。

禍異マヴァロの腕に裂かれた感触も、刀に斬られた痛みも、身体は確かに覚えている。

思い出しただけで無意識に腹へ手が伸びた。


窓の外はもう明るい。

昼はとうに過ぎ、夕方にさしかかろうとするほどの時間。


庭から音がした。

のぞき込んだ先で、ティナートがひとり拳を振っていた。

裸足で土を踏みしめ、休みなく打ち込まれる拳。

昨夜、あれほどの戦いをくぐった後とは思えない動きだった。

僕は布団を払いのけ、庭へ飛び出した。


「ティナ!僕も混ぜてよ!」


拳を振るう音が止み、ティナートがこちらを振り向いた。


「おォ、シル助、起きたか」


僕は庭へ降りると、ティナートの前で拳を構えた。

今の僕に出せる力をぶつける。

だが拳は受け流され、あしらわれるたびに実力差を思い知らされる。

何度目かで息が上がり、膝へ手をついて荒い呼吸を繰り返す。


「ティナの技……僕も、使えるようになるかな」


息の合間にそう聞くと、ティナートは笑った。


「シル助なら余裕だぜェ!教えてやるよ」


迷いのない即答。その自信が眩しい。


「本当?じゃあ……教えてほしい」

「よっしゃァ!まずは筋肉を笑わせてな……」

「ごめん、前提がわからないや……」


ティナートは筋金入りの感覚派だった。

理屈より体感。説明より直感。

僕はそこで、理解しようとするのを諦めた。


「あれ、そういえばフェルさんは?」


庭を見回しても、そこに彼女の姿はない。


「まだ寝てんじゃねェか?」

「そっか……もう昼も過ぎたし、そろそろ起こさないと」

「これからどう動くかも聞きてェし、行くかァ」


僕らは並んで廊下を進み、フェルキールの寝室の前で立ち止まった。

女性の部屋だ。無遠慮に入るのはさすがに気が引ける。

だが、僕がためらっているうちに、ティナートは遠慮なく襖へ手をかけ、そのまま開け放つ。


「フェルちゃーん!起き──」


部屋へ声が転がり込んだ直後、剣が飛んだ。

刃は僕の頬をかすめ、背後の柱へ深く突き刺さる。

頬から血が流れたが、傷はたちまち閉じた。

だが冷や汗は止まらない。

僕もティナートも、その場で固まった。


部屋の奥で、フェルキールが手で顔を隠しながら半身を起こしている。

髪の乱れた寝起き姿、無言なのに、機嫌の悪さが部屋いっぱいに溢れた。

やがて舌打ちとともに、掠れた声が返った。


「……眩しい、閉めろ」


フェルキールは眉間に皺を寄せ、布団を引き上げて顔を隠した。

起きる気がないことが、その動きで伝わってくる。


「フェルさん……もう日が沈みますよ」

「何……?そんなに寝ていたのか……」

「……だが、まだ寝足りん……先に行ってろ、後から追いかけるから」

「そんな軽いノリで……」


フェルキールの視線が、再びこちらへ向く。

刃を向けられたような視線に、僕は思わず口をつぐんだ。

そっとティナートの腕を引く。


「……ティナート、完全に起きるまで待とう」


ここで無理に起こしたら、顔の傷ひとつでは済みそうになかった。


~~~~~~~~~~


僕らはフェルキールが起きるまで待っていた。

並んで縁側に腰を下ろしていると、ティナートは煙草を取り出し、慣れた手つきで火を点けた。

好きな匂いではない。けれど、不思議と落ち着いた。


「寝起き悪いんだなァ」

「しかもかなり寝るね……僕でも寝すぎたと思ったのに」

「こりゃァ……大変な旅になりそうだァ……」


ティナートはぼやきながら、頭をかいた。

僕はティナートの横顔を見つめた。


「ティナート……ありがとう」

「んァ?」

「僕に……ついてきてくれて」


軽く流したくはなかった。

けれど、気負った言い方をするのも違う気がした。

迷って、僕はようやくその一言を口にした。

ティナートは目を逸らし、照れを隠すように笑った。


「なんだよ……幼馴染の頼みなら、当たり前だろ」

「危険な旅になる……幼馴染だからって、ここまで付き合ってくれるやつなんていないよ」

「……そうかァ……」


ティナートは空を仰ぎ、煙を吐いた。


「まァ、言っただろ?退屈な道は選ばねェ主義だって」

「それに……俺たちが国をひっくり返して、苦しんでる連中が少しでもマシになるなら

俺の筋とも合ってるしなァ」


そう話していると、縁側の奥から足音が近づいてきた。

現れたのは組長シヴァラだった。

ティナートの隣へ腰を下ろし、煙草に火を点ける。


「オヤジ、煙草なんて珍しいじゃねェか」

「……たまにはな」


組長シヴァラは、自分から多くを語る人ではない。

黙って煙草を吸う姿を見て、僕は今のうちに口にしておこうと思った。


組長シヴァラさん……ありがとうございます。

僕を見捨てずに、半端だった覚悟を叩き直してくれて」

「あのままだったら僕は……きっとどこかで旅を諦めていました」

「仲間も、守れないまま終わって──」


そこで、組長シヴァラがかすかに笑った。


「何をもう終わったようなことを言っている。まだこれからだぞ」


少し先走った言い方だったと気づき、僕は照れくさく笑った。


「主には期待している」

「……!」

「ティナートがずっと話していた幼馴染が

ある日突然妙な術を引っ提げて現れて、反逆を口にする」

「……こんな面白れぇことはないからな」


組長シヴァラの言い方に、反逆と聞いたあのときのティナートが重なり、双竜の血を感じた。

しばしの沈黙のあと、組長シヴァラが口を開いた。


「ティナート」

「おう?」


その呼びかけはいつもより低く、どこか寂しさを含んでいた。


「……終いの言葉は、儂の前で言えよ」


ティナートは笑った。


「当たり前だぜェ……土産、待っててくれよ」


いつも通りの軽口だった。

だが、必ず生きて帰ると告げる確かな言葉だった。


そのとき、どたどたと騒がしい足音が響いた。

転んだのか、何かを蹴ったのか、空気がたちまち騒がしくなる。

寝癖を残した髪のフェルキールが姿を現した。


「おい!何故起こさない!日が沈みかけているではないか!」

「お……起こしたんだけどな……」


「こりゃァ……大変な旅になりそうだァ……」


ティナートは、またぼやきながら、頭をかいた。


~~~~~~~~~~


僕らは双竜組を出た。

空はもう夕方へ傾いていて、じきに日も沈む。

本当なら明日に回した方が無難だった。

暗くなれば足場は見えにくくなるし、余計な危険も増える。

それに、二人とも昨夜の傷が残っている。

僕としては、せめて半日ほど休んだ方がいいと思っていた。

けれど、フェルキールもティナートも、その程度で足を止める気はないようだった。


全員が万全になるのを待っていたら、出発はいつまでも先へ延びる。

それなら、すぐに出るしかないということになった。


僕らの目的は変わらず───


「仲間を探しに行く」


歩きながら、フェルキールが言った。


「向かうのはプラティカム……帝都に次ぐ規模の都市だ」

「プラティカム……都市……すごそうだな」


僕の村では想像もつかないような街並みを思い浮かべて、すこし胸が躍った。


「プラティカムは人が集中している。思想を同じくする者も多いはずだ」

「でも、兵の数も他より多いんじゃ……?危険じゃないですか?」


その問いに、フェルキールは迷いなく答えた。


「そうだな……兵の数だけ見れば危険は増すだろう」

「だが、人が多ければそのぶん盲点も生まれる」

「そして、小規模な町なら異変は即座に共有されるが……大都市では反応に遅延が生まれる」

「その差が、退く猶予を生む」


「なるほど……一概に不利とも言えないんですね……」

「そういうことだ……無論、何も起きないのが一番だがな」


ティナートは、戦いの熱に酔ったときのような狂気的な笑顔を浮かべて言った。


「楽しみだなァ、プラティカム……帝国の連中の面ァ、どう歪ませてやろうか……」

「おいお前、話聞いてたか?」


僕らは道を進んだ。

反逆の旅路が、静かに幕を開ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ