ep.11 "夜叉"
私は…血を吸われた
左腕に走る痛みよりも
目の前の男の異様さに背筋が冷えた。
斬っても斬っても再生する
明らかに人間ではない。
異形の究極体か…?まさか…
だが、力だけ見れば非力そのものだ
何度も立ち上がるその姿に
私のほうが圧倒的に強いはずだが…
…かすかな恐怖を覚えた。
そいつは血を吸った途端様子を変えた
黒く異形のようにざらついた肌を纏い
白目を剥きよだれを垂らし、ひどく前屈みの姿勢
口角を吊り上げ悪魔のように笑っていた。
…醜い…
そう思った時、痛みが走る
少し油断した瞬間…私は左脇腹を抉られていた。
「うおああああああおあ!!!」
思わず声が漏れた。
ば、馬鹿な…
さっきまでの無力さは全て演技だったのか…!?
攻撃を受けたのが久しく
ほんの一瞬、冷静さを欠いた。
私は即座に距離を取り、応急の止血をする。
なんだこいつは…
様子だけでなく、力まで変わっている…?
血を吸って強くなる…こいつはまるで
──ヴァンパイアだ。
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ミズイの町の宿屋で
ロジェロとアスノは顔を見合わせる。
「なァ…さっきから響いてるこの音…」
「ああ町のどこか遠くで戦いが行われている
…嫌な予感がする」
シルは昼から戻ってこない
そして遠くから断続的に響く爆音
胸の奥にうっすらと芽生える不安
嫌な予感は段々と大きくなっていく。
…音のする方へ行こう。
「あァ!」
扉を蹴り開け、町へ走り出す
あの馬鹿は…こんな時間まで
一体何をしているんだ!
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町に被害を出すわけにはいかない
私は町外れへ退きながら応戦していた。
こいつは避けた先を読み
的確に攻撃を重ねてくる。
(くそっ…思ったように動けん…
こいつは私の動きが読めているのか…!?)
ようやく町の外に出た瞬間、私は決断した。
(…久しぶりに使うか)
その時、アーヴェスは力を込め…
体が若干膨張する。
醜いのであまり好かないが…
こいつ相手には仕方がない
最悪の場合…殺されるかもしれない。
アーヴェスの身体能力が上がる。
攻撃を避けながら、斬る
避けた攻撃が地面に当たると大地が歪む
なんだこいつの力は…
まさか、北極星の四季にも匹敵する…!?
こんな存在、野放しにできん…!
次の瞬間、シルは黒い翼を生やし
空へ舞い上がった。
その姿はヴァンパイアそのものだ
私は地を蹴り、その背を追う。
"激鱗"
剣から竜巻のような炎が空へ伸び
シルを飲み込む
しかし燃えながらその中を突き進み
アーヴェスに向かって突進する。
(何…!)
地面に叩きつけられる
肺の中の空気が一気に押し出され
呼吸が一瞬止まった。
"髭焔"
地面に剣を刺し、四本の火柱が地を走る
シルの身体を貫く。
全て直撃するも…
やつは無表情のまま歩いてきた。
効いて…いない…!?
こんな化け物…どうやって倒せば…
だが放っておいたら、国が危うい…!
次の瞬間、視界から姿が消え背後に回り込まれる
腕を攻撃され、剣を落とす。
「しまっ…!」
拾おうとするより早く
やつが振りかぶっていた。
まさか…こんな町で私が…!
目を瞑った瞬間、大きな衝撃音。
だが、痛みは来なかった
突如現れた
"迷いの森"の異常調査で同行した大男に
私は守られていた。
「おい!こいつシル坊だよな!?」
血塗れでヴァンパイアを止める大男
…無茶だ。
「アーヴェス兄様…!大丈夫ですか!?」
その声に、私は息を飲んだ。
!?
馬鹿な…目の前に現れたその姿は…
幼い頃、剣を教えた 王女様
私は死んだのか…?天から迎えがきたか…?
しかし生きている。
目を疑った
「ロジェロ様…!」
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私はシルに剣を構えていた
アーヴェス兄様の傷…この状況を見た感じ…
私なんかじゃ勝てないのは間違いない。
しかし…何が起きたんだ
その肌は異形のようにざらつき
見た目は悪魔のようだった。
そして、完全に理性を失っていて
破壊の限りを尽くしているようだった。
(レイヴン…こんな能力、聞いてないぞ…!)
「ロジェロ様…お逃げください…
こいつは貴女達の手に負える相手ではない!」
「いやァ!逃げねェよ。
シル坊は俺たちの大事な仲間だからな!」
「なっ…ロジェロ様…!?こいつらと…!?」
「呑気に話してる暇はありません!
私達は…こいつを止めないといけないんです」
アスノがシルに拳を叩き込む。
まるで巨大な壁を殴ったように微動だにしない。
私は持てる全ての力を出し、斬る
"桜閃"
弾かれ腕が痺れる
"華葬"
死角から狙った斬撃は軽々と躱される。
"散華"
渾身の一撃すら皮膚の表面で止められ
刃が食い込むことはなかった。
やはり通用するはずが無いか…!
シルの手が私の頭を掴む
頭蓋を締め付けるような圧力
宙に持ち上げられる。
「おいシルやめろ!ロジェロちゃんだぞ!」
アスノが拳を止めようと掴む
しかしその強大な力に為す術もなく…
(ああ…ここで終わりか…
父にも…王都にも…もう…)
全員が諦めたその瞬間
白髪の少年が忽然と現れ
ハッシュの腕を引き千切った。
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「苦戦してるね、皆さん」
いきなり現れたそいつは右目が紅く光っていた
楽しんでいるのか…わからないような声。
そして襲いかかるシルの攻撃を
軽く避けながら、顔面を貫いた。
「…可哀想なシル。
君はどれだけの悲しみを背負わされるんだろう」
意味深な言葉を吐いている
シルの動きは止まった
「君の望む世界はもうすぐそこにある。
もう少しだけ頑張ろうか」
少年はポケットから何かを取り出した。
「昨日できたばかりなんだ。
君には一番にあげるよ」
シルの心臓を貫く。
何が起きているか分からなかった
私達は、そいつから距離を置き
アーヴェス兄様を守るしか無かった。
シルから異形の皮膚が崩れ落ち
元の姿を現す。
私は倒れ込んだ彼を抱きしめた
白髪の少年はいつの間にかいなくなっていた。




