チャプター54 ― フードの女。
「――そこまでよ…」
男の手首を握る手は細く、それでいて容赦のない力を持っている。
骨が軋む鈍い音に男は顔をしかめるが、彼女は微動だにしない。
俺は頭をわずかに傾けて見る。
店内は完全に止まり、純粋な緊張が静寂を作り出している。
まだ湯気を立てるカップさえ、この先に何が起きるかを見守っているかのようだ。
そして、俺は彼女を見た。
細身の女性のシルエット。
縁の裂けた薄手のコートを羽織り、フードが顔に影を落とす。
その下から、銀色がかった淡い金髪の束がちらりと覗く。
ブーツの足音が柔らかく床に響き、冷たい風が店内に流れ込んだかのように感じられる――扉はすべて閉まっているのに。
彼女はまだ何も言わない。
手首はしっかりと男を捉えたまま、男は身をよじって逃れようとするが、成功しない。
不思議な感覚が俺を襲う。
恐怖でも驚きでもない、何か違うもの――
むしろ――共鳴。
胸の奥の何かが、この存在を知っていることを告げているようだ。
鮮明な既視感は、痛みに近いほどだ。
俺は頭を下げ、フードを引き上げてかぶる。
長い白髪が顔の前に滑り落ち、表情を隠す。
理由は分からないが…観察したい、感じたい、理解したい。
彼女には見られずに。
男はまだ口を開こうとする。荒い息。
「おい…離せよ、くそ…お前、誰だよ?!」
彼女はわずかに頭を傾ける。
低く落ち着いた声が、皮膚をかすめる刃のように鋭く響く。
「ここから出て行きなさい。」
言葉が空気を切り裂くように響く。
誰も動けない。
カウンターの後ろのミアさえ、息を潜めているようだ。
男はまだ体面を保とうとする。
「俺が…女に命令される筋合いは――」
言い終わる前に、彼女の握力が増す。
手首が軋み、男は痛みに呻き、よろめきながら一歩後退、抑えきれない悪態を吐く。
「分からなかったの?」彼女が低い声で囁くように言う。
だが、音は氷のように冷たい。
「ここから出て行きなさい……と、あなたに言ったでしょう?」
ようやく手を離す。
男は怒りと恐怖の入り混じった目で後退し、最後に店内をぐるりと見回すと、椅子にぶつかりながら外に飛び出し、通りに消える。
静寂が戻る。
俺はその場に立ち尽くす。
フードはまだかぶったまま。
胸は激しく打つ。
目が、あの女性から離れない。
彼女は何も言わず、動かない。
肩の力がわずかに抜ける。
それでも、さらに目立とうとはしない。
数メートル離れた場所に立ち、ゆっくり窓の方へ顔を向ける。
ブルー・タワーの光がガラスに反射する。
一瞬、彼女の目に見覚えのある光が宿った気がした――あまりに見覚えがある。
ヴァイオレットが小声で呟く。
「…今の、何だったの?」
俺は答えない。
答えられない。
心の奥底で、この女性――見知らぬ人ではないことを感じているから。
その既視感は、思い出せない記憶のように胸を蝕む。
男が去った後、緊張はゆっくり解けた。
だが店内の沈黙はまだ続く。
誰も息をするのを恐れているかのようだ。
女性はその場に一瞬立ち、フードをかぶったまま、コートの裾が床に触れ、静かにカウンターへ向かう。
歩き方は穏やかで落ち着きがあり、ほとんど優雅。
ボロボロのコートを着ているのに、そう見えた。
少し緊張したミアが前に出る。
「…何かお作りしましょうか、奥様?」
女性は軽く頭を傾ける。
声は柔らかく落ち着いて聞こえ、微笑みも優しすぎるほどに見えた――今しがたの行動とは対照的に。
「ブラックラテを。熱くしてください。」
ミアは頷き、質問もせず準備に戻る。
その間、謎の女性は小さなテーブルへ向かう。
俺たちのすぐ隣に座り、静かにフードをかぶったまま、顔は陰に隠れる。
俺はまだ奇妙な感覚、既視感、胸の奥の重みを感じる。
つい、横目で見てしまう。
ヴァイオレットが小さく声を出す。
「ええと…すごい人だったね…」
ブランシュは黙ったまま、青い瞳で女性を見つめる。
冷たくも好奇心に満ちた視線と、わずかな動揺を感じる。
エスターはエリーに囁く。
「…危ない人かも?」
エリーは腕を組む。
俺は答える。
「もし危険なら、あいつはまだ這いつくばっているはずだ……」
視線を外さない。
女性はほとんど動かない。
細い手をテーブルに置き、組み合わせてじっとしている。
しばらくしてラテが届く。
ミアがそっと置く。女性は顔を上げず、ただ一言。
「ありがとう。」
声に、どこか懐かしい響きがある。
長く忘れていた歌の一節のような――既視感。
俺はようやく視線を外し、カップを口元へ運ぶ。
だが彼女の存在を感じる――静かで、重く、ほとんど催眠のように。
既視感は一息ごとに襲ってくる。
長く沈黙が続く。
彼女はラテを手に持ったまま、ゆっくり顔を上げた。
フードの下から、顔の下半分だけが覗いている。
肩を少し正し、空気を読みながら周囲を観察する。
小さく鼻を鳴らす。
一度、二度。
指を上げる――しかし、何かに気を取られ、止まる。
「…この存在は…」小さく囁く。
視線が店内を掃くように移動し、俺たちのテーブルで止まる。
少し頭を傾け、空気を確かめるように。
声は今度ははっきりと、少し好奇心を帯びて。
「…ここにエルフはいますか?」
エリーは当然答えようと口を開く。
俺はすぐに彼の腰をつねり、無言で、ちょうどいい強さで彼を正気に戻す。
「痛っ!…あ、えっと…」
俺が代わりに話す。落ち着いた口調で。
「いいえ、申し訳ありません。ここにエルフはいません。」
沈黙。
フードの下から、くすっと笑い声。
顔を少し上げると、影の中に二つの目が現れる――ラベンダー色で澄んだ光を宿した目。
俺の紫色の瞳とまっすぐに向き合う。
「変ね……」と彼女は柔らかく言う。
「はっきりとしたエルフの気配を感じるのに…普通のではない。
ミアとは違う、穏やかで落ち着く存在…珍しい。」
俺は無表情を保つが、心臓は少し速まる。
「多分、他の誰かかも」と俺は簡単に答える。
彼女は頭を傾ける。
「ふむ。そうかもね。
あるいは…あなたかも。」
俺は一瞬固まる。
ラテをむせそうにして吹き出す。
「俺が?」
「はい、あなた。フードを脱いでくれますか?」
俺は冷静に答える。
「できればやめておきたい。少し寒いので。」
フードの下で、微かに動き。
彼女が微笑む。
「寒い?ふむ…面白いわ。気温は摂氏25度ですよ?」
肩をすくめる。
「少し体調が悪いんです。」
彼女はカップの縁を爪先で軽く叩き、声を落ち着かせ、少しからかうように。
「ふーん、体調が悪いの?
それなのに、わざわざ街中まで来てラテを飲むなんて、ねえ?」
俺は真面目に答える。
「美味しいコーヒーが飲みたかった。あと、少し外の空気を。」
「外の空気?カフェで?矛盾だらけね」と彼女は笑う。
「よく言われます。」
低く軽い笑い声。
「なんでも答えを持ってるのね。」
「できる限りのことをしています、謎の女性。」
「謎の女性?そう呼ぶの?」
「フードをかぶっている限りは。」
短い沈黙。
そして柔らかく言う。
「じゃあ、あなたもそのままにして。今はね。」
最後に視線が交わる。
彼女はラテに戻り、落ち着いた雰囲気。
俺は目をそらし、胸の奥の奇妙な感覚――記憶なき既視感――を無視しようとする。
しばらく誰も口を開かない。
カフェは先ほどの緊張から平穏を取り戻した。
しかし、俺とフードの女性の間には、奇妙なエネルギーが漂う。
興味と不条理の混ざったもの。
彼女はゆっくりカップを置き、影の中から俺を見つめる。
そして真剣な口調で言う。
「…よろしければ、ここにはよく来るのですか?」
俺は瞬きする。
「…特に。喉が渇いた時に来るくらいです。」
「なるほど。私もそう。喉が渇いた時に飲むのが好き。」
俺は真面目に頷く。
「いい哲学ですね。」
「ええ。渇いたら飲む。腹が減ったら食べる。疲れたら寝る。それがバランスの秘訣。」
腕を組み、考え込むように。
「そういう考え方はしたことがありません。あなたは賢いですね。」
彼女は頭を傾け、控えめに言う。
「よく言われます。自分でもね。」
隣のエリーが小さく唸る。
「…何、このランダムな会話?」
ヴァイオレットはチョコレートを吹き、少し戸惑っている。
「名前もない脇役二人みたい…。」
ブランシュは黙ったまま、片手を頬に添え、楽しみとわずかな不安が入り混じった視線。
エスターはカップで口を隠してくすくす笑う。
俺たちは動揺を隠しつつ、会話を続ける。
少し身を乗り出し、フードの女性に尋ねる。
「…フードの奥様、どちらから?」
「どこか…」
「面白いですね。一度行ったことがあります。静かで。」
「そう?私も好きでした。あそこは…別世界の空気。」
「まさに。あそこにいる人たちは、とても…存在感がありますね?」
「ええ、もちろん。時には不在だけど。」
沈黙。
そして同時に言う。
「それが微妙なバランス。」
真剣な目で見つめ合い、俺は小さく神経質に笑う。
エリーは顔を手で覆う。
「夢か?自分のバグったバージョンと話してる」
カウンター越しのミアは困惑した笑み。
隣のウェイトレスが小声で呟く。
「…何これ、変な脚本の寸劇?」
ミアは小声で、笑顔を浮かべて答える。
「違う、違う。本物だと思う…多分。」
女性はうなずき、厳かに言う。
「あなたは…特別ね。」
「よく言われます。」と俺は真剣に答える。
「それでいて、誰にでも似てる。」
「秘密です。誰にでも似ることで、誰にも似ない。」
「深いわ。とても深い。」
「努力しています…。」
俺たちは向かい合ったまま、満席のカフェで迷子になった知性同士のように話す。
周りは興味、戸惑い、信じられない表情で見守る。
ブランシュはため息をつく。だが微笑む。
「あはは…自分より厄介なのを見つけたわね。」
俺はしばらく彼女を黙って見つめる。
その声の柔らかさと奇妙な響きに、まだ少し動揺している。
フードで顔の半分は隠れているが、唇の端には小さな笑み――ほとんど悲しげな――が浮かんでいるのがわかる。
俺は喉を鳴らし、落ち着いた口調で尋ねた。
「…で、ここでは一体何をしているんですか?」
彼女はゆっくりと俺の方を見上げる。
答える声は予想外の柔らかさで、どこか物憂げな色を帯びている。
「誰かを探しているの。とても大切な人を。」
俺は眉をひそめ、少し驚く。
「大切な人?友達…ですか?」
「友達以上かもしれない。分からない。」
彼女の指がまだ温かいカップの縁に触れる。
一瞬の沈黙の後、ためらうように付け加える。
「問題は、あまり覚えていないこと。頭が…少し霞んでいるの。記憶の一部を引き裂かれたみたいに」
俺はわずかに固まる。
その言葉――記憶喪失――が胸の奥で既視感のように響く。
「あなたも?」と、低く呟く。
彼女は目を上げ、興味深そうに俺を見つめる。
一瞬、視線をそらし、ラテの金色の表面を見つめる。
「俺も、記憶を失っている。ずっと前から。以前の自分が何だったのか、ほとんど覚えていない。
ただ…断片的なフラッシュや、感覚、ぼんやりした顔だけが残っている。それがもどかしい。」
「ふふ…その気持ち、分かるわ。」と彼女は柔らかく微笑む。
その声は、まるで思いやりを帯びたように穏やかだ。
フードの下でラベンダー色の瞳がわずかに光る。
そして、彼女は話を続ける。
「でも、一つだけははっきり覚えている。」
俺は興味を持って目を上げる。
「何を?」
彼女は間を置く。
指がカップに強く握りかかるが、先ほどの微笑は消えない。
「小さなエルフを探していることを覚えている…
紫色の瞳をした。」
胸が一瞬止まる。
周囲の世界が凍りついたように感じる。
カフェのカタカタという音、囁き声、窓から差し込む朝の光…すべてが遠くなる。
(またこのエルフか…)
その考えが氷の刃のように頭を貫く。
俺はカップの金色の液体を見つめ、身動きできない。
手がわずかに震える。
背後でエリーが何かぶつぶつ言っているが、耳には届かない。
女性は俺の動揺に気づかず、続ける。
「彼の瞳を覚えている。
不思議な輝きがあったの。人間でもエルフでもない…美しいけれど悲しいもの。
街のどこかにいるはず。
もし必要なら、すべての通り、路地を探すわ。絶対に見つける」
俺はカップを握る手に力を入れる。
動揺を隠そうと、わずかに笑みを作る。
「…なかなかの覚悟ですね。」と少し張りつめた声で言う。
彼女は頷く。
「他のすべてを失ったら、残ったものだけは諦められない」
俺もゆっくり頷く。喉が詰まる。
またこのエルフ。
この忌々しい記憶、消えない幽霊…。
背後でヴァイオレットがこっそり視線を投げる。
異変に気づいている。
ブランシュは黙って観察、青い瞳で俺の心を覗き込むように。
俺は小さく呟く。ほとんど自分に言うように。
「…見つけられるといいな。」
「かもしれない。」と彼女は淡々と答える。
再びラテを一口飲み、視線は朝の光に向かう。
俺は胸の奥で、埋もれていた痛みがゆっくりと蘇るのを感じる。
俺は静かに立ち上がる。
まだ温かいカップを手に持つ。
泡はすでに消え、甘い香りだけが指に残る。
今回のウェイトレス――ミアではない――が微笑み、グラスを受け取る。
「ありがとう……」と俺は淡々と言う。
振り返って席に戻る。
その時、視線を感じる。
フードの女性の視線。
背筋に寒気が走る。
その視線は、ほとんど不快なほどの強さで俺に絡みつく。
少し頭を下げるが…遅すぎた。
フードがわずかにずれ、カフェの光が瞳に触れる。
彼女の指がカップを握り締める。
唇が少し開き、感情の息が漏れる。
「ああっ…この紫…なぜこんなに見覚えがあるの?」
俺は動けず、胸が一瞬止まる。
息が喉に詰まる感覚。
静かに喉を鳴らし、フードを直し、無関心を装う。
「大丈夫ですか?」と、できるだけ平坦な声で尋ねる。
彼女はすぐには答えない。
フードの影でラベンダーの瞳が揺れ、誰か、何かを俺越しに探しているようだ。
「ええ…ええ、すみません、ただ…変な感じがしただけ」と囁く。
俺は軽く頷き、何も言わず席に戻る。
エリー(あの観察好きの変態…)が好奇心の混じった目で俺を見る。
「何て言われたの?」
「何も。ちょっとした印象だけ」と肩をすくめて答える。
平然を装う。
俺は再びブランシュの隣に座る。
彼女は黙って俺を見つめる――鋭く、冷たく、何かがおかしいと見抜いているかのよう。
俺は視線をそらし、窓越しの通行人を眺める。
自分の姿が、少し離れた場所でフードをかぶる女性と重なる。
彼女は頭を下げ、俺が見ていないと思っている。
しかし、まだ俺を見ている。
そしてあの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「この紫…なぜこんなに見覚えがあるの?」
俺はテーブルの下で拳を握る。
もし彼女が知ったら…。




