チャプター48 ― 王宮の前で……
夕暮れの風は、まだ血と焼けたマナの金属臭を運んでいた。
王宮前の大広場は、もはや怪物たちの墓場と化している。
歪んだ巨大な死骸が、不自然な姿勢で無数に転がっていた。
真っ二つに断たれたもの、文字通り粉砕されたもの――。
先ほどまでの混沌が嘘のように、沈黙が重く、非現実的に場を支配していた。
最初に足を止めたのはヴァイオレットだった。
荒い息を整えながら、死体で埋め尽くされた地面を見つめる。
青紫の瞳に、松明の弱々しい光が揺らめいた。
「……なんてこと……」
彼女は息を呑み、声を震わせる。
「いったい……誰が……こんな……」
その背後で、エスターが剣を握ったまま周囲を警戒していた。
走り続けたせいで金髪のツインテールは乱れ、
鮮やかな緑の瞳は、畏怖と警戒の間を揺れている。
「確かに、どれも化け物だった……」
彼女は低く呟く。
「でも、この斬り口……迷いがない。正確で、冷静すぎる。」
続いて、王女ブランシュが一歩前に出た。
長い金髪が風に揺れ、
霜を纏ったままのレイピアが太腿の横で静かに揺れる。
普段は氷のように無表情なその顔に、わずかな動揺が浮かんでいた。
「この惨状……」
彼女は静かに言った。
「並の兵士に成せるものではないわ。」
その後ろで、エリーが足を止めた。
白と紫の制服のポケットに手を入れたまま、
この地獄絵図に似つかわしくないほど落ち着いた表情で、死体を見渡している。
彼の青い瞳は――
どこか、エンジェルのそれと酷似していた。
ふっと、口元にかすかな笑みが浮かぶ。
「……ああ、誰の仕業か、だいたい見当はつくな。」
ほとんど独り言のように、エリーは呟いた。
ヴァイオレットが勢いよく振り向く。
「えっ!? 知ってるの!?」
彼は片眉を上げ、笑みを深める。
「さあね。たぶん。」
「エリー、今はふざけてる場合じゃないでしょ!」
エスターが地団駄を踏む。
「ふざけてないさ。観察してるだけ。」
エリーは再び地面に視線を落とす。
怪物の残骸、地面を走る亀裂、
そして、まだ消えきらない月属性マナの残滓。
小さく息を吐き、王宮の方へ顔を向けた。
「確かなのは――ここで立ち止まる時じゃないってことだ」
「エンジェルは、宮殿の中にいる。」
ヴァイオレットの目が見開かれる。
「……えっ!? 本当なの!?」
エリーはゆっくりと頷いた。
「彼のマナは“癖”みたいなものだ。弱っていても、千の中から見分けられる。」
「場所は……宮殿の下だな。」
ブランシュが眉をひそめる。
「王宮の地下……? 王家の地下区画よ。許可なしでは入れないわ。」
「エンジェルが、許可を求めたことなんてあったか?」
エリーは肩をすくめ、口角を上げた。
ヴァイオレットは喉を詰まらせる。
「……ひとりで……」
「もし、何かあったら……」
エスターがそっと彼女の肩に手を置いた。
「縁起でもないこと言わないで。あんたも知ってるでしょ」
「エンジェルは、そう簡単に倒れない。」
そう言いながらも、
彼女自身の瞳には、はっきりとした不安が滲んでいた。
ブランシュは空を仰いだ。
目を閉じ、胸に手を当て、静かに祈りを捧げる。
「……光よ、エンジェルくんを守り給え。」
「どうか……無事に戻ってきて。」
それは、エリーが初めて見る、
あれほど感情のこもった彼女の祈りだった。
普段は冷たく、距離を保ち、機械的ですらある声が――
今は、確かに震えている。
氷の仮面が、わずかに溶けていた。
隣でヴァイオレットが拳を握り締める。
「……失いたくない。」
「彼だけは……」
「まるで婚約者みたいな言い方だな。」
エリーが、からかうように言った。
「エリー!!」
ヴァイオレットとエスターの声が同時に響き、二人とも真っ赤になる。
「はいはい、冗談冗談……」
エリーは両手を上げる。
「まあ、完全な冗談でもないけど。」
ヴァイオレットが睨みつけるが、彼は気にも留めない。
その笑みは少しだけ消え、真剣な表情になる。
「心配しすぎるな。」
「エンジェルは……特別だ。」
「信じてくれ。恐れるべき相手がいるとしたら――」
彼は死骸の山を一瞥し、低く囁いた。
「――戦ってる“側”じゃない。」
ブランシュは王宮の大扉へと歩き出す。
松明の光を受け、レイピアが静かに輝いた。
「なら、迎えに行きましょう」
「地下で何と対峙していようと……彼は一人じゃない。」
ヴァイオレット、エスター、エリーがその後に続く。
四人は静まり返った王宮へと足を踏み入れ、
空虚な回廊に足音を反響させながら、闇の奥へと消えていった。
磨かれた大理石の陰に、その背中が溶けていく頃――
遥か、遥か地下深くでは、
王国の礎そのものを揺るがす戦いが、なおも続いていた。




