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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第3部 — 賑わう王都の中の天使。
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チャプター46 ― 二つの戦線で。

ルドヴァーンの蹄が石の床を叩くたび、地下に雷鳴のような衝撃が走る。

一撃一撃が、王宮地下全体に反響していた。


俺は再び、彼のねじれた巨大な刃を受け止める。

衝突の瞬間、衝撃波が生まれ、足元の床が蜘蛛の巣のようにひび割れた。


腕が震える。

それでも、俺は大太刀を手放さなかった。


「四分経過だぞ? それで、何の進展もなしとはな」


ルドヴァーンが舌打ちするように笑う。

エーテルのような声が、濃密なマナに満ちた空間を震わせた。


「哀れだなぁ……実に。」


俺は鋭く睨み返す。

「黙れ、このイカれ野郎。」


再び刃が激突し、青白い火花が四方に散る。

奴の膂力は常軌を逸している。だが――隙はある。


奴は重い。俺は、速い。


その合間に、背後からアンジェリーナとヴァルダの息遣いが聞こえた。

忌まわしい罠に阻まれ、前に進めずにいる。


「二人とも、聞け!」


金属音の合間を縫って、俺は叫ぶ。


「早く突破口を見つけないとマズい! 時間がない!」


甲高い音、飛び交う投射体、うねる魔力。

アンジェリーナが息を切らしながら応じる。


「でも、どうやって!? 一歩踏み出すたびに矢が飛んでくる!」


(くそ……)


俺は内心で唸りながら、攻撃をいなしつつ視線を走らせる。


(何かあるはずだ……必ず、どこかに。)


天井に吊るされたカプセルが目に入る。


(落とすか……いや、ダメだ。中の人間が死ぬ。)


他を探る。


(床は硬すぎる。壁……刻まれたルーンが不安定なマナを放ってる。掘る? 無理だ。時間が足りない。)


焦りが胸を締め付ける。


(壁……罠……マナ……)


その瞬間、背筋に冷たい感覚が走った。


(マナ……? そうだ……!)


俺は新たな一撃を弾き、体をひねって距離を取ると、掌で床を叩き跳躍する。


「二人とも!」


俺は咆哮した。


「分かった! 俺が導く!」


ヴァルダが、エネルギーの奔流の合間で立ち止まる。


「導くって……どういう意味よ!?」


「周囲のマナの流れを感知する! マナが“ない”場所――そこが罠の反応しない安全地帯だ!」


ヴァルダが叫び返す。


「だったら、そのマナを消せばいいんじゃないの!?」


俺はルドヴァーンの縦薙ぎを受け止める。

床が真っ二つに割れ、土煙が舞い上がった。


「……今ちょっと、両手と集中力が塞がってる!」


アンジェリーナが、迷いなく怒鳴る。


「準備はできてるわ、天使くん!」


その声。

その響き。


混沌の中でも、思わず口元が緩みそうになる。


離れた場所で、ヴァルダがぼそりと呟いた。


「……今、天使くんって呼んだ?」


返事をする暇はない。


俺のマナが燃え上がり、銀色の光輪となって全域へと広がる。

見えるはずのない流れが、脳裏に網の目のように浮かび上がっていく。


「――よし、行くぞ!」


ルドヴァーンが、狂気じみた笑みを浮かべる。


「見せてみろ、小さな英雄……お前の希望が、どこまで届くのかをな。」


俺は大太刀を強く握り直す。


(上等だ。)


一瞬だけ目を閉じ、マナを額の中心へと集束させる。

そして、目を開いた。


世界が変わる。


青、赤、金――無数のエネルギーの脈動。

壁、床、空気、そのすべてを走るマナの血管。


罠、ルーン、装置――それぞれが固有の“呼吸”を持っている。

光の混沌。


だが、その中に――影があった。


静かな領域。

マナの存在しない、空白。


(……あそこだ。)


俺は深く息を吸う。


「見えた……全部、見えてる。」


ルドヴァーンが低く笑う。


「ほう……そこまで覚醒していたか。」


無視する。

集中を切らすわけにはいかない。


流れを追い、線を辿り、最初の安全な経路を見つける。


「左だ!」


俺は叫ぶ。


「最初のカプセルの横! 次はその先に跳べ! 着地は右側だ、跳びすぎるな、矢が反応する!」


アンジェリーナは何も言わない。


(……いや、分かってる。最初から。)


彼女のオーラが引き締まり、息を整え、走り出す。


刃の上を舞う踊り子のように。

正確で、静かで、無駄がない。


跳躍。

カプセルがわずかに揺れる。


着地。


――何も起きない。


矢も、光線も、罠も。


ヴァルダが目を見開く。


「ちょ……今の、どうやったの!?」


アンジェリーナは一瞬だけ振り返り、穏やかに微笑む。


「彼の言う通りにしただけよ。」


俺は思わず笑った。


「次はお前だ、ヴァルダちゃん! 同じ足取りで行け!」


ヴァルダは唇を噛み、汗を滲ませる。


「……や、やってみる!」


彼女は跳ぶ。

ぎこちないが、指示を守る。


「低く! 右だ! ――今、跳べ!」


マナの奔流が頭上を掠める。

だが、着地は成功。


罠は反応しなかった。


胸の奥から、重いものが抜け落ちる感覚。


(……やった。)


ルドヴァーンが、ゆっくりと刃を下げる。


歪んだ笑みが、その顔に広がった。


「クク……見事だ。俺のマナ回路を読み切るとはな。」


俺は冷たく睨み返し、大太刀を構える。


彼は首を傾げ、楽しげに告げた。


「残り――三分三十秒。」


血の気が引く。

それでも、心臓は強く脈打っていた。


(まだだ……まだ、救える。)


俺は刃を握り締め、低く呟く。


「時間が残っている限り……俺は、諦めない。」


...


夕刻の熱を帯びた風が、王宮を取り囲む無人の街路へと吹き込んでいた。

数多く配置された衛兵たちは、すでに息を荒げ、緊張に身を強張らせている。

地平線の向こうから、最初の異形の影が姿を現したからだ。


強靭な脚を持つ狼蜘蛛が屋根から屋根へと跳躍し、

三つの首を持つドラゴンが空を旋回する。

吐き出される炎と黒きマナの奔流が、集中した熱と力によって瓦を歪ませていた。


隊列の最前線に立つのは、将軍リヴェン。

夕陽を受けて輝く刃を持つハルバードを構え、その戦傷に刻まれた顔は強張っている。

鋭い眼差しが、あらゆる攻撃経路を逃さず捉えていた。


彼に従うのは、十数名の精鋭。

男女混成の部隊は、マナ強化武装で身を固めていたが、

その表情には隠しきれぬ緊張が浮かんでいる。


「四方から来ます!」


兵士の一人が叫び、

人の顔を持つ猛禽の群れを指差した。

それらは一直線に、王宮の城壁へと突進してくる。


リヴェンは即座に指示を飛ばす。


「側面を固めろ!

マナ罠を使え、だが通路は一つたりとも空けるな!」


威厳ある声が響く。

だが、刻一刻と、防衛線は揺らぎ始めていた。


城壁の内側では、マナ弩が光の矢を放ち、

空を切り裂いて幾体かの魔物を撃ち落とす。

しかし、それでも敵は予測不能な位置から湧き出してくる。


咆哮が轟いた。


赤い瞳を持つ巨大な黒獅子が、正門へと跳躍する。

リヴェンは武器を振り上げ、渾身の一撃で迎え撃った。

だが、その衝撃に、彼の身体は大きく揺さぶられる。


攻撃は止まらない。

街路、屋根、そして地面――

あらゆる場所から魔物が現れ、部隊は次第に押し戻されていく。


砕ける木材の音、舞い上がる土埃。

兵士の叫びと、獣じみた咆哮が空気を満たした。


「持ちこたえろ!」


リヴェンは再び叫ぶ。


「王宮を、絶対に落とすな!」


その声は揺るぎない。

だが、彼自身は理解していた。


象徴たるこの宮殿が完全に包囲され、

増援がなければ――

数分と持たず、状況は致命的になる。


その時だった。


黒きドラゴンの影が中庭を覆い、

炎の息吹が石畳を震わせた。


恐怖と疲労に、部隊はよろめく。

彼らは悟っていた。

これが、どれほど絶望的な戦いかを。


リヴェンは歯を食いしばり、地平を睨む。


「耐えろ……

奴らは、まだ知らない。」


だが内心では、理解していた。

救いが来なければ、王宮も、その民も――今まさに危機に瀕している。


その瞬間。


冷たい風が、中庭を横切った。


倒された魔物の灰と塵を一掃する、凍てつく気配。


兵士たちが理解するより早く――

一瞬で、すべてが終わった。


鋼が交錯する音。

だが、それは速すぎて、誰の目にも映らない。


咆哮は止み、

ドラゴンは墜ち、

狼蜘蛛は崩れ、

猛禽は一声も上げずに地へと落ちた。


戦場は、唐突に――

静寂に包まれた。


その沈黙の中心に、三つの女性の背があった。


王宮へ続く広い石畳の道。

そこに立つだけで、空気を震わせる存在。


しなやかで、強く、

そして、どこか神秘的な優雅さを湛えた三つの影。


七人の中で、最後に残った――

三人のエルフ。


中央に立つのは、ルナ。


濃紫のボディスーツは柔軟で流麗、

豊かで大きく曲線的な肢体に完璧に沿い、

動くたびに制御された美を描き出す。


黒い線状紋様が衣装を走り、黄昏の光を吸収する。

肩に落とされたフードの下、

鎖骨に寄り添う三日月形の首飾りが、淡い銀光を放っていた。


夜色の長い髪は、脹脛に届くほどに伸び、

魔力を帯びたかのように、静かに揺れる。


衣装の裾には、夜空を模した銀刺繍――

まるで星座そのもの。


彼女のヒールブーツが石を打ち、

確かな自信を刻む音を立てた。


右には、クララ。


一見控えめだが、その気配は同等に圧倒的だった。

黒のタイトスーツは静音性の高い素材で、

長袖と手袋、そして首元に落ちたフード。


非常に長い黒髪が風に揺れ、

短い前髪が、冷静な眼差しを際立たせる。


手袋越しに光る赤い指輪。

内なる炎、あるいは太古の権威の象徴。


袖と脚部には、抑制された赤のライン――

封じ込められたエネルギーの脈動。


左に立つのは、ミア。


最も穏やかで、柔らかな印象を持つ存在。

黒の柔軟なスーツは、

主張せず、それでいて自然な優美さで体の曲線を引き立てる。


斥候を思わせる簡素なフードと長袖。

歩くたび、ブーツが静かに音を刻む。


腰元には、銀の小さな花紋。

純潔と生命を象徴する意匠。


淡い金髪は肩に届く長さで、

柔らかく、自然に顔を縁取る。


襟元と袖口には繊細な花刺繍。

そして、よく見なければ分からないほど微細な、夜色の線。


兵士たちは震えながら、一歩後ずさる。

武器は、自然と地へと下がっていた。


リヴェンは膝をつき、

荒い息を整えてから、ゆっくりと立ち上がる。


血の付いた刃を地に突き立て、

かすれたが威厳ある声で問いかけた。


「……お前たちは、何者だ」


三人は答えない。


ルナがわずかに顔を向け、

紫の瞳――冷たく、奥底の見えない視線を覗かせる。


クララは腰に手を当て、

黒髪が風に舞う。


ミアは目を閉じ、

まるで倒れた者たちに祈りを捧げるかのようだった。


リヴェンは一歩踏み出す。


「……王宮を救ったのは感謝する。

だが、どの陣営の者だ?」


ルナの唇に、かすかな微笑が浮かぶ。


首を傾け、

柔らかく、それでいて測り知れない声で答えた。


「紫の瞳を持つ――

あの天使の側よ……。」


次の瞬間。


紫のエネルギーの奔流が中庭を貫いた。


三人の姿が揺らぎ、

やがて、空気に溶けるように消えていく。


兵士たちは、言葉を失った。


リヴェンはその場に残された虚空を見つめ、

低く呟く。


「……紫の瞳の、天使……?」


答えはない。


あるのは、

風が運ぶ静寂だけだった。

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