チャプター43 ― アンジェリーナ対姫君
私はヴァルダの隣を歩いていた。
海から吹くやわらかな風が頬を撫で、沈みかけた太陽は地平線の向こうで空を金色や桃色に染めている。
私たちがいる高架の通りからは、下の砂浜が完璧に見渡せる。
見た目は静かだが、どこか張り詰めた空気――絶えず警戒心を呼び起こすような、微妙な緊張が私を離さなかった。
「エンジェル……」ヴァルダがいたずらっぽく私を見ながら言う。
「あなたの…えっと、“ワイルド”な感じって、ちょっと…驚かされるわね?」
笑みを浮かべながら、少し茶化すように。
私は眉をひそめ、わずかに憤慨しつつ振り返る。
「ワイルド? 本気で言ってるのか?」
半分は笑い、半分は抗議の声。
「私は完璧に――学術的に整ったスタイルだぞ! 完璧にだ!」
ヴァルダは、澄んだ軽やかな笑い声をあげた。
その声に、思わず私も微笑んでしまう。
「完璧だって?」彼女は首を振りながら続ける。
「白い髪を左右に分けて落として、その中央の一本が絶対に言うことを聞かないでしょ……
それって……「魅力的だし……同時に、すごくワイルドなのよ。」
私は大げさに小さくうなり声をあげるが、結局笑わずにはいられなかった。
「魅力的でワイルド……褒めてるのか?
それとも風に飛ばされた野生のエルフみたいに見えるってことか?」
「ち、違うわよ。」
彼女は微笑む。
「そうじゃなくて……惹かれるの。
予測できない感じがあって、性格が溢れてる。
私は……その感じが好き。」
頬がわずかに熱くなる。
恥ずかしいけれど、心は確かに嬉しかった。
「予測できない、か……それを気に入ってるってこと?」
少し茶化してみる。
「とても気に入ってるわ。」
彼女はいたずらっぽく笑う。
「正直言うと、この言うことを聞かない一本の髪を“矯正”する時間も欲しいかもね。」
柔らかく笑いながら。
私は首を振り、笑みを浮かべる。
こうして二人で過ごす時間――心地よくて、少しドキドキする。
「ねぇ、ヴァルダ、
もしその髪を矯正し始めたら、私は責任を取れないぞ。」
笑いながら言う。
「大丈夫、私なら扱えるわ。」
彼女はウインクする。
夕日に照らされる青紫色の瞳が、キラリと輝いた。
二人で歩きながら、街や砂浜が横を流れるように過ぎていく。
太陽はゆっくり沈み、白くまとめた髪を優しく照らす。
私は手をポケットに入れたまま、居心地の良さと、どこかそわそわした感覚を同時に抱いていた。
話題は髪型のからかいから、何気ない雑談へと移る。
この散歩は、なんとも言えず心地よく、安心できる時間になった。
「ねぇ、エンジェル。」
しばらくの沈黙の後、ヴァルダが切り出す。
「こうやって海沿いを歩くの、好きなの?
静かでいいけど……絶対、周りのあれこれを全部観察してるでしょ?」
「うん……」
少し照れながら答える。
「光、街の様子、風……時々人々も見てしまう。
でも、君と歩くと、全部がずっと……面白くなる。」
ヴァルダが微笑む。
その笑顔に、心がふわりと震える。
空はオレンジと紫に染まり、足音だけが時を刻む。
その瞬間、私たちはただ歩き、話し、風と夕陽と互いの存在を楽しんでいた。
私とヴァルダが並んで歩き、まだ静かなこの時間を楽しんでいると、背後から澄んだ、まるで霊的な女性の声が響いた。
「さあ、ラブラブカップルさんたち、今日は何を出してあげようかしら?」
反射的に振り返った。その声に心当たりはあったが、言葉は出なかった。
一方のヴァルダは突然体をひねり、目を大きく見開き、警戒の構えを取った。すぐにでも攻撃に移れる姿勢だ。
私たちの前に立っていたのは、アンジェリーナだった。
その姿は、息をのむほど美しかった。
彼女が纏うエーテルスーツは黒と深紫色の組み合わせで、体にぴったりとフィットし、驚くほど均整の取れた曲線を際立たせている。わずかに光沢のある生地は彼女の体の形に沿いながら、動きやすさも損なわない。長袖の黒い生地は腕にぴったり沿い、細い手袋がその手元の優雅さをさらに引き立てる。
肩から下がるマントは、黒地に紫の差し色があり、意図的に縁をほつれさせたデザインで、足首まで届く長さ。風になびき、妖精のような威厳と存在感を強調している。細身の黒いヒールブーツは軽やかでありながら安定性を保ち、細い腰には紫の天使の羽の飾りが中央に輝き、まるでエネルギーが宿っているかのように震えて見える。金と紫の刺繍が縫い目や襟元に施され、さりげなく彼女の位と力を示していた。
長いブロンドの髪は左右対称に分けられ、氷のように美しい顔立ちを縁取る。毛先はふくらはぎまで届き、微かに揺れながら後方で自由に漂う。紫色の瞳は鋭く決意を秘め、マントの細部に施された月や星の刺繍まで、細心の注意で設計されているのがわかる。
(どうしてこんなに彼女の服のことを知っているか?…それは私がデザインを手伝ったからだ…)
ヴァルダは敵だと思い込み、刃を抜いて素早く前に跳んだ。
「エンジェル、気をつけて!」と叫ぶ。
アンジェリーナは黙ったまま、長い黒い剣で攻撃を受け止めた。剣には紫の模様が複雑に描かれ、中央の紫の天使の羽が夕日の光を反射して輝く。金属の衝撃音が響き、私はつい口を挟んだ。
「まったく…落ち着いて来ることはないのか、あの人たちは…」
「誰なの?」ヴァルダが怒りの色を浮かべ、敏捷なシルエットを睨む。
黙って、アンジェリーナの動きを見つめる。
その身体は、驚くほど均整が取れて滑らかで、受け、避け、反撃するすべての動作が優雅で、畏怖と不安が、胸の奥で絡み合う。
「エンジェル、下がって!」ヴァルダが叫ぶ。
「わかった、わかった。横にいる。」後退しながら答える。視線は、彼女から離れない。
アンジェリーナは名乗らず、私も聞かなかった。
ただ、存在感、完璧な体、剣の扱い――すべてが目を奪う。
ヴァルダと私は警戒を緩められないが、彼女のシルエットから目を逸らすことは不可能だった。
「ふん…」ヴァルダが眉をひそめつつ呟く。
「この人……知らない。
でも……強すぎる。
それに……近すぎて、冷静でいられない。」
小さくうなずき、構えを取る。
アンジェリーナは私たちを見据え、かすかに微笑むだけ。名前も明かさず、情報もない。空気が、張りつめる。
(くそ……完璧すぎる。
曲線も、動きも……今日の驚きは、まだ終わりじゃない)
背後に風が吹き、アンジェリーナがヴァルダを力強く押し返した。
反射的に私は飛び出し、まるで姫を抱くかのように彼女を腕に抱える。
驚くほど軽い体。抱かれた瞬間、頬はほんのり紅潮する。
「え…ひぃ!」彼女が驚きの声を上げる。
私はそっと地面に下ろし、まだわずかに震える手を落ち着かせる。
彼女は深く息を吸い、顔を赤くしたまま、驚きと戸惑いの混ざった目で私を見つめる。
「私は…あなたの敵じゃない…」アンジェリーナが少し震えた声で言う。
「街を守るために来ただけ。」
ヴァルダは警戒を緩めず、眉をひそめる。
「なぜ信じなきゃいけないの?」
その声には権威と疑念が混じる。
「聞いてください。」アンジェリーナは落ち着いた声で言い、紫の瞳をヴァルダに向ける。
「首都には不安定な黒マナ源が点在しています。学園では、数時間前に生徒たちが安全のため避難しました。中心街でも住民は避難済みです。南部も同様に安全確保済みです。」
ヴァルダは一瞬沈黙し、まだ警戒を解かない。
「そして最後に…王宮です。まだ避難は完了しておらず、迅速な対処が必要です。」
ヴァルダは少し緊張を解いたが、目は警戒したままだ。
「あなたは助けに来た…すべてのマナ源を把握している、と?」
「その通りです…」アンジェリーナは小さく自信のある微笑みを浮かべた。
「一人ではなく、仲間と共に安定化と住民保護に動いています。」
ヴァルダを見る。表情は徐々に和らぐが、警戒の目は緩まない。
「……わかった。
でも、警戒は続ける。
嘘なら……」
「嘘はありません。」アンジェリーナは真剣に頷く。
「この街を傷つける理由は何もありません。」
ヴァルダは軽く息をつき、腕を組み周囲を見渡す。
「で、どう動く?」
「街中の黒マナ源を安定化させます。
そのために、できる限りの協力が必要です」
私はヴァルダとアンジェリーナを見つめ、この緊張の極みが、初めてほんのわずかな協力の兆しに変わったことを感じる。
街は依然危険だが、今朝以来、初めて一筋の希望が差し込む。
「よし、なら…見せてもらおう。力を。」ヴァルダは言い、目は警戒のままだが、少し信頼を込めていた。
アンジェリーナは頷き、風が彼女のブロンドの髪を揺らす。
落ちる夕日の光が街をオレンジ色に染める中、
次の一手は――もう、避けられない。




