表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第3部 — 賑わう王都の中の天使。
50/62

チャプター41 ― 「ねえ……友だちになってくれる?」

バルコニーで朝食を分け合っている最中、俺がようやくコーヒーの味を楽しみ始めた頃、ヴァルダはふいにカップを置き、思いがけないほど真剣な表情で俺を見た。


「エンジェル……あなたに、お礼を言いたかったの。本当に。」


俺は少し驚いて顔を上げる。ブラウニーの欠片が、まだ口元に残ったままだった。


「え? 王族仕様のコーヒーを味わわせてくれたこと?」


彼女は小さく笑い、首を振る。


「いいえ。それ以上のことよ。」


俺は皮肉っぽく眉を上げた。


「なるほど……八年前に助けてあげたこと、とか?」


澄んだ笑い声が、バルコニーの柱の間に響いた。


「それも、もちろん感謝してるけど……違うわ。」


俺はカップを置き、興味を引かれて身を乗り出す。


「じゃあ、何の話だ?」


「ヴァイオレットにとって、あなたが本当に素敵な友達でいてくれたこと。」


一瞬、言葉に詰まった。

ヴァルダは視線を海へ向けたまま、続ける。


「知ってる? ヴァイオレットがこの世界で望んでいることは、たった二つだけ。

もっと強くなること……そして、自分を救ってくれた紫眼のエルフを大切にすること。」


俺は天を仰ぎ、溜息をついた。


「はいはい……だから、もう何度も言っただろ――」


だが彼女は、穏やかでありながらはっきりと遮った。


「私が言いたいのは、そこじゃないの。

 あの子はその二つに夢中になるあまり……孤立してしまった。

 本当の意味で“友達”と呼べる存在が、今までいなかったのよ。」


俺は少しの間彼女を見つめ、それから息を吐いた。


「……じゃあ、エリーは?」


彼女はくすっと、困ったように笑う。


「あなたのお兄さんのエリー? それは……少し複雑ね。

 大好きなのは確かだけど、エリーは落ち着きがなくて、時々それが癇に障るみたい。

 成績が優秀なところや、長所もちゃんと認めているけれど……同じじゃないの。」


俺は気まずさを隠すように、コーヒーを一口飲んだ。


「……じゃあ、俺は?」


ヴァルダは俺を見て、心からの笑みを浮かべる。


「あなたは、エンジェル……特別な存在よ。

 “友達”なのは確か。でも、それだけじゃない。

 あの子は本気で、あなたが幸せでいてほしいと思ってる。」


胸の奥がじんわり熱くなり、俺は視線を落とした。

こういう話は苦手だ。直接的すぎて、正直すぎて。


ヴァルダは、さらに柔らかな声で言う。


「彼女があなたのことを話すときね……

本当に、“天使”の話をしているみたいに聞こえるの。」


俺は即座に不満げな声を漏らす。


「……やめろよ、それ。」


彼女は今度はからかうでもなく、静かに笑った。

その眼差しは優しく、どこか感情を帯びている。


「本気よ、エンジェル。

 あなたは……何かを放っている。

 必死に隠そうとしても、消せない光を。」


しばらく、俺は黙って海を見つめていた。

潮と蜂蜜の香りを含んだ風。

波音が、二人の間に落ちた沈黙を包み込む。


 やがて、少しだけ観念したように息を吐く。


「……ヴァルダ。あんた、優しすぎるって分かってる?」


「よく言われるわ。」

彼女は微笑む。

「でも、本気でそう言ってくれる人は……あまりいないの。」


俺がようやくパンにもう一口かじった、その直後だった。

ヴァルダが再び口を開く。声は柔らかく、それでいてどこかからかうようだった。


「ねえ、エンジェル……それ以上にね。

ヴァイオレットは、あなたのことが――大好きで大好きで、仕方ないのよ。本当に。」


俺は口いっぱいのまま彼女を見上げ、思わず固まった。


「だ……だいすき?

さすがにそれは言い過ぎじゃないか?」


「いいえ、全然。」

彼女は微笑む。

「あの子、あなたの話ばかりするの。

落ち着いていて、ミステリアスで、優しくて……それでいて、なぜかすごく惹きつけられる、って。」


俺は盛大にむせかけた。


「ひ、惹きつけられる!?

 ちょっと待て、それ本当に俺の話か?

 目の下にクマがあって、二日に一回は頭痛を起こしてる白エルフの?」


ヴァルダは腹を抱えて笑った。


「ええ、そのあなたよ。

ヴァイオレットは、あなたを“そう”見てないの。」


俺は眉を寄せ、居心地悪そうに視線を逸らす。


「好かれてるのは分かるけどさ……さすがに盛りすぎだろ。

俺たち、ただの友達だろ?」


ヴァルダは肘をつき、顎に手を乗せる。

その瞳は、楽しそうに輝いていた。


「友達? ああ……もし、あなたが知ってたらね。」


「……どういう意味だよ。」


彼女は意味ありげな視線を向け、ほとんど内緒話のような声で言った。


「ヴァイオレットね、あなたのことを話すとき、目が本当にきらきらするの。

 それに一度――本当に一度だけど……

 あなたと結婚できたらいいな、って言ったこともあるのよ。」


俺は数秒、完全に思考が停止した。


「……け、結婚?」


「ええ、結婚」

ヴァルダは悪戯っぽく笑う。

「二人で一生を誓うやつ。

みんなが泣いて、花を投げて、幸せいっぱいの、あれ。」


俺は両手で頭を抱えた。


「いやいやいや……冗談だろ?

本気で、そんなこと言ったのか?」


「本気も本気よ。」

彼女は笑いながら頷く。

「あなたは白い衣装、彼女は銀のドレス。

 ヴォルタの庭園で……って。

 それ、エリーにも話してたわよ。」


「――ちょっと待て!

エリーが知ってるのか!?」


「ええ。だから、彼はよくからかってるわ。」

ヴァルダは楽しそうに続ける。

「そのたびに、ヴァイオレットは真っ赤になるけど。」


俺は肘をテーブルにつき、大きく溜息をついた。


「……なんで、こういうこと、全部俺に降りかかるんだよ。」


ヴァルダは、心底面白そうに俺を見ている。


「それはね、エンジェル。

あなたが、自分で思っている以上に特別だからよ。」


「それか、俺が恥ずかしい状況を引き寄せる体質なだけだ。」


彼女はさらに笑う。


「違うわ。

 あなたはただ、あの子の心を救ったの。

 尊敬して、信頼して……そして、惚れ込んでる。

 溺愛、と言っていいくらい。」


その言葉は、思った以上に胸に響いた。

俺は黙って海のほうへ視線を向ける。


「……ヴァルダ。

 それ、ちょっと重すぎるぞ。

 俺……そんな価値、あるのか分からない。」


彼女はそっと、手袋越しに俺の手に触れた。


「価値の問題じゃないの、エンジェル。

それが……あなたが“彼女にとって何者か”ってだけ。」


喉が、少しだけ詰まる。

だから俺は、無理やり軽い調子で言った。


「……じゃあさ。

いつか指輪渡されたら、文句はあんたに言うからな。」


ヴァルダは胸に手を当て、大笑いした。


「その時は、私が一番に出席するわ。

花嫁介添人としてね!」


俺は呆れたように目を回す。


「笑えない冗談だぞ、王女様。」


そう言いながらも、胸の奥には妙な熱が残っていた。

気恥ずかしさと、温かさが入り混じった、不思議な感覚。


そしてこの笑い合う時間が――

なぜか、とても救いのあるものに思えた。


...


時間は、波の音と遠くで鳴くカモメの声に包まれながら、穏やかに流れていった。

朝食もほとんど終わり、俺はクリームと蜂蜜のかかったブラウニーを味わっていた――少し急ぎすぎたかもしれない。

一方でヴァルダは、珍しく黙り込み、地平線の向こうをじっと見つめていた。


俺は彼女を見上げ、口いっぱいのまま声をかける。


「……なあ、何か気になることでもあるのか?」


彼女はゆっくりとこちらを向いた。

唇には優しい笑みを浮かべているのに、その瞳には――どこか儚くて、幼い光が宿っていた。

いつもは揺るがない彼女の声が、少しだけ震える。


「ねえ……エンジェル……

 もし、よかったら……

 あなたも……私の友達に、なってくれない?」


俺は固まった。

ブラウニーを半分噛んだまま。


「……え?」


ヴァルダは少し俯き、指先をぎゅっと握りしめる。


「急なのは分かってる……でも……

 私もね、友達ってものを持ったことがなかったの。」

小さく息を吸い、続ける。

「何年もずっと、同じ二つのことしか考えてこなかった。

 紫の瞳のエルフを探すこと……そして、強くなること。

 そのせいで……気づかないうちに、私も孤立してた。」


その声には、王女の仮面なんてどこにもなかった。

ただの、一人の少女の本音だった。


俺はごくりと喉を鳴らし、口いっぱいのまま、ほとんど反射的に答えていた。


「……いいに決まってるだろ。」


ヴァルダが、ぱちっと目を瞬かせる。


「……え……?」

「ほ、本当に……?」


「もちろん!」

少しこもった声で言いながら、俺は続ける。

「まあ……変なエルフの伝説とか、結婚の話とかをやめてくれたら、

かなりいい友達になれると思うけどな。」


一瞬の沈黙。

そして次の瞬間――


「……ふふ……っ……」


堪えきれなかったように、ヴァルダは澄んだ笑い声を零した。


「ひひ……本当に、あなたって……」

くすくすと笑いながら、肩を揺らす。

「口いっぱいなのに、そんな返事をされるなんて……

それでも、ちゃんと笑顔にしてくれるのね。」


俺は肩をすくめる。


「だって……友達がいないって言ってたろ。

じゃあ、今できたってことでいいだろ。」


その瞬間だった。

彼女の表情が、文字通りぱっと輝いた。

まるで、世界で一番嬉しい言葉を聞いたみたいに。


「……あは……」

そして、少し潤んだ声で。

「ありがとう、エンジェル……本当に、ありがとう……!」


「どういたしまして、姫様」


「……違うの」

彼女は首を振り、胸に手を当てる。

「冗談じゃなくて……本当に。

これを聞けて……すごく、救われた。」


ふう……と、安堵の息をつき、照れたように小さく笑う。


「子供みたいに喜んでて、ちょっと恥ずかしいけど……

でも……嬉しくて仕方ないの。」


俺は視線を逸らし、口元に小さな笑みを浮かべる。


「……それなら、よかった。

俺、周りの人が落ち込んでるの、あんまり好きじゃないからさ。」


ヴァルダはしばらく俺を見つめ、柔らかな声で言った。


「……本当に、不思議な人ね。

ヴァイオレットがあれほど大切にする理由、やっと分かったわ。」


俺は気まずそうに首の後ろを掻く。


「や、やめろって……

そんなこと言われると、顔熱くなるだろ。」


「ふふっ」

彼女はまた笑う。今度は、完全に安心しきった笑いだった。

「もう遅いわ。ちゃんと赤くなってるもの。」


「……これは太陽のせいだ。」


「はいはい。」

くすっと笑って、頷く。


少しの沈黙のあと、彼女は優しく言った。


「ありがとう……私の友達。」

そして、照れたように付け加える。

「これからは……ヴァルダちゃんって呼んで。

――小さな天使さん。」


潮風が吹き抜け、

その笑顔と小さな安堵の吐息が、静かに溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ