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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第3部 — 賑わう王都の中の天使。
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チャプター31 ― 氷でできた世界の中で…

広場は、ほんの数秒で混沌へと変わった。


悲鳴。

倒れる荷車。

布地の屋台を舐めるように広がる炎。


人々の間を裂くように、異形の群れが溢れ出す。


狼と蜘蛛が混ざり合ったような――

速く、醜く、そして恐ろしい存在。


 

ヴァイオレット。

ブランシュ。

エリー。

エスター。


四人は、逃げ惑う群衆のただ中に取り残される。


その表情が、衝撃から――即座に、戦う者の集中へと切り替わった。


ヴァイオレットは、紫紺に輝く細身のレイピアの柄を強く握りしめる。

指先が白くなるほどに。


「下がって!

 急いで! こっちよ!

 民間人を北の通路へ押し出して!」


澄んだ、しかし命令の芯を持つ声。


逃げる途中、女がリンゴの籠をひっくり返す。

転がる果実。

泣き叫ぶ子供。


ヴァイオレットは一切の躊躇もなく、続ける。


「エスター、右側の民間人を!

エリー、私と一緒に三体を抑える!」


エリーは即座に剣を抜いた。


ミスリルとオリハルコンの合金刃。

導電性スライムで繋がれた特殊構造。


口元を歪め、楽しげに笑う。


「望むところだ。

実験は家でやれって、教えてやろうぜ。」


エスターは顔を強張らせながらも、すでに踏み出している。


「ふざけないで、エリー。

調子に乗ったら、道徳的罰金を科すわよ。」


ブランシュが、一歩前へ。


蒼氷色に澄んだレイピアを構え、群衆へ突進する異形へ向ける。


「通路を開けて。

 後方は私が守る。

 民間人を優先。」


最初の魔物が跳躍した。


ヴァイオレットが回転し、斬る。


紫の軌跡。

刃は蜘蛛脚の関節を裂き、甲高い悲鳴が響く。


踏み込み、体重を乗せ、

一体を屋台へと叩き飛ばした。


「汚い……!」


唸りながらも、声を張る。


「いいから押して!

通路を下がって!」


エリーが前へ跳ぶ。


剣が唸り、

ミスリルとオリハルコンが魔力の衝撃を吸収し、反射する。


斬り。

弾き。

剣腹で叩き落とす。


「耐えろ!

倒れた荷車に近づけるな!」


エスターは低い位置で、無駄がない。


扱いやすい実用剣が、

魔物の胸部基部を正確に貫く。


引き抜き、刃についた粘つく血を振り払う。


「……最悪。

誰よ、狼と蜘蛛を混ぜたの。」


ブランシュは氷のように冷静だった。


短く、鋭い指示で戦場を制御する。


「ヴァイオレットさま、直角。

 エリー、援護。

 エスター、避難!」


蒼氷色のレイピアが、外科手術のような弧を描く。


過剰な血飛沫はない。

だが、確実に四肢は落ち、群れは後退する。


周囲では人々が押し合い、

恐怖に駆られる者、

呆然と立ち尽くす者が混じる。


女商人が、子供を強く抱きしめながら後退する。


ヴァイオレットは一瞬だけ視線を送り、頷く。


「行って!

路地裏よ、急いで!」


エリーが、斬撃の合間に笑う。


「いい眺めだな。

鍛冶場から絵葉書送ってやろうぜ。」


「黙って殴りなさい!」


エスターが、子供に伸びた脚を叩き落とす。


「ほら!

 立てる! 走って!」


連携は完璧だった。

訓練された、実戦の動き。


だが――


数が多い。

動きが読めない。


噴水方面へ跳び、石壁を登り始める個体。


鋭い遠吠え。

路地の影から、さらに歪んだ影が呼応する。


斜めから三体が、ヴァイオレットへ。


彼女は応じ、光の筋を引くが――

三体目が脚に噛みつき、柱へと叩きつけた。


転がる。

即座に立ち上がる。


「くそ……!

いつもより硬い!」


その声を聞き、

ブランシュが滑るように回転。


関節を断ち切り、脅威を排除する。


氷色の視線が、ヴァイオレットを捉える。


「大丈夫ですか、ヴァイオレットさま。」


口元の血を拭い、歪んだ笑み。


「ええ。

 まだ平気。

 ……ちょっと冷たすぎよ、氷のたいまつみたい。」


ブランシュは、ほんの一瞬だけ微笑む。


「私は、火を灯す役ではありません。」


その時――


広場の反対側で、

より大きな個体が後脚で立ち上がった。


統率された咆哮。

街灯が揺れる。


市民の悲鳴。

店のシャッターが次々と閉まる。


燃える荷車が、群衆へ引きずられる。


エリーが叫ぶ。


「脚を落とせ!

荷車を近づけるな!」


同時攻撃。


魔力の火花。

金属音。

獣の絶叫。


それでも――減らない。


倒しても、

路地の影から次が現れる。


その時。


ヴァイオレットが刃を突き立て、息を整えた瞬間――

低く、重い振動。


下だ。


何かが、下を移動している。


戦場は、糸が絡むようになる。


押し返し。

守り。

後退。

再編。


ブランシュが叫ぶ。


「下がって!

出口を守らないと挟まれる!」


エスターが子供を引き寄せながら走る。


「援軍が来るまで持ちこたえる!」


エリーは頬の血を拭い、吠える。


「冷静なら生き残れる!」


――その頃。


上空、約五十メートル。


俺は、まだ降下中だった。


風が顔を叩く。

着地を集中して制御する。


まだ、地には触れていない。


上から見える光景。


秩序。

暴力。

恐怖。


具現化させた大太刀を、強く握る。


――今は、ただ落ちるだけだ。


最適な介入点を計算しながら。


その瞬間。


凍てつく風が、広場を覆った。


白く、純粋な霜が地面を包み、

午後の陽光の中で雪片が舞う。


蒼い蒸気が、地面から立ち昇る。


魔物たちは――

攻撃動作のまま、完全に停止した。


氷の彫像。


悲鳴は途中で断ち切られ、

歪んだ形のまま凍りつく。


中心に立つ、ブランシュ。


蒼氷色のレイピアを地に突き立て、

薄い魔力の霧を漂わせている。


金色の長髪が、冷気に揺れる。


冬の青を宿した瞳。

静かで、感情を見せない。


だが――

指先が、わずかに震えていた。


彼女は、ただ一言。


「クライオ。」


余韻が消え、

沈黙が落ちる。


風さえ、息を潜めた。


ヴァイオレット、エリー、エスターは、

指示どおり後方で立ち尽くす。


やがて、ヴァイオレットが呟く。


「……嘘でしょ。

全域、凍結……?」


エリーが、息を呑む。


「やば……

 学院でも、こんなクライオマンシー見たことねえ。

 民間人ゼロ被害……地面も無傷……」


エスターは、さらに小さく。


「……数秒で全部、計算したのね……」


その時。


空気を裂く音。


影が落ち――


俺は、ブランシュの数メートル前に、

霜を軋ませながら着地した。


雪煙が舞い上がる。


大太刀を手に、

目を見開く。


「……すご。

 クリスタロマンシーか?

 さすがだな、ブランシュさん!」


空気が、凍る。


ブランシュはわずかに顔を上げる。


残留魔力に光る青い瞳。


そして――

ほんのりと、頬が染まる。


「ありがとう、エンジェルくん……

でも、それは違います。」


静かに、続ける。


「これは、クライオマンシーです。

……結晶生成は、まだ完全ではありません。」


小さな、抑えきれない笑い。


視線を伏せる。


俺は無言で近づき、

そっと彼女の頭に手を置いた。


優しく、撫でる。


「それでも十分すごい。

 本気で。

 広場、全部救ったぞ。氷の姫。」


ブランシュは、最初、完全に固まる。


目を見開き――

そして、ゆっくり閉じた。


受け入れるように。


唇に、かすかな微笑。


背後。


エリーが爆笑する。


—「ちょ、待て待て待て!?

 本当に撫でたぞ!?

 ブランシュ姫の頭を!?」


エスターが呆然と呟く。


「……自殺志願者?」


ヴァイオレットは、無言。


頬を赤く染め、歯をきしらせる。


「あのバカなエルフ……」


だが、ブランシュは微笑んだまま。


声は冷たいが、柔らかい。


「……ありがとうございます、エンジェルくん。」


俺は手を離し、凍った戦場を見渡す。


「さて……

宴は終わりだな。」


大太刀を背へ戻し、

三人――と、エリーを見る。


「次は、これを放った連中だ。

 街でこれを出すってことは……

 もっと厄介な準備をしてる。」


ヴァイオレットが頷く。


「ああ。追うわ」


エスターは剣を収め、笑う。


「いつか教えなさいよ、エンジェル。

なんで姫様たちが、あなたの言うこと聞くのか。」


エリーが笑う。


「マジで。

 秘密なんだよ?」


俺は天を仰ぐ。


「秘密?

 ……ピザだ。

 チーズとはちみつ。」


ブランシュは、顔を逸らし、

小さく笑った。


「行きましょう。

一緒に。」


彼女は、きしむ霜の上を進む。


夕光に照らされる、金色の背。


俺は、その後ろを歩きながら――

少しだけ、誇らしそうに目を細めた。


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