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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第3部 — 賑わう王都の中の天使。
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チャプター29 ― 特にダメなインターン。

ようやくビギー・ピザズの前に到着した。

だが――その瞬間、胸の奥に微かな違和感が走る。


理由ははっきりしない。けれど、街全体に漂う“何か”がある。

微妙で、重く、しかし今のところ敵意はない……それでも、確実に僕の本能を刺激する、不穏な気配だった。


僕は仲間たちの方を振り返る。

「みんな……窓際の席を確保しておいてくれ。あと、ヤギのチーズとはちみつのピザを頼んでくれると助かる。」


ヴァイオレットはすぐに察し、瞳を輝かせて頷いた。

「分かったわ、エンジェルくん。私が手配するね……何か感じてるんでしょう?」


隣に立つブランシュは、わずかに眉をひそめ、鋭く冷たい視線で周囲を見渡す。まるで、僕と同じ“気配”を探っているかのように。

(……私も感じる。この街を乱す何か……油断できない。彼のためにも。)


少し後ろにいたエスターは腕を組み、ため息をついた。

「はあ……本当に、エンジェル?まだ入ってもいないのに、もう謎のヒーロー気取り?拍手でもしてほしいわけ?」


「そんなに文句言うなよ、エスター。」僕は肩をすくめる。

「君には、僕が感じてるものが分からないだけだ。」


エリーは、我慢できずにくすりと笑う。

「出たよ、我らが英雄様。ピザを食べる前から“神秘アラート”全開か!」


「ええ、」エスターも鼻で笑う。「トッピングが期待通りじゃなかったら、きっと倒れるわね。」


ヴァイオレットは身を乗り出し、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ、エンジェルくん。」


「……ありがとう。」

僕は短くそう返しながらも、視線はなお空気の揺らぎを追っていた。


ブランシュは何も言わず、ただ意味深な、守るような視線を僕に向ける。

(私の後ろにいて、エンジェル……全部見ている。何より、あなたを。)


エリーは、エスターが腕を組んで不機嫌そうにしているのを見て大笑いした。

「いやあ、エンジェル。光栄だぞ?セレスティアの姫が君のために不機嫌なんて!」


「バカ。」エスターは呆れたように目を逸らす。

「あいつのためじゃないわ。ただ……あの、よく分からない感じが気に入らないだけ。」


僕はそのやり取りに苦笑しながら首を振り、皆がピザ屋の中へ入っていくのを見送った。

そして一人、街にそびえる高い塔の方へと視線を向ける。


――彷徨う危険の存在を、はっきりと意識しながら。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


数瞬後、俺は紫色の塔の真下に立っていた。

高さはおよそ百五十メートル。


脚に爆発性のマナを集中させ、一気に踏み切る。

次の瞬間、俺の身体は空を切り裂き、塔の外周に設けられた手すりへと到達した。


――そして今、

地上から百メートル以上の高さ。

紫の大塔の手すりの上に、俺は立っている。


足元には常に爆発性マナを巡らせ、バランスを保ち、万が一落下しても衝撃を相殺できる状態だ。


眼下を見ると、フードを被った男が一人。

両手に抱えているのは――明らかに異常なアーティファクトだった。


複雑な球体。

無数の歯車、精巧な機構、絡み合う内部構造……

しかも、明らかに“使用説明書”のような刻印が施されているが、その文字は、おそらく本人にしか理解できない類のものだ。


(……はあ。)


頭の中で、思わず毒づく。


(クソ……なんて間抜けなんだ。)

(街を破壊しようとしてるくせに、このクソアーティファクトの起動方法すら分かってないとか。)


(新人か? それともただの素人か?)

(前日にしか勉強しない怠け者の学生そのものだな。問題の半分も理解してないタイプだ。)


俺はしばらく観察する。

男は球体を回し、裏返し、歯車を合わせようと必死だが……何も起こらない。


指先が微かに震えている。

苛立ちが、はっきりと伝わってきた。


「……くそ……」

男は小さく呟く。

「どうやって……合うんだ……? なんでだ……」


俺は静かにため息をついた。


(本気か?)

(マジで?)

(こんな奴のせいで街ごと吹き飛ばされるとか、冗談じゃない。)


男は首を傾げ、刻印や紋様を一つ一つ睨みつける。

まるで、球体が自分に答えを教えてくれるとでも思っているかのように。


「……なんで動かないんだ?」

「合わせるだけ……だろ……?」

「……くそ……」


(はあ……)


俺は心の中で首を振り、意識を切り替える。


(落ち着け、エンジェル。)

(ただ一歩、静かに近づくだけだ。)

(こいつは、自分が何にやられたのかすら分からない。)


男は球体を持ち上げ、苛立ちの声を上げる。


「クソッ! なんで動かねぇんだよ!!」


俺はわずかに身を乗り出し、歯車に視線を集中させる。


(……やれやれ、初心者が。)

(もう一秒でも触ったら、“本当の問題”を教えてやる。)


その時、歯車の一つに刻まれた小さな文字が目に入った。

俺は、内心で笑う。


(ああ……なるほど。)

(これか。)

(パニックにならなきゃ、バカでも分かるだろ。)


男は完全に自分の世界に入り込み、意味不明な指示を独り言のように呟き続けている。

まだ、俺がすぐ背後――数センチの距離にいることにも気づいていない。


「なんで……こう……いや……クソッ!」


拳を握る。

いつでも動ける。


(正直……)

(この無能のせいで、街を守るために空中で自爆とかになったら……)

(今日一日、人生最悪の日になるな。)


俺は音もなく、その場に留まる。

不器用な動き一つ一つを見逃さず――


致命的なミスを犯す、その瞬間を待ちながら。


俺は少しだけ身を乗り出し、姿をさらさない程度に声を届かせる。

あまりにも迷子すぎて、脳みそが軋む音まで聞こえてきそうだ。

だから言葉はあえて単純に、落ち着いて選ぶ。

まるで子どもに棚の組み立て方を教えるみたいに。


「 よく聞け。落ち着いてな。

一番大きい歯車を、時計回りに三クリックだ。」


男は驚いたように顔を上げ、俺を見る。

それから小さく頷き、震える手で言われた通りに動かした。


「 次だ。

一番小さい歯車を、反時計回りに六クリック。」


「 は? 六……はん、反……?」

男は戸惑いながらも、素直に従う。

「いち……に……さん……よん……ご……ろく。……よし」


思わず小さく笑いそうになるのを堪え、今度は少しだけ声を強める。


「いいか。

 今度は球体の頂点にあるボタンを、三秒間押し続けろ。焦るな。

 それで……紫に点滅し始めたら、地面に思いきり投げろ。

 置くな。投げるんだ。

 それでカウントダウンが始まる。一時間だ。

 あとは全力で逃げろ。」


男は完全に感動した顔で俺を見つめる。

まるで星の秘密を教えられた老賢者を見るかのように――本気で。


「 す、すげぇ……

 ありがとう、マジで。

 あんた、命の恩人だ。

 誰か知らないけど……本当にありがとう。」


にこにこしながら、危うく俺の背中を叩きそうになる。


(……叩く気か? 俺を?)


眉をひそめる。


「なあ、せめて名前だけでも教えてくれよ。

男はもう完全に気が緩んでいる。」


正直、名乗る気はない。

だから、投げやりに答える。


「 ……親切な通行人、でいい。」


男は心から嬉しそうに笑い、再び球体へと向き直る。

内部の小さな文字盤が、淡い紫から、次第に強く点滅し始めた。


「おお……!

 本当に動いた!

 一時間……完璧だ……

 よし、じゃあ……今、投げるんだな?」


男は後ろに下がり、勢いをつけて――

予想以上の力で球体を投げ放った。


球体は手すりに当たり、金属屋根を跳ね、

やがて低い振動音を立てながら静止する。


一瞬、静寂。

男は宝物を見るような目でそれを見つめている。


――だが、次の瞬間。


男がこちらを振り返る。

目を見開き、息を呑み、叫ぶ。


「 ……お前!?

お前が……俺がすぐ爆発させるのを邪魔したのか!?」


表情が一変する。

崇拝は消え、疑念と怒りが浮かび上がる。


男は短剣を抜く。

動きはぎこちない。

……プロじゃない。


「誰だ、お前。

 なんで助けた?

 近衛か? 民兵か?

 それとも……どこの回し者だ!?」


俺は両手を上げ、わざとらしく肩をすくめる。


—「 落ち着け。

 事故で街を吹き飛ばすのを止めただけだ。

 お前、相当マヌケに見えたし……

 俺はバカな真似が嫌いなんだ。」


男は神経質に笑い、構え直す。

足を開き、刃を突き出す。


「俺の仕事を邪魔した代償は払ってもらうぞ。

声は強がっているが、空回りしている。」


俺はため息をつき、鼻で笑う。


「本気か?

 ここだぞ。百メートル上空。

 すぐ横に街を吹き飛ばす球体がある。

 少しは考えたか?

 それとも写真映え狙いか。」


歯を食いしばる男。

怒りの裏に、はっきりとした迷いがある。

愚かではない。ただ、焦っているだけだ。

命令に従うタイプ。予定外に弱い。


「……いい。

 やるしかない。

 だが覚えておけ。俺は退かない。」


「同じだ。

 でもまず、その刃を下ろせ。

 話をしよう。

 それと……

 本気でイキるなら、せめて歯車くらい一人で合わせられるようになれ。

 俺のピザ休憩を無駄にするな。」


男は唸るが、動かない。


世界の縁。

塔の最上部。

向かい合う二人。


街を吹き飛ばそうとした素人と、

取扱説明をしてやったエルフ。


……あまりにバカバカしくて、内心で笑ってしまう。

だが、次の一秒で全てが変わる可能性もある。


「 さあ、話せ。

 誰に雇われた。

 なんでそれを持ってる。

 場合によっては……

 街を壊さずに済む道もある。」


男は唸り、唇を噛み、

低い声で語り始める。

依頼人。報酬。

歪んだヴォルタへの憎しみ。


俺は聞きながら考える。

どうやってこの球体を無力化するか。

……そして、どうやって温かいピザを取り戻すか。


――次の瞬間。


男が咆哮し、突進してくる。

刃を振り上げ、床を蹴る音が響く。

風が塔を切り裂き、金属が空を裂く。


俺は空を仰ぎ、ため息。


「 ……マジで。

今日は平和に過ごしたいだけなんだが。」


男が届く前に、

左手を背後へ伸ばす。


白い光。

吐息のような音。


――大太刀が顕現する。


長く、細く、異様な存在感。

紫の塔の光を反射し、刃が激しく煌めく。


衝突。


一切表情を変えず、俺はその刃を受け止める。

金属音が響き、衝撃で男は数メートル弾き飛ばされる。


「 ……まだ立ってるのか。

素人にしては上出来だ。」


男は歯を食いしばり、再び突っ込んでくる。

斬撃、突き、フェイント。

必死だ。


俺はすべて捌く。

無駄のない動き。

正確で、静かで、どこか優雅。


「 やめとけ。

勇気はあるが……完全に力不足だ。」


「黙れぇぇ!!」


跳躍。

上段からの一撃。


――悪手。


俺は一歩ずれて、刃先で腕をかすめる。

バランスを崩し、短剣が指から滑り落ちる。


武器は虚空へ。

光の中へ消えていった。


俺は動かず、大太刀を肩に乗せる。

風が髪を揺らす。


男は壁際で喘ぎ、丸腰。


「……終わりだ。」


右手を伸ばし、

一瞬でアーティファクトを奪い取る。


抵抗は無意味。

装置は俺の掌で微かに震え、

歯車は、さっき教えた通りに噛み合っている。


俺はそれを見て、男を見る。


「皮肉だな。

 ちゃんと俺の言うことは聞いたのに。

 ……頭が足りなかった。」


男は歯を鳴らすが、もう動けない。


風が唸る。

マントと白髪が舞う。


俺は装置を指で回す。


「さて。

 誰からこれを渡されたか、話してもらおう。

 階段で降りるか……

 特急ルートか。

 選ばせてやる。」


男の目が凍りつく。


静寂。

風の音。

掌の中で、歯車が規則正しく刻む音。


その時――

背後から、不意に音が響いた。


パチ……

パチ……

パチ……

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