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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第3部 — 賑わう王都の中の天使。
33/47

チャプター26 ― 大吹雪の姫。

学園の大きな正門が目の前にそびえていた。

威風堂々とした佇まい、完璧に手入れされた緑、咲き誇る桜、王国ヴォルタの歴史に名を刻んだ戦士たちの像に囲まれている。

空気はほんのり春の香りに満ちていたが、どこか異様な気配が漂っていた。


「ああ、もしかして今まさに、エスターに振られる八人目の求婚者の番ってやつ?」

— 僕はにやりと笑いながら、人々の注目する群衆を眺めて言った。


エスターはすぐに顔を赤らめ、憤慨した目で僕をにらむ。


「バカ…!」

— と、彼女は呟く。

怒りと半ば楽しさが混ざった声だった。


しかし、僕たちが近づくと、女性の声が鋭く響き渡り、誰かを叱りつけるその権威ある声は、群衆のざわめきを瞬時に黙らせた。


ヴァイオレットは眉をひそめ、興味深そうに耳を傾ける。

「な、何…?」

— 彼女は小さく呟いた。


エスターは混乱した目で僕に振り向く。

「エンジェル…私…わからない…」


エリーは僕の隣で深いため息をつき、皮肉っぽい微笑みを浮かべた。

「ああ…これは大騒ぎになりそうだわ。」


僕はうなずき、歩を速めた。

そして、目の前に驚くべき光景が広がった。


ヘレナ。

僕の養姉であり、エリーの実姉。

学園の天才少女。

整った学園服を完璧に着こなし、曲線美を際立たせた姿。

怒りで瞳が光る。

そして彼女のしっかりした手には、先ほど僕が打った一撃でまだ痛みに震えるイヴァンが、首元を掴まれ、無力に体を揺らされていた。


「さあ、貴族様!」

— その声は鋭く、まるで刃のように突き刺さる —

「一年生の天才に恥をかかされて、どういう気分か教えてくれないか?!なあ?!」


イヴァンは怯え、顔を真っ赤にして震える。

口を開こうとした瞬間、ヘレナはさらに声を荒げた。


「恥を知れ、このクズが!もしエンジェルに怪我をさせたら、頭の中の全てを飲み込ませてやるからな、わかったか!」


イヴァンがまた口を開こうとするが、ヘレナはさらに声を張り上げて遮る。


「黙れ、下等!勝手に口を開くんじゃない!」


周囲の生徒たちはざわめき、一部はヘレナをなだめようとした。

しかし、彼女はイヴァンを放さない。

その握力は揺るがず、圧倒的だった。


「よく聞け、」

— 彼女はイヴァンの周りを歩きながら、一歩一歩が校庭に響く —

「もしもう一度エンジェルに手を出すなら、私に逆らうつもりなら、貴様の高慢な心の欠片を全て引き裂いてやる!」


イヴァンは青ざめ、反撃する力もなく、群衆は恐怖と、ヘレナの権威に圧倒されながら彼を見つめていた。


「そして、これで終わると思うか?」

— ヘレナは声を轟かせ、空気を震わせる —

「いいや!お前がその傲慢さを抑えない限り、絶対に放さない!私の手の中で震えていろ!」


エリーは眉をひそめる。

「まじで…しばらくは離さないつもりね。」


「ははは…これは壮絶なことになりそうだ」

— 僕は笑いをこらえつつ、状況を注意深く見守った。


ヴァイオレットは拳を握り、心配と苛立ちで目を輝かせる。

「エンジェルくん…何とかして…このままだと殺されちゃう!」


「落ち着け、ヴァイオレット」

— 僕は冷静に答え、楽しみながら — 「彼女はやるべきことを完全にわかってる。イヴァンに忘れられない教訓を与えたいだけだ。」


エスターは手を腰に当て、怒りを滲ませる。

「バカ…」

— 彼女はヘレナを見ながら呟いた —

「信じられない…どうしてあんなに恐ろしいの…」


ヘレナは全く緩まず、イヴァンは首を掴まれたまま、恐怖が増すばかり。群衆のざわめきが大きくなり、生徒たちは小声で囁く。


「わあ…ヘレナだ…信じられない…」

「すごすぎる…」 — 別の生徒が息を呑む。


僕はただ黙って見守る。

ヘレナが十分だと判断するまで、交渉や妥協の余地はないと、よくわかっていた。


「よし、」

— 最後に僕は微笑みながら呟く —

「これは長くなりそうだ…本当に長くなる…」


ヴァイオレット、エスター、エリーは互いに不安そうに視線を交わす。

僕は知っていた。結末は一つだけ。ヘレナは決してイヴァンを放さない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


群衆の喧騒がまだ熱を帯びている中、反対側に冷たい存在が現れた。

中庭の並木道が開く先――そこに立つ者を、空気は一瞬で凍らせるかのようだった。


皆が動きを止める。

まるで凍てつく風が吹き抜けたかのように。


彼女はゆっくりと、一歩一歩を踏みしめながら進む。

威厳に満ち、全ての視線がその沈黙にひれ伏す。


高身長――一八〇センチ――姿勢はまっすぐで、まさに王族のような立ち姿。

学園服は身体にぴったりと沿い、均整の取れた豊かな曲線美を際立たせている。

黄金色の髪は太陽に輝き、二つに分けられた長い髪がふくらはぎまで滑らかに流れる。

そよ風にわずかに揺れるその髪。

顔は凍てつく美しさで、青い瞳は吹雪の結晶のように澄んでいる。

そのレイピアを地面に叩きつける――カランッ――鮮明で、決定的な音。


「通路を開けなさい。」 — 低く、命令的な声で彼女は言う


生徒たちは瞬時に従い、道を空ける。

ヘレナでさえ、まだイヴァンを掴んでいる手を一瞬止め、驚きを見せた。

顔を赤くして怒るその表情は、ブランシュを見上げた瞬間、さらに強張った。


「誰が…」

— ヘレナは歯を食いしばり、声を震わせて始める。


若き女は氷のような瞳を向け、微動だにせず繰り返した。


「ヘレナ。離しなさい。」


ヘレナは拳を握り締める。

影が長く伸び、イヴァンの首元を握る指が白くなる。

頭を上げ、挑戦的な目で応戦する。


「絶対に離さない。」

— 彼女は吐き捨てる —

「彼は受けるべき罰を全部受けるべきだ。」


王女ブランシュ――囁きが走る。

「ブランシュ・デ・エーテル王女だ!」――軽く顎を上げ、その不服従を確認するかのように。

そして、流れるように、ほとんど機械的な動きでヘレナに近づく。

レイピアは軽く弧を描き、決意を示す。

そして正確に、無駄な力なく、ヘレナを地面に押さえつける。


衝撃に群衆は息を呑む。

一部は息を止める。

ヘレナは罵声を上げ、必死に抵抗するが、ブランシュの支点は完璧で、力は計算されている。

数秒後、ヘレナに反撃の余地はなくなる。

抗い、敗北を悟った彼女は渋々起き上がる。目には怒りの余熱がまだ残っている。


ブランシュはゆっくり立ち上がり、ラピエールをヘレナから離すことなく、イヴァンを自分の方に引き寄せ、上から冷ややかに観察する。

イヴァンは葉のように震え、腹部の傷がまだ痛み、顔色は蒼白だ。

ブランシュは鼻先まで近づき、その存在はまさに冬そのものだ。


「貴様。」

— その声は氷の刃のように測られた言葉 —

「よく見ろ。もしもう一度エンジェルくんの髪一本に触れようものなら、私が相手だ。覚悟しろ。」


イヴァンはどもり、弁明しようとするが、言葉は途切れる。


「黙りなさい。」

— ブランシュは鋭く遮る —

「立て。声を発するな。謙虚さを学べ。

さもなくば、残りの人生を臆病者として赤面して過ごすことになる。」


群衆はざわめき、息を呑む。

「殺される…」

「あれがエーテル王女…」

「信じられない…」


ヴァイオレットとエスターは、俺とエリーの隣で視線を交わし、尊敬と畏怖を浮かべているのが分かった。

ヘレナは地面に伏せたまま、怒りを露わにし、なおも口を閉ざしている。

イヴァンは恐怖に押しつぶされ、唇を震わせたまま、一言も発さなかった。


ブランシュは一歩後退し、なおも支配的な眼差しでヘレナを見据える。


「限度を超えたな、ヘレナ。」

— 声は凍てつくが冷静 —

「怒りは理解する。だが、無防備な相手を公式手続き外で打つのは許されない。」


ヘレナは手を床に戻し、荒い呼吸で顔を上げる。

挑戦的だが、少し抑制されている。


「…アイツ、エンジェルに…触れたの!」 — 彼女は息を吐く。


「そしてお前は報いようとしたのだな。」

— ブランシュは冷たく答える —

「だが、こうではない。ここでは。」


遠くから教師が慎重に近づき、監視員たちが群衆の間を縫って位置を取る。

場は公式な緊張に包まれる――規律、処罰、報告書――生の怒りでは制御できない秩序が降りてきた。


ブランシュはついに僕たちの方を向く。

その存在感が空気を一掃する。

声は落ち着くが、なお厳しい。


「エンジェルくん。」

— 軽く頷き —

「警護に近くいろ。」


僕の隣でヴァイオレットが硬直し、指を僕の手に絡める。

エリーは満足げに低く唸りつつも警戒し、エスターは輝く瞳でイヴァンを見守る。


ブランシュは最後にイヴァンに言葉をかける。

「下がりなさい、貴族の子。

プライドが整うまでは、二度と口を開いてはなりません。」


イヴァンは倒れそうになり、まだ震える。

ヘレナは立ち上がり、一瞬だけ彼を睨むが、わずかに息をつき一歩下がる。

中庭のざわめきはゆっくりと薄れ、散りゆく声が静かな囁きへと変わっていく。

私の力を、ヘレナの激しさを、そしてエンジェルの“運命”を語り合う声が遠ざかるにつれ、冷たい電流のような余韻だけが辺りに残った。

王立ヴォルタ学園の中庭は、ようやく静寂を取り戻しつつあった。

――ここでは、王権も階級も、容赦なく迅速に振り下ろされる。誰もが、その事実を胸に刻んだだろう。


中庭はほとんど空になった。

秋風が大通りの桜並木を揺らし、金色の石畳にふわりと花びらを散らす。

だが私は――ブランシュ・デ・エーテルは――その場に立ち続けていた。

私が作り出した“円”の中心で、エリー、ヴァイオレット、エスターと共に去っていくエンジェルの後ろ姿を、ただ静かに見つめて。


張りつめていた氷の仮面が、ふっと揺らぐ。

普段は微動だにしない私の唇が、わずかに、ほんのわずかに緩んだ。

体温を帯びた紅が、頬にゆっくりと差してくる。


私は、ほとんど自分にしか聞こえない声で呟いた。


「――あぁ……エンジェルくん……私の愛しき天才……」


手袋越しに、石畳へ叩きつけたばかりのレイピアの柄をそっとなでる。

冷え切っていたはずの氷色の瞳に、淡い光が宿る。

長いまつげをゆっくり伏せ、静かに息を吐いた。


「いつも……どんな時でも静かで、澄んでいて……

 誰に称えられても、誰に恐れられても、決して驕らない。

 まるで――玉座を持たぬ王。」


私は顎を少し上げ、再び彼の消えていった方角へ視線を向ける。

もう誰も近づこうとはしない。

ここに立つ私は、誰にとっても“触れてはならない氷”だ。


そこへ、エーテル直属の衛兵が一歩近づく。


「ブランシュ殿下、ご指示は――」


私は手を上げ、わずかに振った。


「――静かに。」


衛兵は即座に頭を垂れ、音もなく下がる。


秋風が強まり、白銀のマントが舞う。

露わになった脚線と、真珠のような光沢を放つ王家のロングブーツがちらりと覗く。

私は動かない。

だが瞳の奥では、嵐が巻き起こっていた。

激しく、冷たく、そして……限りなく熱を帯びた“執愛”の嵐が。


「……誰もわかっていない。」


囁くように言葉が漏れる。


「彼が何者なのか。

 彼が何を背負い、何を成すのか……

 そして――」


私は小さく笑う。凍てつく息が、白い光となって揺れた。


「――私だけは、それを知っている。」


視線は鋼のように鋭くなる。

だが、口元の微笑みは残ったまま。

母のように優しく、恋人のように深く、そして狂気めいて静か。


「守るわ。たとえ彼に疎まれようと。

 私の顔を忘れられていようと。

 構わない。

 エンジェルくんは……護られるべき“光”。」


私は胸もと――心臓の真上に手を置いた。


「これは弱い恋じゃない。儚い夢でもない。

――これは誓い。」


心の内で、氷の刃のように研ぎ澄まされた言葉が渦巻く。


エンジェルを侮辱する者は沈黙させる。

彼を傷つける者は排除する。

たとえ“神”であっても、彼を裁くなら――斬り伏せる。


揺らぎなく。

迷いなく。


私は彼の消えた門の方へ、最後の視線を送る。


「……進みなさい、エンジェルくん。

光のまま、自由に。」


吐息がひとつ。

その最後の囁きには、氷と慈愛が溶け合っていた。


「必要なら――この世界ごと凍らせてみせる。」


私はゆっくりと背を向けた。

マントが大きな波を描いて揺れる。

誰ひとり、私を直視できない。


私は、ブランシュ・デ・エーテル。

氷の王女。

そして――


エンジェルを守るためなら、世界そのものを敵に回す女である。

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