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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第3部 — 賑わう王都の中の天使。
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チャプター24 ― ピザを囲んで芽生える嫉妬。

中央駅を抜けたのは、ちょうど十二時四十五分頃だった。

外に出ると、冷たい空気と、どこか弾むような街のざわめきが頬に触れた。


大通りへ向かって橋を渡ると、すぐに目に飛び込んできたのは――

金と紫を基調とした、ヴォルタ大宮殿直属の近衛兵たちの隊列だった。


陽光を受けて輝く甲冑。

近代的な意匠の兜。

右手に構えられた長槍。


思わず足が止まるほどの存在感だ。


ヴァイオレットが優雅に一礼する。

つられて俺も頭を下げ、後ろにいたエリーも茶化したような笑みを浮かべつつ礼を取った。

そのすぐ後ろで、エスターが小さく息を呑んで頭を下げる。

通りを行く人々も、近衛兵を見る度に同じように礼をしていた。

街そのものが、突然儀式の場になったような空気だった。


俺はヴァイオレットに小声で尋ねた。


「なあ、これ……何が起きてるんだ? なんであんなに近衛兵が?」


彼女は微笑み、落ち着いた声で説明する。


「正午から十六時までは、近衛兵が首都全域を巡回するの。

 重要区画の警備や、中心部の監視のためよ。

 首都の面積は八百平方キロ以上あるから、どうしても大規模になってしまうの。」


「えっ……六百五十平方キロくらいって言ってなかったっけ?」


俺が眉をひそめると、彼女はくすっと笑った。


「あれは“王都の一般区域”の話よ。

 東側には海沿いに“王族区域”があって、そこは別扱い。

 貴族の邸宅、高級街、格式高いレストラン、王族学校……

 そして――ヴォルタ王家の“大王宮”があるの。」


思わず言葉を失う。

スケールが違いすぎる。


すると、エリーが肩を寄せてニヤリと笑った。


「へぇ~。つまり今日は、お姫様の縄張り案内ってわけか?」


「もうっ、エリーったら!」

ヴァイオレットは頬を赤くしながら笑う。

「でも……二人にも見せたかったの。エンジェルくんにも。」


(……言い方が妙に可愛いな)


エスターはというと、完全に圧倒された様子で周囲を見回していた。


「すごい……。近衛兵も街も、全部が大きすぎる……」


彼女の呟きに俺も静かに頷く。

エリーがわざとらしく肩をすくめた。


「で、姫さん? 王国の観光案内はいいけどさ、俺たち……ビギー・ピザズ行くんだよな?」


「はいはい、もうすぐだから我慢しなさい。」

ヴァイオレットは楽しそうに笑った。


そのまま人波の中を歩き、王都でも特に活気のある一帯を抜けていく。

周囲には露店の声、商人の呼び込み、そして巡回中の近衛兵たち。

足を踏み入れるだけで、王都の“力”みたいなものが肌に伝わってくる場所だった。


やがて時計の針が十三時を示した瞬間――

俺たちは「ビギー・ピザズ」の扉をくぐった。


扉の上で小さなベルがチリンと鳴った瞬間、

店内に広がる焼きたての生地ととろけるチーズの香りが一気に押し寄せた。


「いらっしゃいませ――あら、四人とも!」


カウンターの奥から現れたのは、

髪をきれいにまとめ、清潔なエプロンを身につけた店員 ダフネー。

いつもの爽やかな笑顔……のはずだったが――


俺と目が合った瞬間、

彼女の笑顔がぴたりと止まった。


頬が一気に赤く染まり、視線が泳ぐ。


「え、エンジェルくん……? こ、こんにちは……」


「え、あ……どうも。元気? 何かあった?」


思わず聞き返すと、ダフネーは慌てて首を振る。


「な、なんでもないのっ! ただ……その……こ、こないだも来てたから……!」


後ろでヴァイオレットがくすくす笑った。


「ふふ、ダフネーは本当に分かりやすいわね。

エンジェルくんが来ると毎回こうなるんだから。」


「ち、ちがっ……違います!!」

ダフネーは耳まで真っ赤にして、エプロンの結び目をいじりながら目をそらした。


そんなやり取りに、エリーが面白そうに前へ出る。


「へぇ~。“疲れてる”って言う割には、反応が可愛いじゃん。

まあ仕方ねえよな。妖精みたいな見た目のイケメンが急に来たら。」


「エリー!」

ヴァイオレットが彼の肩を叩く。


エスターは、少し呆れたように小声で聞いた。


「……ここって、いつもエンジェルのファンクラブみたいになるの?」


俺は肩をすくめ、それらしく答える。


「俺の……生まれ持った呪いかな。」


「呪いって……!」

ダフネーが吹き出しそうになりながらも笑う。

「そんな真顔で言わなくても……!」


ヴァイオレットが軽く手を挙げてダフネーを呼ぶ。


「ねえ、注文お願い。急いでるの。」


「は、はいっ!」

慌ててメモ帳を開き、真剣な顔に戻る。

「では、ご注文をどうぞ!」


ヴァイオレットは迷わず言った。


「四人とも、チーズとハチミツのピザを二枚ずつ。

それから――エンジェルくんには特製ブラウニー、ハチミツとクリームで。」


ダフネーが一瞬だけこちらを見て、また顔を赤くする。


「わ、分かりました……。特製ブラウニー、一つ……。

少々お待ちください……!」


彼女が厨房へ消えていくと、エリーがにやにやと俺を見る。


「なあエンジェル。お前……また落としてね?」


「いや、落としてないだろ。」

俺は苦笑する。

「ただ注文しただけだ。」


「“ただ注文しただけ”で落とせる男なんて、そうそういないよな?」


ヴァイオレットが正面に座り、じっと俺を見つめる。


「……わたしは別に、落ちたりしないし。

ただ今日は、みんなに気分よく食べてもらいたいだけよ。」


エスターが横目で見ながら言う。


「“みんな”ねぇ……。ある一人に特に、じゃないの?」


「ちょ、ちょっとエスター!? 違うわよ!!」


ヴァイオレットが慌てて背筋を伸ばし、耳まで赤くなる。


その様子に俺も笑い、エリーまで吹き出した。


空気は温かく、どこかくすぐったい。

王都の緊張感とは真逆の、穏やかで心地よい時間だった。


注文を終えると、店内のざわめきがゆっくりと耳に馴染んでいく。

テーブルに運ばれてきた水のグラスが、光を受けてきらりと揺れた。


「お待たせしましたー!」

元気な声とともに、ダフネーがピザを次々と運んでくる。


チーズとハチミツの甘い香りが、ふわりと鼻をくすぐった。


「こちら、四名様分のピザです。それと……」


彼女は一瞬だけ呼吸を整え、

そっと皿を俺の前に置く。


「エンジェルくんの……特製ブラウニー。

 焼きたてだから、気をつけてね。」


心なしか、声が少し震えていた。


—「ありがとう。嬉しいよ。」

俺が自然にそう言うと、 


――ピタ。


ダフネーの動きが一瞬とまり、

次の瞬間、耳まで真っ赤になって後退した。


—「は、はいっ!! 何かあれば呼んでね!?」


勢いよく厨房へ戻っていく。


エリーが肩を震わせる。


「……なあ、もう確定だろ。

 あれは完全に落ち――」


「言うな。」

俺は先に止めた。


—「言っても否定しないんだな。」

エリーがにやっとする。


ヴァイオレットは頬杖をつきながら、柔らかく微笑んだ。


「……でも、分かる気がするわ。

エンジェルって、優しい言い方する時があるし……。

なんだかこう……心臓をふっと掴まれる感じ、あるのよね。」


—「お、おいヴァイオレット? 急に何を……?」

エリーが驚く。


エスターまで身を乗り出した。


—「確かに、今日もずっと雰囲気が違った気がする。

 いつもより……落ち着いていて。何かあったの?」


俺は少し考える。


別に特別な理由はない。

ただ――


—「……みんなと歩くのが、楽しかっただけだよ。」


そう言うと、三人が同時に固まった。


沈黙。


そして――


「……っ!」

ヴァイオレットの耳まで真っ赤。


「な、なに急に……ほんと、ずるい……」


エスターは咳払いしてそっぽを向く。


エリーは笑いながら頭を抱える。


「お前さぁ……天然でその破壊力は犯罪なんだよ。」


俺は肩をすくめ、ピザを一口かじった。

甘いハチミツが舌に広がる。


うまい。


和やかな空気の中、

みんなも次々とピザを口に運んでいく。


外の王都は相変わらず騒がしく、どこか慌ただしい。

でも――この小さな店の中だけは違う。


暖かくて、

少し照れくさくて、

だけど確かに“仲間”だと感じられる空間だった。


エリーがふと笑いながら言った。


「なあ、次はどこ行く?

王都はまだまだ広いんだろ?」


ヴァイオレットが胸に手をあて、満面の笑みで答える。


「ええ。

みんなに見せたいところ、たくさんあるの。」


エスターも小さく頷く。


「じゃあ……案内、お願いするわ。ヴァイオレット。」


「任せて。」

彼女は嬉しそうに頷いた。


俺はブラウニーを最後の一口まで味わい、

ふう、と小さく息をつく。


――この穏やかな時間が、

いつまでも続くわけじゃないと分かってる。


でも今は、ただ。


目の前の仲間たちと笑い合える、この瞬間を大切にしたかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


さっきのやり取りから、ほんの数分しか経っていない。

けれど――

不思議と、時間がゆっくり流れ始めたように感じていた


さっき見たはずの光景なのに、

なぜかもう一度、最初から見ているような気がした。


数分後、ダフネーが大きなトレイを持って戻ってきた。チーズとハチミツの温かい香りが店内に漂い、甘くてしょっぱい絶妙な匂いに思わず深呼吸する。

俺は彼女の歩みに目をやる。

丁寧な足取り、輝く笑顔……周りの客たちの好奇の視線も自然と私たちに向けられる。


「はい、どうぞー!」

ダフネーが元気よく言いながら、一つずつ皿をテーブルに置いていく。

「ヴァイオレット様にヤギチーズ&ハチミツのピザ、二枚……エンジェルくんに二枚……エリーに二枚……そしエスター姫に二枚です」


彼女は一枚一枚、まるで完璧を求めるかのように皿を並べる。次に冷たい水の入ったデカンタを取り、グラスに丁寧に注ぐ。


「そして最後に……」

私をじっと見つめ、声を少し震わせながら言う。

「ブラウニー(ハチミツと生クリーム)です。手作り、約束通り」


皿を私の前に置く仕草は、まるで触れれば壊れてしまいそうな繊細さだった。

俺は静かに微笑む。


「ありがとう、ダフネー。完璧だ」


ダフネーは真っ赤になり、手が数センチ私の手元をかすめた瞬間に慌てて後ろへ下がる。

まるで熱いものに触れたかのようだ。


「え、えっと……四人とも、どうぞ……!」

言葉を噛みながらも、素早く席を離れる。

耳まで真っ赤だ。


当然、エリーは黙っていない。


「おおお…エンジェル、呪いかけたのか? ほとんど王様扱いじゃないか!」


私は柔らかく笑う。


「大げさだ、エリー。彼女はただ、気を配ってくれてるだけだ」


ヴァイオレットはすぐには口を開かない。

ブラウニーを見つめ、ダフネーが去る様子を見て、そしてまた私を見返す。

その笑顔は最初こわばっていたが、やがて少し固まった。


「気を配って、ね……?」

私は横目でそっと見る。


「なんか言った?」

「い、いや、何も……」

ヴァイオレットはそう言いながら、ピザを一切れ慎重に切り分ける。その手つきはまるで外科手術のように正確だ。


エスターがテーブルに肘をつき、くすくす笑う。


「ねえ、ヴァイオレット……ちょっと嫉妬してない?」


ヴァイオレットはピザの一片でむせそうになる。


「嫉妬? 私が?! ぜ、全然! ただ……えっと、私のお気に入りの店だから、そういうだけ!」


エリーは笑い声を押さえきれずに吹き出す。


「お気に入りの店、って言うか、店員のお気に入り?」

「エリー!」


私は微笑みながらため息をつく。


「君たち三人、手に負えないな。私はただデザートを受け取っただけで、永遠の愛の誓いを求めたわけじゃない」


「多分君じゃなくて、彼女が、ね」

エスターがあごに手を置き、いたずらっぽく囁く。


私は顔を上げ、首を傾げる。


「何?」

「見たのよ、エンジェル。彼女の視線、ただのブラウニーを運ぶウェイトレスのものじゃなかった。完全に、心が溶けてるの」


私は少し緊張しながら笑う。


「君たち、何でも恋愛に見えるな」

「三人ね」

エリーが笑顔で訂正する。

「僕にはただ、謎の紫の瞳を持つエルフに惹かれた少女に見えるだけ。古典的パターン」


私は水を一口飲み、答えを避ける。

雰囲気は軽く、子供っぽいが、ヴァイオレットの嫉妬がほんのり混ざっている。


フォークでブラウニーを刺す。ハチミツとクリームの味が舌の上でとろけた。


「ん……おいしい」

ヴァイオレットがすぐに目を見開く。


「そ、そんなにおいしい?」

「うん、本当に完璧だ」


彼女は腕を組み、少し拗ねた顔。


「ふん……アカデミーで一番のブラウニー作ってたのに、今やダフネーの手作りに負けたみたい」


私はにやりと笑う。


「もしよければ、今度証明してみせて」

彼女は固まる。


「え…私がデザート作れってこと?」

「その通り。料理対決、ってやつだ」


顔をそむけ、頬を赤くする。


ビギー・ピザズの窓から差し込む十三時四十分の陽光が、まだテーブルに残るヤギのチーズとハチミツのかけらにそっと触れていた。

僕は水のグラスを最後まで飲み干したところで、ヴァイオレットがナプキンで口を拭きながら、楽しげに声をかけた。


「さあ、午後の授業に遅れないうちに行きましょう!」


エリーはため息混じりに腕を伸ばす。

「うん…でも今はあまりにも心地よくて、走る気になれないな。」


エスターは像のように真っ直ぐ立ち、制服をきちんと直す。

「それなら、ちゃんと動きなさい。電車は四十五分発よ。駅まで十分はかかるんだから。」


「十分だって?」とエリー、ふざけて驚いた顔を見せる。

「エンジェルがちょっとやる気を出させれば、五分で行けるだろ?」


僕は片眉を上げ、にやりと笑う。

「俺がやる気を出させたら、お前、無意識にテレポートしてるかもな。」


ヴァイオレットはくすりと笑い、瞳を輝かせた。

「できればそれが可能だったら…」


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