チャプター0.5— 「家族…」
風は収まった。
雨も止んだ。
私たちは濡れた小道を並んで歩く。エリエが前、私は後ろで、傷ついた足を引きずりながら。
彼は迷いなく、確かな足取りで進む。振り返ることはないが、見守ってくれているのが分かる──この寒さの中で、見えない温もりのように感じる。
森が徐々に開け、小さな空き地が現れる。
その中央に、質素な家。石の壁、暗い木の屋根、煙突から細い煙が立ち上る。
家族の温もり──久しく忘れていた言葉。
エリエはためらわずに扉を開ける。
中では、暖炉の光が壁に踊る。柔らかく、ほとんど現実離れしている。
二つの影がすぐに立ち上がる。
エリエの母は背が高く、細身で自然な優雅さを持つ。黒髪が腰まで落ち、目は…紫色で、暗く、それでいてほとんど催眠のような優しさをたたえている。
エリエの父はその逆。大柄でがっしり、髪は茶色、エリエと同じ青い目を持ち、深く、確かな自信がある。
「エリエ!」とエリエの母が安堵の声をあげる。彼女は前に進み抱きしめるが、その視線は私に向く。
彼女の笑顔はすぐに消え、私の方に駆け寄り、膝をついて頬と肩に手を置く。
「まあ…どうしたの、坊や?」
私は目を伏せる。手は熱い。熱すぎるくらいだ。
長い間、温もりを感じたことがなかったので、少し怖い。
「…わからない…」と弱々しく答える。
顔を上げる。「もうわからない…」
沈黙が流れる。やがて、優しい笑みがエリエの母の顔を横切る。
エリエの母は私の額の泥を拭い、白い髪の一筋を耳にかける。
「今は考えなくていいの」と優しく囁く。「ここにいる間は、安全だよ」
私は動けずに固まる。
エリエの母は迷わず、何の質問もせず、私を抱きしめる。
そしてなぜか…喉が締め付けられ、目が熱くなる。
誰かに触れられて、痛くないのは初めてだ。
馬鹿にされずに“坊や”と呼ばれるのも初めてだ。
エリエは私たちを見て微笑む。
このパチパチと燃える火のそばで、初めて…私は考える。
もしかしたら…ここで…家のようなものを見つけたのかもしれない、と。
そして私は中に入る。
台所は暖かい木の香りとハーブの匂いに満ちている。
外はまだ雨だが、ここは乾いて、柔らかい空気に包まれている。
大きすぎる椅子に座り、手はまだ震えている。エリエは向かいに座る。
エリエの母は小さなテーブルの周りで忙しく動き、熱いお茶を二つのカップに注ぐ。
「さあ、飲みなさい。体も心も温まるわ」
私はカップを受け取り、その温もりに驚く。久しぶりに…人間らしさを感じる。
エリエも自分のカップを持ち、微笑む。私は警戒しながら少しずつ飲む。
エリエの母は向かいに座り、紫の目で優しく私を見つめる。その視線は居心地が悪いほど柔らかい。
「で…あなたは、正確には誰なの?」とエリエの母が優しく尋ねる。
私は目を伏せ、カップを握りしめる。
「…わからない…」
言葉が出ない。「僕…自分が誰かわからない。もう…何も…」
エリエは深く息を吸い、話し始める。
「森で見つけたの。傷つき、血まみれで、一人で…迷子だった。どう説明すればいいか分からないけど、ここに置いておけないと思った。だから助けたんだ。それで…ついてきた」
私は彼の方を見る。視線は穏やかで、自信に満ちている。
なぜか、彼の言うことを信じてしまう。反論するものは何もない。何もないからだ
。
エリエの母はゆっくりと頷き、言葉を慎重に選ぶように見える。
「で、エンジェル…何か話してくれる?」
私は首を振る。
「…話すことはない。自分が誰かもわからない」
エリエは優しく、私の手に触れ、現実に繋ぐようにしてくれる。
「大丈夫、坊や…今は全部を知る必要はない。ゆっくりでいい。もう一人じゃない」
初めて、内側の虚無が少しだけ冷たくなくなる気がした。
ここで、私は自分を取り戻せるかもしれないと思う。
エリエの母は紫の目を輝かせ、優しさが痛いほどに溢れている。少し躊躇した後、深く息を吸う。
「エンジェル…」エリエの母は優しく始める。「私たちと一緒に暮らさない?私と夫とエリエ…ここで新しい生活を始めて、家族の温もりを知るの」
私は目を見開く。
「家族…?」震える声で繰り返す。「その言葉は…?」
エリエの母はうつむき、かすかなため息をつく。悲しげだが、意地悪ではない。手を差し伸べ、恐れず触れさせるようにする。
「家族…」優しく言う。「受け入れてくれる場所。世話してくれる人がいる場所。世界が残酷でも、ひとりじゃない。愛してくれる人がいて、君を必要としてくれる。怖くても、傷ついても…ずっとそばにいてくれる」
私は眉をひそめ、混乱する。包帯、傷、内なる虚無…この言葉とは結びつかない。
「…僕を愛してくれるの?」と囁く。
「うん、エンジェル」エリエの母の声は今度ははっきりしているが、柔らかい。「ここは安全。学び、癒され、君らしくいていい」
私は目を伏せ、胸が高鳴る。知らない言葉なのに、深く心に響く。
包帯と乾いた血で覆われた手を見つめると、胸の中に奇妙な温かさが広がる。この言葉、家族──消えたと思った火花を灯すものだ。
「…なぜ?」と小さく問いかける。「なぜ私なの?私は…虚無でしかないのに…」
エリエの母は微笑む。優しく、悲しみを帯びた瞳で私を見つめる。
「エンジェル…虚無でも、満たされることはできる。ずっと一人だった者も、温もりを知れる。そして、もう一人じゃない」
エリエは青い目で私の沈黙を貫き、微笑む。その笑みが初めて私のためだけだと感じる。
「じゃあ…」私は震える声で言う。「試してみたい。家族って何か、知りたい」
エリエの母は膝をつき、肩に手を置く。
「決まりね、エンジェル。ここが君の家。君が大切にされ、静かに、控えめにでも輝ける場所。」
私の目は潤む。どう表現していいかわからないが、体の奥から温かさが湧き上がる。これまで感じたことのない光だ。
私はエリエの方を見上げ、そしてエリエの両親に視線を移す。小さく微笑みが唇に浮かぶ。
「…ありがとう」
そして、初めて、自分の内側の虚無が後退し、新しい何かが生まれるのを感じる。
それは生きることのようなもの。
家族のようなもの。
目を閉じ、一瞬その温もりに身を任せる。
初めて、私は違った形で存在できると信じられる気がする。
輝けることができると。
私の新しい生活はここから始まる。
彼らと一緒に。
エリエと一緒に。
私の新しい光。
読者の皆さまへ
これにて、ライトノベル『天使と紫の炎』の第一部を締めくくります。ご覧の通り、この「ライト」ノベルはその名に反して軽い内容ではなく、私自身が深い思い入れを抱く作品であるため、細部にまでこだわって描いております。
第一部はひとまずここで完結となりますが、第二部も間もなくお届けできる予定です。皆さまに引き続きこの物語を楽しんでいただければ幸いです。
続きもどうぞお楽しみに




