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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第3部 — 賑わう王都の中の天使。
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チャプター10 — 柔らかな微笑み、秘めたる想い。

僕たちはついに学園の寮――いや、正確には「アカデミー用のアパートメント」の扉をくぐった。

広く、清潔で、すべてが整っている。

まるで新しい空気が漂う場所だった。


左側には明るくて近代的なキッチン。木目のカウンターが並び、まるで展示用のように完璧だった。

中央のリビングは大きな窓があり、ヴォルタの街の活気ある景色が広がっている。

夕陽が差し込み、部屋全体を温かく照らしていた。


「悪くないな…」

僕はそう呟き、ドアのそばにカバンを置いた。


エリーはすでに荷物を部屋の隅にまとめながら、楽しそうに僕を見た。

「そんな言い方するなよ。まるで永遠にここに住むみたいじゃないか。でもまあ、寮よりはマシだろ?」


僕は軽く頷いた。

「間違いない。少なくとも、五十人の生徒に夜中叩き起こされることはない」


僕たちは部屋を見て回った。

シドの部屋はすでに整えられていたが、今日の僕の部屋は違う。

それはエリーが去年、一年目に使っていた部屋だった。

小さな木製の机と棚があり、装備を置くには十分な広さだった。


エリーは少し笑って言った。

「つまり、僕の去年の部屋を引き継ぐってわけだな」


僕は呆れたように目を上げながらも、少しだけ笑った。

「お前の輝かしい一年は終わった。今度は僕の番だ」


「へぇ、そうかい。でも忘れるなよ、弟。ここは“共有スペース”でもあるんだ」

そう言って、エリーは荷物を下ろした。


僕は自分の荷物をベッドに置き、ゆっくりと整えた。

その一つ一つの動作が、僕がヴォルタに来てからどれほど成長したかを思い出させる。

ここでは、すべてが違う。


エリーは笑いながら言った。

「よし、とりあえず荷物を片づけよう。じゃないと、すぐ戦場になるぞ」


僕は静かに頷いた。

久しぶりに、“自分の居場所”を感じていた。

新しい日々が、今始まったのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


太陽が高く昇る頃、僕たちはヴォルタ学園の巨大な門の前に立っていた。

灰色の石造りの壁は、まるで王国の歴史そのものを映すように堂々としている。

鉄製の大きな門はゆっくりと開き、その奥には広大な中庭が広がっていた。


すでに授業が始まって一ヶ月が経っている。

僕が石畳を踏みしめた瞬間、空気が変わった。

誰も声を出さない。ただ、周囲の視線が一斉に僕へと集まった。


男子たちは僕を見るなり、目を逸らし、ある者は顔を伏せた。

まるで、僕の目を直視することさえ恐れているように。


「見たか?」

エリーが小声で笑う。

「哀れだな…」


僕は肩をすくめ、無言のまま門の奥を見据えた。


女子たちは違った。

彼女たちは息を呑み、顔を赤らめ、囁き合っていた。


「あの人…すごい…」

「髪が…真っ白…瞳は…ヴァイオレット…きれいすぎる…」

「まるで天使みたい…」


僕はただ、冷静な微笑を浮かべた。

その反応にも、羨望にも、何も感じなかった。

僕は人を惹きつけるためにここへ来たわけじゃない。

強くなるため、学ぶために来た。ただそれだけだった。


エリーが肩を軽く叩く。

「さすがだな。お前、もうこの学園の“スター”だぞ」


「…彼らが勝手にそう思うだけだ」

僕は淡々と答え、歩き続けた。


学園の広い中庭は騒がしく、あちこちで声が飛び交っている。

その時だった――群衆の向こうから、一つの影が現れた。


ヴォルタ王国の第二王女、ヴァイオレット・ヴォルタ。

彼女は紫と黒の制服を身にまとい、優雅に歩いていた。

その姿が現れた瞬間、男子生徒たちは一斉に彼女のもとへ殺到した。


歓声、拍手、憧れの眼差し。

だがヴァイオレットは一切反応を見せなかった。

その氷のような瞳は、周囲の熱狂をただ冷たく見下ろすだけ。


「まったく…子供たちね」

心の中でそう呟きながら、彼女はほんの少し微笑んだ。


だが次の瞬間、その瞳が僕を捉えた。

青く、わずかに紫を帯びた瞳が、ふっと柔らかく揺れる。


その笑みは――温かく、そして強く。


僕は動かなかった。ただ、歩き続けた。

彼女の視線も、その笑みも、振り返らないまま。


隣のエリーが息を呑み、呆れたように叫ぶ。

「エンジェル…!お前…今の、王女だぞ!?」


「知ってるよ。でも関係ない」

僕は淡々と答え、歩調を崩さなかった。


ヴァイオレットの微笑は揺らがなかった。

むしろその瞳は、僕の無関心さに何かを感じ取ったかのように輝きを増していた。


エリーがぼそりと呟く。

「はぁ…王女の笑顔を無視する奴なんて、初めて見たぞ」


僕は苦笑を浮かべた。

彼女の笑みも視線も、僕には関係ない――はずだった。

だが、その微笑はなぜか、心のどこかに残って離れなかった。


「…まあいい」

僕は静かに呟き、学園の門をくぐった。


ヴァイオレットは背を向ける僕を見つめながら、静かに微笑んでいた。

その笑顔は穏やかで、確信に満ちていた。

まるで――いつか僕がその意味を理解する日を、最初から知っていたかのように。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


日々は流れ、授業と訓練に追われる生活が始まった。

だが、ひとつだけ変わらないことがあった。


ヴァイオレット・ヴォルタ。

彼女はまるで僕に取り憑かれたかのように、いつも僕を目で追っていた。

廊下でも、中庭でも、食堂でも。


そしてある夕方、僕が大量のノートと書類を抱えて校舎を出ようとしたとき――。


ドンッ。


誰かとぶつかった。


「あっ…!」

高く澄んだ声。振り向くと、彼女がいた。


ヴァイオレット。

白銀の髪が肩から流れ落ち、透き通る瞳がまっすぐ僕を射抜く。

その表情には、わざとらしくない“偶然”が漂っていた。


「ご、ごめんなさい…!」

彼女の手からノートが落ち、床に散らばる。


僕は黙って膝をつき、手早く拾い集めた。

指先が何度も触れ合う――だが、僕は表情を変えなかった。


「ありがとう」

彼女は小さく微笑み、柔らかく息を吐いた。


僕は静かに頷き、自分の荷物を持ち直した。


「…じゃあ、また明日ね」

彼女は少し恥ずかしそうに笑った。


「ああ……」


僕は短く答え、振り向くことなく歩き出した。

背中に彼女の視線を感じながらも、ただ前を向いて。


(まったく…しつこい王女だな…)

心の中でそう呟き、校舎を後にした。


だがその笑顔は、なぜか頭から離れなかった。

冷たくあろうとすればするほど、その温かさが残響のように胸に響いていた。


もしかしたら――

この先、彼女の笑みが僕の運命を少しずつ変えていくのかもしれない。

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