チャプター9 — すべての始まり、王都にて新たな冒険が幕を開ける。
三年の歳月が過ぎ去った……。
列車の窓の外を風景が高速で流れていく。
雪を頂いた山々は徐々に遠ざかり、ヴォルタ王国の広大で黄金色に輝く平原が広がった。
僕は窓に映る自分の姿を見つめつつ、思考の波に沈んでいた。
十四歳になった僕の身長は、すでに一九〇センチを超える。
かつて華奢だった体は、ほっそりとしていながらも均整の取れた筋肉を備え、動くたびに秘めたる力を放つ。
年齢だけを見れば、僕はまだ子どもなのだろう。
だが、もう自分をその枠に収めるつもりはなかった。
白銀の髪は絹のように滑らかで膝まで届き、左右対称の二つの束が顔を縁取り、中央の太い房は胸元まで落ちる。
その二つの束は、まるで意図されたかのように、寸分の狂いもなく揃っていた。
瞳はヴァイオレット――光に反射して宝石のように輝き、窓の向こうの景色を見つめながらも、さらにその先の世界を見据えている。
黒のスーツにネクタイ、白いシャツは清潔感を際立たせ、包帯で覆われた腕と肩は手袋と袖の下に隠れている。
その外見はあまりに完璧で、周囲の者には「冷たい美しさ」「非現実的」と評されるほどだ。
隣にはエリーが座っている。
十六歳、百八十三センチ、背筋を真っ直ぐ伸ばし、黒い髪は中程度の長さで整えられている。
硬くなった顎の線も繊細さを失わず、青みがかった瞳は常に何かを思索しているかのようだ。
「なあ…」エリーが窓を見据えたまま静かに呟く。
「三年、あっという間だな」
「速すぎる。」僕は短く答える。
「本当に、やるつもりか?」エリーの声は落ち着き、しかし真剣だ。
「ヴォルタ学園は…別世界だ。しかも君は十五歳になる前に入学する。年齢制限より一年早い」
「だからこそ行くんじゃないか」
僕は微かに笑う。
彼はしばらく僕を見つめ、やがて小さく頷いた。
「変わらないな、エンジェル。相変わらずその目だ」
「君も同じだ。」僕は笑みを抑えつつ返す。
「少し大人になったかもしれないけど、相変わらず傲慢だ」
「面白いな。君に言われるとは」
エリーは軽く笑った。
「見ろよ、自分。まるで寺から出てきたエルフの像だ」
「君は英雄気取りの貴族だな」僕は冗談めかして返す。
列車の軋む音と僕らの声が混ざり、外には首都ヴォルタの白と黄金の塔が天へ向かってそびえる。
エリーは肘をかけ、視線を都市に向けた。
「さて…ここが、すべての始まる場所だ」
「ああ。今回はもう、子どもじゃない」僕は静かに答えた。
列車はヴォルタ中央駅に滑り込み、金属音が響く。扉が開き、朝の光が僕たちの顔を照らす。
立ち上がると、僕の影が床に長く伸びた。
エリーも同じように立つ。
新たな章の幕開け――世界が静かに、しかし確実に動き始めた瞬間だ。
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石畳を歩き、昼の陽光に照らされる都市は、丘陵の起伏に沿って広がる壮麗な景観を見せる。古い街区には、石造りのハウスマン様式の建物が連なり、重厚なバルコニーと精緻な装飾が並ぶ。一方で、ガラスと金属を多用した高層ビルや空中軌道がその間を縫うように立ち並び、古典と近代の対比が街全体に独特のリズムを生む。石橋が運河や坂道を繋ぎ、丘の上には黄金のドームや銀の塔が朝日に輝く。鐘の音、商人の声、マナ車両の轟音が秩序のある混沌を作る。
僕は黒いコートのポケットに手を入れ、エリーと並んで歩く。風が髪を揺らし、熱を帯びた石の香りが鼻をかすめる。視線は自然と僕に集まり、通行人は足を止め、男性は視線を落とし、女性は頬を赤らめる。
「あの人…誰だろう?」少女の囁き。
「まるで天から降りた存在だ…髪も瞳も!」
白銀の髪は風に揺れ、膝まで垂れる。ヴァイオレットの瞳は光を受け、超自然的に輝く。
「まだ注目を集めているな」エリーが微笑む。
「エルフの“偉大なるエルフ”だからな」僕は皮肉っぽく返す。
通りを行く年配の女性は口を開け、頬を赤らめる。
「なんて美しさ…」
エリーは笑いを堪え、僕に小声で囁く。
「このまま歩けば、行列ができるぞ」
僕は肩をすくめ、大通りを見据えた。
「願いを叶えろと言われなければ、構わない」
人々の囁きは続く。
「貴族のエルフだな」
「袖の下の包帯…戦士か」
「使者…いや、天使か?」
幾度も耳にする“天使”という言葉に、僕は苦笑する。
――“天使”か。彼らが知るわけもない。
大通りの坂を曲がり、地面は馬車や通行人の振動で微かに震える。
ヴォルタの高台からは、黄金のドーム、銀の塔、そして遠く王宮が見える。
「さあ…」エリーは手をポケットに入れ、落ち着いた表情で呟く。
「“僕の天使”、世界を変える覚悟はあるか?」
僕は都市を見上げ、風が髪を顔に絡めるのを感じた。
「まだ…だ。でも、ここから始める」
群衆はまだ僕を見つめる。
エリーは微笑み、静かに言った。
「なら、まずこの光の街で居場所を見つけよう。影の歩みが誰にも気づかれないうちに」
突然、群衆が道を開き、広い通路ができる。
拍手、歓声、ひざまずく者もいる。
中央に現れたのは――ヴォルタの末娘、ヴァイオレット。
十六歳、人間。
背が高く、細身で、所作のひとつひとつが視線を引きつける。
白銀の髪は膝まで伸び、左右対称に揺れる。
青く、わずかに紫を帯びた瞳は群衆を睨みつける。
「姫様万歳!」声が震える。
子供は指を差し、大人は目をそらし、年配者も息を飲む。衛兵の姿は精密で、威厳を増幅させる。
エリーは横目で僕を見て、くすくす笑う。
「毎日見てても、まだ感動するか?」
「全く。僕には関係ない。称号を持った少女だ」
エリーは首を振る。
「全く、だと?ここにいる誰もが代わりたくて仕方ないぞ」
僕は冷めた笑みを漏らす。
「かもしれない…でも俺の世界じゃない、戦いでもない。姫を称賛するために来たんじゃない、世界を変えに来たんだ」
ヴァイオレットは中央に進む。
歩幅は計算され、動きは優雅で、ドレスは軽やかに揺れる。
装飾品は過剰ではなく、自然の美を引き立てる。
「見て…」老人が囁く。
「神々しい…」
「神ではなく、女神だ!」
群衆はひれ伏し、拍手、歓声。
僕の視線は揺れない。
心は都市の光景ではなく、僕たちの使命にある。
エリーが小声で囁く。
「行くか、“天使”?」
僕は頷き、姫から目を逸らす。
「ああ。本当の戦いは、別の場所で始まる」
群衆の熱狂を背に、僕は前へ。
称賛も視線も、今の僕には意味がない。
僕の関心は、この街ではなく――これから起こることだけに向いていた。
ヴァイオレットの視線は、無意識に僕へ戻る――運命を覚えたように。
ヴァイオレットはゆっくりと広場の中央を歩き、ドレスが一歩ごとに軽く揺れる。
青くわずかに紫を帯びた瞳は群衆を捉え、ひとりひとりの顔や動きを確かめるように見渡す。
そして、突然――その視線は僕に止まった。
――エンジェル。
思わず身体が震える。細く天使のような顔立ち、膝まで届く白銀の長髪、透き通るヴァイオレットの瞳――見たことはないのに、どこか懐かしさを感じさせる存在感。
心臓がわずかに早鐘を打つが、表情には出さない。
「…誰…だ?」彼女は小さく、自分に向かって囁く。
傍らの衛兵が眉を上げる。
「姫様…お声が小さいですが、…」
「しっ…動かないで」ヴァイオレットは囁くように命じた。
僕は何も気づかず、まっすぐに歩く。群衆や喧騒には無関心で、あくまで冷静。
「…誰かに似ている…」再びヴァイオレットが呟く。その氷のような視線は僕から離れない。
衛兵が不思議そうに見る。
「姫様…お心配ですか?」
「いいえ…心配ではない…ただ…」言葉を探すように目を細めるヴァイオレット。
やがて視線をそらし、軽く首を振って曖昧な記憶を追い払うようにする。
しかし内心では、この男――いや、僕というエルフが、まだ理解していない形で彼女の人生に印を残すことになることを、彼女自身も知らなかった。
「姫様?」衛兵が声をかける。
「ああ、行こう…」ヴァイオレットは穏やかに、しかし目の奥に微かな揺れを残したまま答えた。
そして、歩き去ってもなお、彼女の視線は無意識に僕へ向かい、忘れたくない何かを留めようとするかのようだった。




