チャプター8.5 — 月影に交わした約束。
村に夜が静かに降りていた。柔らかな月光が屋根を銀色に染め、そよぐ風が高い草を揺らす。
僕たちは少し崩れかけた古い建物の屋上に腰を下ろしていた。
足元の石はかすかに軋むけれど、集落全体を見渡せる景色は、まるで絵画のように完璧だった。
エリーはひび割れた石板の上に籠を置き、胡座をかいて座る。
目はいたずらっぽく輝き、真剣さと冗談めいた雰囲気が混じっていた。
「さて…ブラウニー試食ミッションを始めるとするか」
その声は、まるで儀式を告げるような重みを帯びていた。
僕は小さく笑った。
「まるで極秘作戦みたいに言うね」
「でも、実際そうだろ」とエリー。
冗談めかして真面目な顔をする。
「ヘレナに全部食べちゃったのがバレたら、寝ている間に殺されるぞ」
隣に座るアンジェリーナは、金色の長い髪の一筋をそっとかき上げ、にっこり笑う。
「じゃあ…八人で責任を分け合えばいいのね」
「うん」ローザは小さな声で答える。
「でも、お母さんの作ったものを味わえるなら、少しのリスクくらい価値はあるよね」
七人の少女たちは円を作って座り、それぞれがブラウニーの一切れを手にしていた。
甘い香りが夜の涼しさと混ざり合い、夢のような対比を生む。
僕は一口かじった。
柔らかく、口の中でとろける。蜂蜜とチョコレートの香りが胸に温かさを呼び覚ます。
「ん…本当にすごい…」
目を半分閉じ、僕はそっと呟いた。
「ね、そうだろ?」とエリーは誇らしげに笑う。
「母さんが最高だって言った通りだ」
アンジェリーナは優しい眼差しで僕を見つめる。
「気に入ってくれたなら、すごく嬉しいわ、エンジェルくん」
ステラが少し嫉妬混じりに言い足す。
「私もブラウニー作れるよ、エンジェルくん!…たぶんだけど」
「わあ、食べたい!」ルナがいたずらっぽい笑顔で叫ぶ。
「ダメ!絶対ダメ、ルナ!」クララは赤くなって抗議する。
「また散らかすでしょ!」
オーレリアは落ち着いた様子で、そのやり取りを面白そうに眺めていた。
「皆さん、手に負えないわね…でもそれがこの瞬間を完璧にするの」
風がアンジェリーナの髪を揺らし、地面に置かれたランタンの炎も揺らめく。
僕たちは月光の下、優しい笑い声とともにそこにいた。
僕は空を見上げる。
銀色の海のように広がる静寂の夜。
「ねぇ…」僕は静かに言った。
「こんなにいろいろあった後で、こうしているだけで心が落ち着く。ただ、ここにいるだけで、皆と一緒に」
少女たちは一瞬沈黙し、僕の方を見つめる。
アンジェリーナがそっと僕の手に自分の手を重ねる。
「これからも一緒にいようね、エンジェルくん。ずっと」
僕は彼女を見て、次にエリーを見る。彼は指先にブラウニーを持ち、満足そうに微笑んでいた。
「ああ…」彼は続ける。
「それは約束だ」
再び静けさが訪れる。柔らかな笑いは消え、風の音と古い屋根の軋みだけが残った。
その瞬間、僕は確信した。
暗闇や痛みがあっても、僕には確かなものがある――家族、絆、夜に差し込む光のかけら。
月は高く、満ち、雲ひとつない空に浮かぶ。
風がアンジェリーナの髪をそっと撫でる。
僕たちは古い屋根に座り、ブラウニーを食べ終え、笑い声も次第に消えた。空気は落ち着き、神聖なほどに静かだ。
アンジェリーナは月を見上げ、しばらく沈黙した後、ゆっくりと僕の方を向く。
「エンジェルくん?」柔らかい声。
「平和な世界を作らない?」
僕は眉をひそめ、半分笑った。
「平和な世界を作る?でも…もう僕たちがやってることじゃない?」
彼女は静かに笑い、言葉を探す。
「うん…でも…それを公式にしたいの」
僕は瞬きして首をかしげる。
「公式に?グループ…組織…それとも宗教?」
答える前に、ステラは耳をピクピクさせて身を乗り出した。
「うん!そういう感じ!でも宗教にするわけじゃないよ!」
手を小さく動かして緊張した仕草。
「でも共通の目標、旗印…大きなものを作るの!」
ひび割れた暖炉に寄りかかるエリーは腕を組んで、皮肉な口調で言う。
「白いトーガを着て山の上で説教させられなければ、ついていけるかな」
少女たちは笑い、アンジェリーナも微笑む。
そして彼女の視線は真剣になり、熱を帯びる。
「もし…」深く息を吸う。
「もし、エンジェルくんとエリーが私たちの主だったら?指導者、あるいは…神様だったら?」
驚きの沈黙。言葉には神秘的な力があった。
僕は少し戸惑いながらも、緊張混じりの笑いを漏らす。
「神様、か…分かった。でも名前を考えるのは勘弁してくれ」
「いや!」
ルナは笑いながら抗議。
赤い頬。
「神様なら、天の王国の名前はあなたが決めるんだ!」
「そうだ!」クララも笑顔で同意。
「神聖な責任を奪うわけにはいかない!」
ローザは静かに頷き、微笑みをこらえる。
「それに…エンジェルくん、似合ってるよ」
僕は空を見上げる。
「なるほど…お寺も建ててないのに信者がいるな」
みんな笑う。
エリーは面白そうに僕を見つめ、穏やかに言った。
「この世界でも、宗教でも、夢でも――何と呼ぼうと、現実にするためには準備が必要だ」
僕は興味深く見返す。
「準備?」
エリーは頷く。
「ああ。二年後、ヴォルタの大学院に入る。そこで全てを学ぶんだ…この世界を理解するために、そして変える力を手に入れるために」
少女たちは目を輝かせ、アンジェリーナは胸に手を当てる。
「エリー…本当にやるつもり?」
「もちろんさ」彼は自信たっぷりに微笑む。
「そして、エンジェル…君も同じことをするんだろ?」
僕は少し考え、月と風に遊ばれる髪を眺める。
「うん…でも後で。四年後、その時が来たら。そしてそれまで…準備しておく」
オーレリアは静かに囁く。
「それって…誓い?」
僕は彼女を見て、エリーと目を合わせる。沈黙の中で互いに覚悟を確かめる。
手を差し出し、エリーが迷わず握る。
「それまで、準備しよう」
「一緒に」エリーが答える。
アンジェリーナはほほ笑み、少し感動しているようだ。
「じゃあ…これを、みんなとの誓いにしよう。今夜、この月の光の下で、新しい世界を築くことを約束する――でも、エンジェルくん、あなたの存在そのものを愛し、守り、全てをあなたのために捧げると誓うの」
ステラは最後のブラウニーを掲げ、乾杯のように言った。
「私たちの世界に!」
「私たちの世界に!!」少女たちは声を合わせ、夜風と混ざり合う。
崩れかけた屋上で、銀色の光に包まれ、何かが生まれた――アイデア、夢、あるいは…伝説の始まり。
第二部『天使と紫の炎』――これにて完結です。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
続く第三部『第3部 — 賑わう王都の中の天使』は、まもなく公開予定です。
物語に加えたい小さなアイデアやご意見などがありましたら、ぜひコメントで教えてください。
それでは、また次の章でお会いしましょう :)




