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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第2部 — 天使とその崇拝者たち
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チャプター6 — 天使を狂おしく愛する少女たち

鉄製の重い扉をゆっくりと押し開ける。

ヒンジが湿った擦れる音を立て、ギィ、と軋む。


扉の向こうには、狭く暗い廊下が広がっていた。

壁に掛けられた松明の揺らめく光が、床や壁に淡い影を落とす。

空気はさらに冷たく、乾いた血と鉄、カビの匂いが濃密に混ざっている。


裸足で湿った石畳を進む。

足音が静寂を破る――その時、甲高い笑い声が響いた。


「ひひひ……!」

「くくっ……!」

「ふふふふ……!」


女性の声だ。

澄んでいるのに、どこか歪んでいて、狂気が纏わりついている。

人間らしい笑いではなく、魅惑的で恐ろしい、死の匂いを帯びた喜びに満ちている。


僕は立ち止まり、廊下の先を見つめる。

松明の炎が揺れるたび、影が踊る。

その奥で、肉が裂かれる音、刃が打ちつけられる音、そして人間の叫びが、喉の奥で濁りつつ消えていくのが聞こえた。


――もう一人の声が、必死に叫ぶ。

すぐに途切れ、闇が再び支配する。


かすかな足音だけが響く。

裸足の踵が石を打ち、囁きと笑いが絡み合う。


「かわいい……ね、あの子……」

「もっと叫んでほしかったのに……」

「次は……どの子?」


背筋に寒気が走る。

声が近い、あまりにも近い。


僕はしゃがみ、影の中に身を潜める。

廊下の角から三人の女性の姿が現れた。

血で染まった手や衣服、異様に輝く瞳。

歩き方は優雅だが、その目は――柔らかさと狂気が同居している。


一人は血を滴らせた剣を引きずり、

もう一人は髪を掴んだ頭部を落として笑う。

手は震え、歓喜に満ちている。


――息を殺す。


開かれた檻の前を通り過ぎても、僕に気づかない。

囁きが空間に緊張を刻む。


「ここ……一体……?」

思わず、声にならない声を漏らす。


この壁の向こうに、何か恐ろしいものが潜んでいる。

僕は――ここで生き残るべき存在ではない。

だが、生き抜くつもりだ。


石の冷たさを踏みしめ、廊下を進む。

笑い声は次第に増幅し、単なる嘲笑ではなく、絡み合う旋律のように耳に響く――

狂気と欲望、怒りが入り混じった、女性の声の交響曲。


「ははは……ここにいる……感じる……」

「匂い……ああ、この光と血の香り……すぐそこ……」

「天使……どこにいるの……?ひひひ!」


心臓が止まる。

声……知っている。

七人のエルフの友達――黒の半袖のドレスに、長い刃を手にした姿。


アンジェリーナ……

ステラ……

ローザ……

オーレリア……

ルナ……

クララ……

そして、ミア……


立ちすくむ。

現実ではない。

ここにいるはずがない。

こんな姿で……。


「もし苦しんだなら……世界を裂いてやる!」

「いや……ただ、もう一度私を見てほしいの……名前を……名前だけでも……」

「私を愛して……嫌いになったって構わない……」

「叩いても、壊しても……私のそばに置いて……」

「エンジェルは私たちのもの……いや、私のものよ!」


「ははは……違う、私のもの!」

ステラが高く震える声で叫ぶ。「私が最初に救ったんだから!」

「嘘よ!私の方を先に見たわ!」

ルナが応じる。

「黙りなさい、みんな!」

アンジェリーナが声を上げる。落ち着いた権威ある調子だが、感情に揺れている。

「彼は私たちの天使。世界が奪おうとするなら――焼き尽くすのみ!」


沈黙、そして再び笑い声。狂気そのものの笑い。


一歩後ずさる。

息が詰まる。

声は石の隙間にまで響き、壁自体が愛を歌っているかのようだ。


「ふふ……逃げられると思ったの、天使?」

「世界の果てまで逃げても、見つけ出す……」

「どれだけ血を流しても……」

「どれだけ命を砕いても……」

「また私たちの視線と交わるまで……」


裸足の足音が廊下に響く。

七つ、ゆっくり、揃って。


松明の炎に照らされ、七つの影が浮かび上がる。

血で髪が張り付き、瞳は人間離れした輝きを放つ。

狩る者のように、ゆっくりと、しかし確実に進む。


「エンジェル……」

アンジェリーナが囁く。紫の瞳が闇の向こうで光る。

「私たちの英雄……私たちの救い……私たちの存在理由……」


喉が詰まる。

もはや救った少女たちではない。

狂愛に支配された存在だ。


――もし見つかれば、二度と逃げられない。


七人が一列になり、石床に響く足音。

揺れる光が顔を照らす:埃、乾いた血に覆われているが、どこか静けさすら漂う。

狂気がもたらす偽りの安らぎ。


松明の炎が七人の恐ろしくも優雅な影を映す。

ルナとミアの腕には眠るヘレナ。

歩きながら、囁きが祈りや愛の吐息に変わる。


「ここにいる……心臓の一つ一つで感じる……」

ローザが震える声で言う。

「そう……私たちの英雄……光……」

オーレリアが静かに笑みを浮かべる。

「エンジェル……」

ステラが拳を握り、呼ぶ。「どこにいるの?なぜ来ないの?」

「きっと傷ついている……」

ミアが優しく、母性的に囁く。「まだ苦しんでいるのね……」

「なら、見つけ出す」

ルナの声は冷たくも熱を帯び、宗教的な誓いのようだ。「誰が道を塞ごうとも」

「誰も触れさせない」

クララが赤い瞳で凍てつく。誰も。


アンジェリーナが先頭で目を閉じ、世界の気配を吸い込むように深呼吸。


「マナ……純粋……静か……でも弱い」


「弱いだと?!

あいつが……私たちの天使が……!」

ステラが叫ぶ。

「傷ついたはず……長く待ちすぎた……」

ルナが低く呟く。

「でも、また救う……私たちを救ってくれたように……」

ミアが瞳を潤ませ言う。


沈黙。

突然、ローザがくすくすと笑う。


「覚えてる?あの日の言葉、“盲目的についてくるな”って。はは……でも……」

「……でも、従うしかないの……」

オーレリアが歌うように続ける。

「うん!」

ステラの瞳は狂気で揺れる。「死んでもいい、彼なしで生きるくらいなら!」

「死ぬ?」

アンジェリーナが遠くを見つめながら吐息。「生きるの、彼のために……世界が燃えても、笑ってくれればそれでいい」


ミアが少し前へ出る。

声は落ち着き、力強い。


「見つけ出す。

見つけたら……嫌われても治す」

「私も……」

ルナ。「傷つけるものは全て壊す」

「私も、守る……」

ローザ。「本人からでも、必要なら」

「私は……話してほしい、見てほしい……」

クララ。


アンジェリーナが七人を見渡し、厳かに宣言。


「聞きなさい。

壁も、守衛も、神でさえも関係ない。

必ず見つけ出す」


頭を上げ、髪が松明の光に揺れる。


「エンジェル……私たちの天使……英雄……存在理由」


一斉に七つの声が夜に響く。

狂愛と狂気の調和。


「あなたのもとへ行く、エンジェル」

「救う」

「愛する……最後まで」


足音が誓いのように響く。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



その時、甲冑をまとった二十名ほどの守衛が廊下に現れる。

先頭に立つラウドレス、顎を固く引き締める。

血まみれの少女たちと抱えられたヘレナを見て、顔が石のように硬直。


「降伏せよ。今だ」


アンジェリーナは前に出て、髪を血で濡らしながら笑う。


「降伏?ははは!

私たちの天使を諦めろと?

ありえない。エンジェルを返せ!」


守衛の一人が嘲笑するが、ラウドレスが制す。


「彼女たちは無法者だ。

降伏命令を出せ。

拒否するなら射撃を許可する」


怒りが少女たちを駆け抜ける。

ローザが眉を上げる。


「射撃?私たちに?」

楽しげに。


「エンジェルを返せ!」

七人が声を揃える。


ラウドレスが一歩退き、優位を誇示する。


「三つ数える。後は……」


守衛たちは槍を構える。


アンジェリーナは燃える視線で僕を見て、仲間へ向き直る。


「遅い、もう手遅れ」

「皆殺しよ」

ステラが高く叫び、刃を構える。


戦闘が始まる。


七人は一体の生き物のように散開する。

刃が光を切り裂き、石の床を叩く音が響く。

速さ、正確さ、そして冷徹さ――まるで人間の限界を超えた動きだ。


第一線の守衛は僅か数秒で破られ、槍を握る手が滑る。

ハルバーディエが倒れ、別の者は無力化される。

悲鳴はなく、あるのは精密に決められた刃の軌道と、計算された戦闘だけ。


「後退せよ!」

守衛の一人が叫ぶ。


「あなたたちこそ後退しろ!」

オーレリアが冷たく返す。「弱いのね」


僕は影に潜み、胸の高鳴りを押さえる。

誇りと恐怖が同時に押し寄せる。

彼女たちは僕に教えたことすべてを、狂気と結びつけて返している――

正確さ、速度、制御、そして……守るべきものへの狂愛。


ルナは三人の守衛の間に飛び込み、回避し、腕を斬る。

ミアはハルバードを受け取り、二人の敵を同時に無力化する。

クララは冷静に敵を引き寄せ、互いに打ち合わせるように倒す。

ローザとステラは連携し、一方が注意を引き、もう一方が弱点を突く。


「はあっ!情けない……!」

ステラが歯を食いしばり、守衛を弾き飛ばす。


守衛たちは完全に押されてはいない。

盾を組み合わせ、壁を作る。

数人が攻撃を仕掛けるが、七人の統率された動きには勝てない。

傷を負った者も、瞬時に隣の仲間が無力化する。


ラウドレスは冷徹に観察を続ける。

アンジェリーナが守衛を斬るのを見て、歯を食いしばる。


「狂信者……殺せ」


守衛は再び攻勢をかけるが、七人の連携に押される。

わずか一分も経たず、半数が無力化され、残りは後退を余儀なくされる。


「見よ……」

ルナが冷ややかに言う。「自分たちの力を知らぬ者たちは恐れるのみ」


守衛の中から声が上がる。


「ラウドレス!……もう、これ以上持たない!」


ラウドレスは振り返り、アンジェリーナの瞳を見つめる。

氷のような冷たさが二人の間に流れる。


「我が敵を奪われた……挑むつもりか?

分かるまい、手を出せば死がある」


アンジェリーナは笑みを浮かべる。


「我々は愛で戦う。

法律より強いのは愛よ!」


ラウドレスは拳を握る。

剣に手をかけるが、即座には抜かない。

少女たちを即死させるのが最善ではないと判断したのか――

ここでの虐殺は、狂信者としての彼女たちを増長させるだけだから。


「退け!」

ついに叫ぶ。

守衛に後退を命じ、援軍を呼ぶよう指示する。


守衛たちは文句を言いつつも撤退。

七人は刃を収め、散開もせず静かに立つ。

アンジェリーナは手を掲げ、祭壇を祝福するかのように。


「力を見たかしら」

声が震えるが強い。「忘れないで、エンジェルは私たちのもの。

戻ってきたら……世界は代償を払う」


ラウドレスは後退し、影に消える。

視線はまだ脅威を帯び、背筋に凍る感覚を残す。


僕は影から出る。

胸は嵐のように乱れ、恐怖と畏敬、そして重くのしかかる責任が入り混じる。

彼女たちは僕を守った。

制服の男たちの弱さを侮蔑した。

忠誠と愛は、代償を伴うものだと証明した。


アンジェリーナがようやく僕を見つめ、顔が崇拝に満ちて輝く。


「ああ、私のエンジェル!

――あなたは光、愛しい天使、あなたのためなら何でもする!」


言葉は出ない。

ただ荒い息が夜に響く。

守衛が去った後の夜に、ひとつだけ明確なことが分かる――

長く秘めてきた導火線に火がついたのだ。

ラウドレス……もう、静かにはしてくれない。

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