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Alchemist Fantasy Ø  作者:
3/4

 大地を爪でえぐり取りながら、ヴァジュタスの巨体が跳ね上がる。地表が波打ち、亀裂から瘴気が噴き上がった。

瞬く間に影が覆いかぶさり、熱を帯びた風が頬を焼く。

シノノメは双剣を交差させ、迫る触手の一撃を受け流す。

金属音と共に火花が四方へ飛び散り、衝撃だけで足元の岩が崩れ落ちた。


「……近すぎる」

 

 息が熱い。獣の腐臭が鼻を刺す。

巨獣の背結晶が脈打つ度、表面の苔と赤錆が震え、多眼が一斉に開いた。

極細の熱線が扇状に奔り、地面を焼き裂く。溶岩のような亀裂が走り、白煙が噴き出す。


「右へ」


 カリンが跳躍。機体の関節が軋み、背の長距離ユニットが光を放つ。

だが、触手が蛇のように巻き上がり、鋭い先端が彼女の進路を塞ぐ。


 轟音。

ソーマの重装イノベルムが、地を砕きながら正面に突進。

回転するリングギアが火花を散らし、両腕で巨獣の顎を押し上げる。

歯が軋み、骨と金属がぶつかる鈍い音が響く。


「時間は取る」

「ああ!」


 シノノメが低く返し、粉塵を抜けて横へ回る。

ベルリアはその影を滑るように抜け、曲刀を抜き放った。

黒のヴェールアゼルが脚部に絡みつき、金属膜がうねって締め上げる。


「動かないで」


 拘束部から嫌な音が響き、ヴァジュタスの脚が地に沈む。瘴気が濃くなった。


「今」


 ソーマの声と同時に、シノノメが跳躍。

雷光が双剣を包み、その軌跡が空中に残像を刻む。

刃が結晶を斜めに抉ると、内部で火花が爆ぜ、獣の咆哮が空気を揺らした。


 カリンが後方から二連射。

閃光が右肩を粉砕し、破片と黒い蒸気が舞い上がる。

しかし背結晶が強く輝き、空気の輪郭が揺らいだ。


 ――全方位衝撃波。

地面が膨らむように波打ち、砕けた岩塊が宙に浮き、瘴気の粒子が光を乱反射させる。

耳を裂くような低音が地の奥から響き、視界全体が灰色に染まった。


 粉塵の中、深く、低く、喉の奥で石を転がすような音が響く。

裂けた結晶の断面から、濃い瘴気が滲み、地面に黒い霜を走らせた。

巨体の輪郭が――崩れている。

骨が軋む音、肉が引き裂かれる湿った音が混じり、全身の装甲が地面に剥がれ落ちていく。


「……形を捨てた?」


 ベルリアの声はかすれていた。


 背結晶が再び脈動。だが今度は光ではなく、液体のような黒が逆流している。

それは獣の体内を満たし、骨格を押し広げ、四肢を異様に長く歪めた。

皮膚は裂け、無数の眼球が縫い目から覗く。眼は一つ残らず別の方向を見ている。


 熱ではない――冷気だ。

吐き出された息が白く凍り、地面の岩が脆く砕ける。

触手の表面に氷の結晶が芽吹き、それが一瞬で槍のように尖った。


「第二形態……」


 ソーマが呟く。

次の瞬間、ヴァジュタスは音もなく消えた。

かと思えば、粉塵を裂く衝撃が背後から襲い、カリンの機体が跳ね飛ばされる。

視認できぬ速度。質量を持った影だけが移動している。


全員の背筋に、冷たい汗が走った。


 空間が歪む。

ヴァジュタスの脚が地を蹴るたび、衝撃で周囲の景色がひしゃげ、直後に爆ぜるように戻る。

シノノメは双剣でかろうじて弾き返すが、刃に走る衝撃は骨まで響き、握力が抜けそうになる。

金属臭と血の匂いが混じり、喉奥が焼けた。


 ベルリアの拘束は一瞬で粉砕された。

ヴェールアゼルの金属膜が千切れ飛び、彼女自身も衝撃で数メートル吹き飛ばされる。

岩壁に背を打ちつけ、息が詰まる音が響いた。


「……速すぎる」


 カリンの狙撃光が夜を裂くが、次の瞬間には空を切る。

ヴァジュタスは既に別の場所に立っていた。

残像の中で、無数の眼が全員を捕らえ、凍りつくような殺意を放つ。


 ――来る。

ソーマとベルリアが前へ出た瞬間、全方位から血槍が一斉に射出される。

視界が白に埋まり、耳を裂く破砕音が連続する。

衝撃波で地面が崩落し、全員が離れ離れになった。


 シノノメは瓦礫の中で立ち上がる。

視界の端で、ヴァジュタスがカリンを押さえつけ、槍の穂先を彼女の胸へ押し当てていた。

時間が止まったように見える。

双剣が空気を裂き、雷光が軌跡を描く。

触手を断ち切り、カリンの体を引き寄せる。

その勢いのまま、崩れかけた岩壁の陰まで滑り込むと、ようやく彼女を降ろした。


「エーテル! コアを叩くぞ!」


『ジャッジ』


 シノノメは足場を蹴り、粉塵の中を疾駆する。

瓦礫を踏み砕き、崩落する岩板を飛び移りながら、雷光がその身体を包み込む。

迫る触手が十本、二十本――槍の雨のように空間を埋め尽くす。

振るわれた刃は風圧で砂塵を吹き飛ばし、触手をまとめて断ち切る。

切断面から黒い蒸気が噴き上がり、戦場は一瞬だけ真昼のように白く染まった。

だが、ヴァジュタスは怯まない。

切り落とされた触手の根元から、さらに鋭く硬化した槍状の突起が伸び、シノノメの首元を狙う。


『サプレッション・リンク起動』


 E.A(エーテル)の声と同時に、無数の陣が空中に展開された。

氷刃が交互に放たれ、槍状の突起を迎撃していく。

爆ぜる光と衝撃でヴァジュタスの動きが鈍った。


その隙を突き、ソーマが血を滲ませながらもイノベルムを構え直す。

蒼い閃光と化し、巨体の脇腹へ渾身の一撃を叩き込む。

装甲のような外殻が裂け、内部から黒い蒸気と結晶片が飛び散った。


「――シノノメッ!」


 カリンの叫びとともに、彼女の銃口から白銀の閃光が奔る。

弾丸はヴァジュタスの眼窩を撃ち抜き、巨躯が一瞬だけ硬直した。


 その瞬間、シノノメの双剣が雷を纏い、空を裂く。

縦一文字の斬光が背結晶を両断し、轟音とともに結晶は粉砕された。

ヴァジュタスは断末魔の咆哮を上げ、全身が黒い霧に崩れ落ちていく。

爆風が吹き荒れ、空気はまだ熱と冷気が入り混じり、息を吸うたび肺が痛んだ。


*


 楼閣の屋根、そのさらに奥。

濃い雨雲を背に、ひとりの黒衣が立っていた。

顔は影に沈み、ただ手に握られた紅い結晶――賢者の石だけが、遠くからでもわかるほど紅く輝いている。


「まだ形が安定していないか……」


 風に紛れるほどの囁きが、なぜか耳に届いた気がした。

賢者の石が淡く脈動し、戦場中央の背結晶がそれに呼応する。

ヴァジュタスは苦悶のように咆哮を上げ、その巨躯を黒い霧に崩していった。

やがて虚空へと吸い込まれるように消え失せる。


雷鳴が鳴り響く中、黒衣の視線だけがこちらを射抜いていた。

その瞳は、胸奥の奥底まで覗かれている錯覚を覚えさせる。


「器は、まだ割らせるには惜しい」


 突如、吹き荒れた烈風が視界を覆い――

次の瞬間には、その姿はどこにもなかった。


 静まり返った戦場で、シノノメは息を吐く。

ヴァジュタスは去った。だがそれは撃退ではなく、何者かに回収されたにすぎない。


 遠く、雷雲の向こうで、紅い結晶の輝きが一瞬だけ瞬いた。

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