Ⅰ
薄闇の雲を割って空母「サンクトム」が滑るように侵攻する。その甲板に、選ばれし者たちの影が揺れていた。
「E.A、降下軌道を再確認しろ。粒子濃度、通常域を逸脱してる」
ヘッドセット越しに響く通信士の声が硬質に鳴る。
周囲を飛び交う戦術インジケーターが、降下地点の汚染レベルを警告色で染め上げた。
『ジャッジ……確認完了。ヴァジュタスの活動反応、地表フレアと共鳴中。推定侵蝕率、84.7%』
「大歓迎だな」
シノノメ・クーロンが笑いながらホロ画面をくるくると回す。
「あれ、花火とかないの? せっかくの花道なんだし もっと盛大にお披露目しないと」
「命張る時に冗談を混ぜるな」
ソーマ・ナギが鋭く言い返す。彼の声には一切の無駄がない。
「規定ルートを外してるぞ。地熱反応が不安定だろ」
「大したことないない」
「……無駄口。着地のタイミングだけ合わせてくれればいいわ」
カリン・フォンテーヌが冷ややかに言う。彼女の瞳はモニターの深部を読み取りながら、一瞬たりとも揺るがない。
「いいじゃない、怖がってるのを誤魔化してるだけかもよ、ねえ」
ベルリア・ハングが艶やかな声で笑った。片膝に乗せた端末をいじりつつ、表情は退屈そうに揺れている。
すると、甲高いアラートが鳴り響く。隊員たちは重い装備に身を包み、次々にリフトポッドへと駆け込んでいった。
「アンダーネスト境圏に入ります──『フォーサイス』!」
耳を劈くような通信音に、「フォーサイス」と乗組員たちが呼応する。
金属の床が震える。甲板の裂け目が開き、リフトポッドが次々と姿を消していく。
視界に広がるのは、異形に侵食された地表。ねじれ、うねり、都市の廃墟に絡みつき、まるで呼吸しているかのように脈動していた。かつての人類の文明は、すでに「それら」に呑まれている。
「地獄だな」
ヘルメット越しに誰かが呟く。それに応じるように、風が空を裂いた。
そこはもう、かつての都市ではなかった。
ビル群は崩れ、鋼鉄交じりの蔦が地表を這って脈動している。空は青と黒が溶け合い、時折光る稲妻がヴァジュタスの存在を示していた。
警告ラインがカウントダウンを始める。
3……
深呼吸。カリンが軽く頬を叩いて気合を入れる。となりでは、ベルリアが無言のまま、愛用のブレードのロックを確認している。
2……
ソーマは淡々と戦術端末を指で弾き、
1……
シノノメは目を閉じていた。小さな息を吐く。
ゼロ。
轟音とともに、リフトポッドが射出された。
重力が喉を締め付け、視界が一瞬、反転する。
そして――空が燃え上がった。
降下の衝撃が腹に突き刺さる。風圧で全身がきしむ。
視界の先には、赤黒く爛れた大地。
ゆがむ空気。
風も声も、その存在の前では意味を失う。空気が震え、時が少し遅れて流れるような感覚が、周囲を支配していく。光に包まれた輪郭は夢の残響のように淡く、しかし、誰もがそこに確かな意志を感じ取れる。
イノベルム。守る者か、裁く者か――それとも、遥かな祈りの残響が今ここで形を得たものなのか。ただ、そこに在るというだけで、世界の輪郭が変わっていく。