第12章 俺の墓の上で踊ってくれる?
月明かりがコテージの木造の窓枠を淡く照らす夜。やっと想いが通じた俺たちはここに戻り、砂まみれの身体をシャワーで流してから眠りについた。周囲に気づかれぬよう、こっそり手を繋いで。
明日は撤収予定だが、インサートカット撮影の名目でコテージ予約は残してある。そして、カナと二人きりで過ごすために。
翌朝、まぶたを開けるとリョウや後輩スタッフたちが荷造りに追われていた。リョウが俺の肩を揺らす。
「そろそろ起きろよ」
目をこすりながら尋ねる。
「みんなもう帰るの?」
「編集作業に入るからな。お前はもう少し撮影するんだろ?」
「うん、少しね。足りないと困るから、水中からのカットもちょっと撮っておくよ」
「おう、任せた」リョウは耳元に身を寄せ、小声で囁く。
「カナと上手くいったのか?帰ったら、たっぷり聞かせろよ。楽しみにしてるからな」と下品な笑みを浮かべながら去っていく。
「嫌だ、秘密だ。また明日な!」
俺とカナだけが残り、みんなはコテージを後にする。窓の外を見渡しながらカナが呟く。
「みんな帰ったね」
二人の間に微妙な空気が漂う。昨日のことを思い出し、どう振る舞えばいいか戸惑っていた。
「コーヒー、飲む?」カナが唐突に提案した。
「うん、いいね」
彼はキッチンスペースへ移動し、湯を沸かし始めた。俺は椅子に腰掛け、その背中を眺める。見とれているうちに、二人が想いを確かめ合ったことが徐々に実感となって広がる。俺たちは付き合っているのだ。
まだ現実感が薄い中、日常が静かに始まっていく。
「コーヒー入ったよ。パン食べる?」
「うん、食べる」
本当にカップルみたいだと感じながら、テラスで朝食を共にした。食後も他愛もない会話で穏やかで心地よい時間が流れていく。
ゆっくりした後、水着とラッシュガードに着替えて海へ向かった。アクションカメラで水中からの撮影を試みる。水底から見上げる太陽の光が幻想的で、映画に使いたくなる輝き。数時間かけて海や砂浜、空の映像も収め、撮影は終了。カナも一眼レフでの撮影を楽しんでいた。
ランチは軽く済ませ、照りつける日差しを避けて午後は部屋で編集作業に取り組む。
夕暮れ時、海が茜色に染まる頃、二人で海岸を散歩する。並んで座り、水平線に沈む夕日を眺めていた。言葉を交わさず、ただ無言で過ごす時間。不意にカナが顔を近づけ、唇を重ねてきた。この感覚がまだ新鮮で、実感が湧かない。本当に二人は恋人同士になったのだ。
「マリ、飯、どうする?」カナの声で我に返った。
「そうだな、コンビニで適当に買ってくるか」
「いや、作るよ。材料、一応買ってある」
カナが料理するなんて知らなかった。編集している間に材料も買ってきてくれたらしい。ありがたく作ってもらうことにして、部屋のキッチンへ向かう。
「手伝おうか?」
「いいよ。見ているだけでいい」
キッチンカウンターに腰掛け、カナの料理する姿を眺めた。意外な一面だ。包丁を握る手つきが洗練されている。この手が昨夜俺の肌に触れたのだと思うと、全身に電流が走る。
「おい、じっと見るなよ」カナが照れた様子で言った。
「悪い。でも、カナの知らない一面を見ている気がして」
「何言ってんだよ。ただの料理だろ」そう言いつつも、耳が赤くなっているのが見えた。
「そういえば、お前が撮った俺のほぼ裸の写真、どうなった?」ふと思い出して尋ねる。カナは玉ねぎを切る手を止めた。
「ちゃんと現像してある。マリに見せようと思ってた」
「え、マジで?見たい」
「今じゃないよ。飯食ってからな」
料理が完成するまでの間、俺たちは映画の話をした。普段通りの会話だが、空気感が違う。さっきのキスもあり、二人の間には甘い空気が流れているようだ。
「できた。パスタだけど」カナが皿を置いた。シンプルなトマトパスタだが、香りだけで食欲をそそられる。
「いただきます」
「いただきます」
最初の一口で、声が漏れる。
「うまっ!カナ、これ本気で美味いぞ」
「まあな。そんなに難しくないけど」
「俺より料理上手いじゃん」
「当たり前だろ。マリは、インスタントばっかり食ってるもんな」
笑い合う瞬間。この自然な距離感が心地よい。
食事を終え、二人で食器の片づけを終えた後、カナがワインを取り出した時は少し驚く。
「おい、それどこで?」
「買っておいた。乾杯しよう、撮影成功に」
「お前、意外とロマンチストだよな」
「うるさいな」照れる彼の表情に、心が穏やかになる。こんな感情、初めての経験だ。
グラスに注がれた深紅の液体で俺たちは乾杯した。
「撮影成功」
「ああ、最高の夏だったな」
ワインを飲みながら、ソファに腰掛ける。窓の外は完全に闇に包まれ、月明かりだけが海面を照らしていた。波の音が静かに響いている。
「なあ、マリ」カナが不意に切り出した。
「何?」
「あの日、オゾンの『サマードレス』観てた時、どう思ってた?」
突然の質問に戸惑う。
「どうって、カナのこと?映画出て欲しいなーって思ってた。ゲイとバイのカップルの話だから、もしかして焦った?刺激的すぎるよな?キッチンであんなこと…。それに、カナがゲイって知らなかったから...」
「フフッ、うん。あの時、お前のリアクション見て思ったんだ」
「何を?」
「お前なら、俺の気持ちを理解してくれるかもって」カナの表情が真剣さを帯びる。
「マリ、前に高校の時ゲイバレした話したの覚えてる?」
「うん。覚えてるよ。大変だったな」
カナはワインをグラスに注ぎながら静かに語り始めた。
「高校二年の夏。写真を撮り始めた頃。クラスの男子が...気になってた」
「気になる...男子?」
「うん。友達としてじゃなく……もっと別の意味で」
彼の声が次第に小さくなる。
「それで?」
「その子の写真をこっそり撮っていたんだ。部活中とか、下校途中とか。芸術作品のつもりだった。でも...」
カナの手の動きが止まる。
「ある日、クラスメイトに写真フォルダを見られてしまって、変な噂が広がった。『奏多はストーカーだ』って」
ワイングラスを手に持ったまま、カナは苦しそうな表情のまま続ける。
「最悪だった。友達も減ったし、あいつも俺を避けるようになって。結局、写真も全部消してしまった」
言葉を失う。カナの過去は想像以上に辛かったのだろう。
「それからは、友達と遊ぶことも無くなって、一人で映画ばかり見ていたよ」
カナが少し視線を逸らして語る。
「どんな映画?」
「マリが好きなフランソワ・オゾンの作品とか。『Summer of 85』が特に好きだった」
「そうなんだ。趣味合うな。どこが良いと思った?」
「海辺の町で出会った二人の男の子の夏の恋と……死」
カナの声がわずかに沈んだ。
「墓の上で踊るシーンがあるだろ?主人公、頭おかしいだろって思うけど...何か惹かれた」
「そうだな。墓の上で踊るよな」
「亡くなった恋人との約束を果たすために」
俺は眉をひそめた。
「頭おかしくないよ。むしろロマンチックじゃないか」
カナは微笑み、悪戯な表情を浮かべる。
「じゃあさ、俺が死んだらサマードレス着て俺の墓の上で踊ってくれないか?」
「バカか、お前」思わず笑ってしまう。
「まあ、生きているうちに撮れればいいけどな...記録として」
カナが真摯な瞳を俺に向ける。
「だから...」
「お前の写真なら、良いのが撮れると思ったんだ」
その言葉に心の奥底が疼いた。
「ヌードモデルの条件も...本当は意地悪だけで言ったわけじゃない。マリの姿を撮ってみたくなった。封印していた欲望を解放して、永遠に残したいと思えたんだ」
そう言って、カナは目を逸らした。
「そうなんだ...お前も色々考えてたんだな。俺もあの日お前の欲望を受け取った気がする」
笑みがこぼれた。あの日のカナは、普段では考えられない強さを見せていたから。
「そういえば、初めて会った時、覚えてる?」唐突な質問だった。
「もちろん。真剣な顔で写真の話してたな。去年の春の、入寮パーティーの時だよな」
「うん。マリが真面目に話聞いてくれて嬉しかった」
「お前の目が……凄い真剣で自分の事話してくれて、俺も嬉しかった。俺も映画が好きだから近いものを感じた。その時からカナを撮りたいって思ってたのかも」
「そうだったのか。でも、あの時から、マリに興味があったよ俺も」
カナの告白を受け止めながら、俺も彼の手を取った。
「斜め前の部屋だと気づいた時嬉しかったし、見放題で」
俺たちは笑い合う。
「途中から気づいてだけど、気づかないフリしてあげたからね...」
「今はこんなに近くで見つめられるようになって嬉しいんだ」
「俺も見つめたいよ、もっと。ねぇ……本当に、俺の墓の上で踊ってくれない?本気なんだ」
「あぁ。わかったよ。もし、俺の方が早く死んだら、俺の墓の上で踊れよ」
俺たちは熱い視線を交わした。『Summer of 85』に影響されすぎかもしれないが、この映画の運命的な夏の恋の結末は悲しい……。俺たちとは違う。1つの愛の形としてロマンチックで、憧れてしまうのも無理はない。
その時、カナが顔を近づけ、唇にキスをしてきた。柔らかな感触とワインの甘く渋い風味が交わる。
「マリ」
「ん?」
「あの写真、見る?」
カナがカバンから封筒を取り出した。俺のほぼ裸の写真だ。なぜか緊張が走る。
「見せてくれ」
封筒を開けると、モノクロの写真が数枚入っていた。脱衣する様子を捉えたものだ。想像よりずっと芸術的で、官能性よりも美しさが際立つ写真だった。
「すげえな、カナ。こんな風に撮れるのか」
「マリ、なかなか様になってるだろ?筋肉が綺麗だよね」
「やっぱり、筋肉目当て?」
「まぁ、写真のモデルだから綺麗な身体の方がいい...」
率直なカナに笑いがこぼれる。
最後の一枚は、上半身裸で窓際に立つ後ろ姿。顔は見えず、光と影のコントラストが美しく映えていた。
「これ、一番好きだ」
カナが指さした写真は、服を脱ぎ始める瞬間を捉えたもの。表情に緊張と決意が混在している。
「なんでこれが?」
「お前らしいから。迷いながらも、前に進もうとしている」
カナの言葉に胸が震える。彼は俺のことをよく見ていた。
「カナ、俺もお前の写真撮りたい」
「え?」
「ドレス姿じゃなくて、素のお前を」
カナは少し考えた後、頷いた。
「いいよ。でも今じゃない。今は……」
言葉を切ったカナが、身を寄せてきた。
「今は?」
「もう話さないで」
再び唇が重なる。今度は先ほどより長く、深いキス。ワインの余韻が舌先に残る。
キスを終えると、カナの頬が紅潮していた。俺の体も内側から火照っていく。
「カナ」
「なんだよ」
「Do you love me?」
映画のセリフをそのまま引用してみる。カナは笑った。
「さあ、どうかな?」
そう言いながら、再び唇を合わせてくる。答えはすでに知っていた。
彼の唇が俺の首筋を滑るように降りていく。吐息が肌を撫で、それだけで全身が敏感になる。
「カナ...」
彼の手が服の裾から入り込み、背中に触れる。熱を帯びた指先が肌を這うたび、震えが走る。
「マリ、いい?」
答える代わりに、俺はカナのシャツのボタンに手をかけた。1つ、また1つと外していく。開いた胸元に触れると、カナの鼓動の激しさが伝わってくる。
お互いの服を脱がせながら、ベッドへと移動した。肌と肌が、触れ合う感覚が、これまで味わったことのない高揚感を生み出す。初めてのことへの不安と、カナへの想いが胸の中で交錯する。
カナが俺の上に覆いかぶさり、俺の視線をとらえる。暗い部屋の中で、彼の目だけが異様に輝いていた。月光に照らされた二人の輪郭が、壁に揺れる影を作り出す。
「マリ」
カナの声が震えていた。
「俺、お前のこと大切にしたい」
その言葉に心が満たされる。
「俺もだよ」
キスをしながら、彼の手が俺の身体を探る。まるで大切な芸術作品を扱うように、ゆっくりと、時に大胆に。
「カナ...怖くないのか?」
今度は俺が尋ねる。
「怖いけど、お前となら...」
「うん、俺も」
言葉より行動で示すかのように、二人の身体が溶け合っていく。初めての航海に出る船のように、不確かでありながらも確かな方角を目指して。
カナの吐息で耳元が熱い。彼の手が俺の内腿に触れたとき、思わず声が漏れる。
「あっ……」
「本当にいいのか?触ってもいい?」
不安そうに尋ねるカナに、俺は頷いた。
カナの指先が優しく俺の肌を這い、下腹部へと移動する。そのたびに身体が反応し、息が荒くなる。初めての感覚に戸惑いながらも、心地よさに身を委ねた。
「マリ……綺麗だ……」
カナの囁きが耳を打つ。彼の柔かな唇が俺の胸元から腹部へとゆっくりと移動し、敏感な箇所に触れるたび、稲妻のような快感が駆け巡る。
「カナ……もっと……」
思わず漏れた言葉に、彼は顔を上げ、俺を観察する。その瞳には欲望と同時に、深い愛情が宿っていた。
「もっと見つめて」
彼はそう言って、再び俺の唇を求めてきた。
二人の身体が完全に重なり合う。肌と肌の間に何の隔たりもなく、言葉を超えた対話が始まった。カナの手が俺の背中を優しく撫で、安心感に包まれる。
触れ合うだけで心が満たされる。カナの腕の中で全ての不安が解け、波の音だけが二人を包み込む静寂の中、官能の波が押し寄せた。
「マリ……本当に綺麗だ」
カナの囁きに、恥ずかしさと歓びが入り混じる。
全てを脱ぎ捨てた二人の身体が月明かりに照らされる。カナの指先が俺の肩から胸元へ、そして腰へと滑り落ちていく。その感触だけで、喉から甘い声が溢れる。
「もっと、聞かせて欲しい……」
カナが耳元で囁く。
恥ずかしさに頬が熱くなるが、彼の指が敏感な部分に触れるたび、自然と声が出てしまう。カナの手が俺の奥深くまで感じさせ、未知の快感が全身を駆け巡る。
「カナ……もう……」
限界を感じた俺を、カナは腕の中で強く抱きしめた。彼の温かな手が導くままに、俺は甘美な頂へと昇り詰める。
絶頂の後、二人は汗ばんだ身体を寄せ合い、同じリズムで呼吸を重ねていた。カナも同様の高みへ導こうとする俺の手を、彼は優しく止めた。
「今日はいい。お前が気持ちよくなってくれたから……」
その言葉に胸が熱くなる。カナは何も求めず、ただ俺を愛してくれている。
「でも……」
「焦らなくていい。今日は……ここまでにしよう。これからずっと一緒だろ?」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「マリは初めてなんだから。それに、俺……自分を止められる自信がない」
抑えた声。まるで何かを封じ込めるような、苦しそうな表情だった。
「俺の中にあるのはさ、綺麗な感情だけじゃない。ずっと、マリを狂いそうなほど求めてた……でも、それを見せたら、お前を傷つけるかもしれない」
胸の奥がじんわりと温かくなった。こんなにも思ってくれている。それなのに――。
俺はそっと、彼の顔に触れた。
「……だったら、見せろよ。カナの全部を」
彼の目が見開かれる。
「お前がどんな風に俺を思ってたのか……その気持ち、ちゃんと受け取りたい。怖くないよ」
少し間を置いてから、俺は言った。
「俺のこと……お前の好きなようにしろよ。覚悟は、できてるから」
その一言で、カナの瞳に変化が走った。これまで抑えていた感情の堤防が壊れたかのように、静かに揺れていた瞳に明確な意志が灯る。
「……本当に、言ったな?」
「うん。俺を、お前のものにして」
次の瞬間、カナの掌が俺の頬を包み込んだ。その熱さに驚く間もなく、唇が重なる。今度は躊躇いも、遠慮もなかった。情熱的で欲望を全て俺にぶつけて来るその姿は、写真撮影時に見た捕食者の表情だった。
舌が深く入り込み、俺の奥まで味わうように絡みつく。まるで魂まで飲み込まれそうな、今までとは違うキスに、思考は白く染まっていく。
キスは熱く情熱に満ち、彼の指先は渇きを癒すかのように俺の肌をなぞる。
耳元に落とされた囁きが背筋に電流を走らせた。
「マリ……壊してしまいそうなくらい、お前が欲しい」
「いいよ。壊しても、またお前が直してくれれば」
カナの手のひらが俺の胸から下腹部へと滑り降りる。内側へ、さらに奥へ。写真を現像する時の繊細さと、波が岸を侵食するような確かさで。
「あっ……」
彼の指が敏感な場所に触れ、声が漏れてしまう。でも、急に動きが止まった。
「待って」
カナが顔を上げる。困惑した表情。
「どうした?」
「準備……何もしてない」
その意味を理解するのに少し時間がかかった。ああ、そうか。俺も何も用意していない。今日、ここまでするつもりじゃなかったから。
沈黙が続く……。でも、ここで止まりたくはない。
「どうする……?」
俺が聞くと、カナは少し考えてから立ち上がる。
「ちょっと待ってて」
裸のままキッチンへ向かう、彼の背中を見つめる。何だろ……?
すぐに戻ってきた彼の手には、小さなガラス瓶が。
「これって……オリーブオイル?」
「うん。さっき料理で使ってたやつ」
カナが少し恥ずかしそうに笑う。
「昔、映画で見たんだ。こういう時、こういう使い方もあるって」
「映画で?」
思わず笑ってしまう。物知りなのが、なんかカナらしい。
「試してみる?」
俺が頷くと、カナが瓶の蓋を開けた。オリーブの香りが部屋に広がっていく。食欲をそそる香りなのに、今はやけに官能的に感じた。
「冷たいかもしれない」
そう言って、カナは手のひらにオイルを垂らす。両手で擦り合わせて温めてから、ゆっくりと俺の腹部に垂らした。
「ひゃっ……」
冷たい液体が肌を伝う感覚。でもすぐに、カナの温かい掌が追いかけてくる。
「ごめん」
オイルを広げるように、彼の手が肌を撫でる。マッサージするみたいに、ゆっくりと。胸、腹部、腰、太ももへ伸ばしていく。
胸をマッサージするとき、先端にふれると、自分じゃないみたいな声がもれてしまう。オイルでマッサージするといつもと違う感覚だ。カナが触るからかもしれないけど。
オイルで手が滑る感覚が、異様に気持ちいい。肌が敏感になっていき、彼の指先が触れるたび、電流が走る。
「気持ちいい?」
「……うん」
カナの手が、さらに下へ。腹部を指でなぞり、太ももの表面から内側に滑り込ませる。丁寧に揉みほぐされて、意識が真っ白になっていく。オイルが肌を伝い、月明かりに照らされて光っている。
「綺麗だな……」
カナがうっとりとした表情を浮かべる。俺を見る目がいつもと違う。ファインダー越しに見ていた時の、あの熱い視線を甘くしたような。
「もっと……必要だよな」
カナが再びオイルを手に取る。今度はたっぷりと。そして、もっと敏感な場所へと手を伸ばす。
「力抜いて」
優しく囁かれ、深呼吸する。
オイルが滴った指先に、ゆっくりと触れられた。円を描くように、慣らすように。
「んっ……」
変な感覚だ。でも嫌じゃない。
「大丈夫?」
「うん」
カナの指先が、触れた熱をゆっくりと沈めるように。オイルの滑らかさが、抵抗を和らげてくれる。
「痛っ」
「ごめん、ちょっとだけ我慢して」
痛い……。でも、オイルのおかげで、思ったよりマシだ。
カナの指が、慎重に動き、弄る。俺の中を確かめるように。オイルが、内側まで染み込んでいくような感覚。
「もう少し、慣らすから」
時間をかけて、ゆっくりと。指が動くたび、オイルの滑らかさと、内側からの圧力が混ざり合う。
「あっ……」
痛みがほどけ、震えが甘い波に溶けていく。
「大丈夫?」
カナがさらにオイルを垂らす。冷たい液体が、敏感な場所に触れる。
「……うん」
慣らすように、ゆっくりと。探るように、優しく動く。
「ここ好き?」
何かに触れられた瞬間、身体がビクッと跳ねた。
「っあ……!」
カナが悪戯な笑みを浮かべて、同じ場所を、何度も――執着的に弄ぶ。
痛みが完全に消えて、代わりに甘い痺れが広がっていく。
「カナ……これ、やば……」
「気持ちいい?」
「……うん」
認めるのが恥ずかしい。でも、嘘はつけない。
カナの指がゆっくりと離れる。名残惜しいような、安堵するような。
「マリ、もういい?」
カナの声が切羽詰まっている。彼も、もう限界なんだ。
「いいよ」
カナが俺の足を優しく開かせる。オイルをさらに足して――。
「痛かったら、すぐ言って」
そう囁いて、カナがゆっくりと身体を重ねてくる。
「んっ……!」
息が詰まる。これは、指とは――違う!!
「痛い……」
「ごめん……でも、もう少し……」
カナが動きを止め、深呼吸を促すように、額に優しくキスをする。オイルのせいで滑りやすい素肌に指を這わせ、まるで俺の身体を味わうように辿る。
「深呼吸して」
言われた通り、息を吸って吐く。その間に、カナが少しずつ進む。
じんわりと、カナの体温が俺の奥に伝わり、二人の体温は高まっていく。息を呑むほど美しい夜。
魂が擦れ合い、重なり合い、そして――。
二人の魂は1つになり、混ざり合い、溶け合う。
肉体よりも深く、言葉よりも確かに、俺たちはひとつになった。
「あ……っ」
繋がった。本当の意味で、1つになったのだ。
「マリ……大丈夫?」
カナの額に汗が浮かび、必死で我慢しているよううに見える。
「……動いて」
初めての感覚に戸惑いながらも、互いの体温を確かめ合うように絡み合い、彼の温もりが俺の内側まで満たしていく。本当の意味で彼を受け入れ繋がった瞬間、これが愛し合うということなのだと全身で理解した。
波の音が祝福のように響く中、カナの動きには抑えきれぬ欲望が宿っていた。彼の動きに合わせて、未知の快感が波のように全身を駆け巡る。痛みと愛おしさが混在する中、俺は彼の名前を呼んだ。
「カナ……あ……あ……もう、変になりそう……」
声が勝手に漏れる。カナの動きに合わせて、身体の奥から何かが込み上げてくる。
「マリ……我慢しなくていいよ?」
カナが俺の名前を呼ぶ声が、愛おしくて切なくて。
「カナ……もう、無理……」
俺も彼の名前を呼ぶ。二人の息の音が、波の音に溶けていく。
オイルで濡れた肌の擦れ合う音は淫靡だ。月光に照らされた身体。全てが甘美で官能的だった。
痛みが、完全に快感に変わった瞬間、身体の奥から甘い痺れが広がっていく。
「カナ……もう……」
「俺も……」
二人同時に、頂に達した。
カナが俺の上に崩れ落ち、二人の荒い呼吸が混ざり合い耳に響く。オイルと汗で濡れた身体を密着させながら、腕の中で息を整える。この全身の火照りには、今まで味わったことのない温かさが灯っている。
「マリ、痛かった?大丈夫?」
カナの声は掠れているが、幸福感で満たされた響きを含んでいる。
「ううん。意外と大丈夫だった」
嘘をつく。本当は少し痛かったけど、不思議と嫌じゃない。
カナと1つになれた――そう思った瞬間、その痛みさえも、幸福の一部に変わった。
カナが、俺の額に優しくキスをする。
「ありがとう」
その言葉に、胸が満たされる。俺たちはそのまま、しばらく抱き合った。
「マリ……お願いがあるんだけど……」
俺が彼に視線戻すと、真顔で続けた。
「もし俺が死んだら、やっぱり……俺の墓の上で踊ってくれよ」
思わず吹き出した。
「またそれかよ。それ、プロポーズみたいじゃん」
「うん。プロポーズだよ」
カナは照れくさそうに、それでいてどこまでもまっすぐに俺を見つめていた。
「だって、それくらいのことをしてほしいほど、マリのことが好きだから。本気なんだ。怖い?」
俺はしばらく見つめ返して、そっと額にキスを落とす。
「うん、ちょっと怖い。でも、嬉しい。……ありがと」
「マリ、愛してる」
カナは俺を強く抱きしめる。
その言葉に、俺は感動していた。
「俺も...カナを愛してる」
互いの腕の中で、二人は眠りに落ちた。波の音だけが静かに響く夜。この瞬間を永遠に記憶に刻みたいと願いながら。
◇
朝、差し込む日差しで目を覚ます。カナはまだ眠りの中だ。昨夜の出来事が夢のようでも、彼の体温が現実を告げている。少し背後がズキっと痛む。身体の奥に残る記憶が、頬を赤く染めさせる。
そっと起き上がり、窓から海を見渡す。波は昨日と変わらず寄せては返すのに、世界全体が違った色彩を纏っているように見える。
新しい一日の幕開け、新たな世界の始まり。
朝日に照らされた海面が煌めき、同じ景色なのに奥行きまで変化したように感じる。
「……マリ?」
背後からカナの声がした。振り返ると、髪を乱したまま、まだ眠そうな表情だった。
「おはよう」
「おはよう……何時だ?」
「まだ7時だよ。ゆっくりでいい」
カナはふわっと後ろから抱きしめてきた。じんわりと温もりに満たされていく。そして、二人で朝の海を眺める。
「マリ、昨日のこと……後悔してる?」
カナの声にはどこか不安が混じっていた。
「ううん。後悔なんてしてない。ただ……本当に俺たち結ばれたんだなって」
カナの方を向くと、朝日に照らされた琥珀色の瞳が綺麗で吸い込まれそうになる。彼は俺の手を取り、自分の胸に当てた。力強い鼓動が掌を通して伝わってくる。
「俺、幸せだ」
その率直な告白に、全身が優しさと穏やかさに包まれる。
「俺も幸せ」
正面から抱き合ってキスを交わす。朝の光に包まれた柔らかな一瞬。キスを終えると、カナは微笑む。
「カナ、昨日の撮影の写真って見せてもらえる?」
「いいよ。でも、帰ってからだ。現像しないと」
「じゃあ、次のデートは現像所だな」
俺の言葉にカナは、「デートか。いいね」と明るい笑顔を見せた。
朝食を簡単に済ませ、コテージの片付けに取りかかる。昨日のワインボトルを片付けながらカナが言う。
「マリ、これからどうする?」
シンプルな問いだが、未来への扉を開くような言葉だった。
「さあ、どうしよう。まずは帰るか」
「うん、そうだね」
「それから……一緒にいよう」
単純な言葉だが、それが全てを意味していた。
「うん、一緒にいよう」カナが頷く。
海辺のコテージで、二人の間に芽生えたものは確かだった。
「帰ったら、リョウに話すか?」
「そうだな。あいつなら理解してくれるはず」
「他の奴らは?」
「徐々にだな。急がなくていい」
カナは安堵したような表情を浮かべる。
「マリ、ありがとう」
「なんで?」
「俺の気持ち、受け止めてくれて」
「当たり前だろ。好きなんだから」
カナの目に涙が浮かぶ。
「おい、泣くなよ」
「泣いてないよ、バカ」
荷物をまとめて、大きな鞄に詰めこむ。最後にもう一度コテージを見回す。昨夜の記憶が染み込んだこの場所を、俺たちは名残惜しそうに背を向ける。
「また来たいな、ここ」
カナが呟く。
「うん、またここに来よう」
俺たちの映画のように、この夏の輝きが二人の未来を照らしていくのだろう。ただ、映画とは違って、俺たちの物語は終わりではなく、ここから始まったばかり。
コテージを後にし、駅へと向かう道中、カナは俺の手を握ってきた。
「みんなに見られるぞ」
「いいだろ。どうせ誰も見てない」
彼の大胆さに驚きつつも、しっかりと手を握り返す。
「まあ、そうだな」
朝の光の中、二人の影が1つに重なる。それは、これからの歩みを暗示しているようだった。
電車に乗り、工学寮に戻る途中、俺はカナの肩に頭を預け、昨夜の余韻を感じる。これから始まる関係に期待と不安が混在するが、今はただこの瞬間を噛みしめていたい。
上映会に向けた編集作業が俺たちを待つ一方で、最も大切なのは二人で踏み出したこの一歩だ。サマードレスに憧れていた俺たちは、自分たちだけの物語を紡ぎ始めていた。




