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銃とライオンと死体

作者: 清水進ノ介

銃とライオンと死体


 アメリカの田舎町に、一人の牧場主がいた。人里離れた場所で、孤独に牛を育て乳を搾り、ひっそりと生きている男だった。元々人付き合いが苦手なこの男は、自分の暮らしに一切の不満をもっていなかった。毎日変わらず牛の世話をする生活を、愛してさえいた。だがある日、その生活を脅かす輩が現れた。それは、どこからともなく現れた、一頭のライオンだった。


 ライオンは腹を空かせると牧場を襲い、牛を食い荒らし、男の生活は一気に苦しくなった。牛が唯一の収入源なのだ。それを食われては、生きていけなくなる。しかし貧しいこの男に、ライオンを退治するための銃を、買う資金などなかった。男は仕方なく街に出て、金を貸してくれる銀行や、格安で銃を売ってくれる店はないかと探してみたが、どこからも断られてしまった。男はひどく落ち込み、大きなため息をつくと、その様子を見かねた銃屋の店主が、事情を聞いてきた。


 男が事情を説明すると、銃屋の店主はにやりと笑みを浮かべ、とある取引を持ち掛けてきた。

「お前さんの牧場に、死体を埋めることは出来るか?」

「死体だと?」

「詳しい話は聞かない方がいい。社会には闇の世界がある。お前はただ、死体を埋める場所を提供すればいい」

「……牧場の端、牛から離れた場所なら」

「成立だ。銃はタダで提供してやるさ。その『恐ろしいライオンさん』を一発で仕留められるやつをな」


 男は背に腹は代えられぬと、その取引を受け入れ、銃を受け取ると店を去った。店主と店の奥にいたその妻は、男が話していたことを、不審に感じていた。

「ライオンってのは、なにかの隠語かい?」

「いいや、あの男は自分の牧場に、ライオンが出たと本気で言ってるだけだ。このアメリカの片田舎に、ライオンが出たとさ」

「薬物でもやってんじゃないの?ライオンがいるのは、アフリカでしょうよ」

「だから取引を持ち掛けたんだ。あんな頭のおかしい奴の言うことなんて、警察も信用しないだろうからな」


 その翌日から、牧場には怪しげな者達が出入りするようになり、穴を掘って死体を埋めていくようになった。男は自分の目が届く場所に死体を埋められるのは、あまりに不快だったので、牧場の端の端、普段は行くことのない場所に死体を埋めるよう指定した。怪しげな者達も、より見つかりづらい場所の方が都合がよかったので、それを了承した。男は自分が大切にしてきた牧場を汚されることには不満だったが、これでライオンから牛を守ることが出来ると安心した。


 だというのに、どういうわけかその日以来、ライオンが牛を襲わなくなった。銃はいつでも打てるように準備してあるのに、ライオンは姿を現さなくなったのだ。男は自分の行いを後悔した。ライオンがいなくなったのなら、わざわざ死体を牧場に埋める理由がない。銃を返せば、この取引は白紙に出来るのだろうか。しかしそんな申し出をすれば、自分が殺されてしまうのではないか。男が頭を抱えていると、ドアがノックされ「警察です」と荒々しい声が聞こえた。男が慌ててドアを開けると、十人以上の警官が、そこに立っていた。

「最近この牧場に、怪しげな人が入ってきたりはしていませんか?」

「い、いえ、別に……」

「はっきりと聞きますが、死体をこの牧場に埋めていませんか?」


 男は心臓が止まるかと思った。そして無意識に、死体を埋めている牧場の端の方へと、目線を泳がせてしまった。警官はそれを見逃さなかった。警官は男の腕をがっちりと掴んで、死体が埋められている場所へと歩いていく。そして穴を掘った形跡を発見し、そこを掘り返し始めた。男は全てを諦めた。このまま死体が見つかり、自分は逮捕されるのだろう。自分が殺したわけではないが、犯罪に加担したことは明らかなのだ。しかし、奇妙なことが起きた。掘り起こした穴の中に、死体が無かったのだ。あの怪しげな者達が、どういうわけか一度埋めた死体を、掘り出したとしか考えられなかった。男も警官達も困惑し、結局男は捕まらずに解放され、警官達は帰っていった。


 男はその翌日、銃屋の店主に昨日の出来事を報告した。店主はしばらく黙っていたが、一言「気にするな」とだけ言った。

「おれにも詳しいことは分からん。本当になにも知らん。おれとお前はただ、死体を埋める場所を、奴等に提供しただけだ」

「あのライオンもその為だったのか?」

「なんの話だ?」

 男は実際の所、死体が消えていたことよりも、ライオンのことを聞きたかった。突然現れ、そして姿を消したライオン。最初から死体を埋める場所を提供させる為に、あの怪しげな者達と、店主が結託して仕掛けた罠だったのではと考えていた。だが店主は「知らん」の一点張りで、まともに受け合おうとはしなかった。


 それからも奇妙な出来事はずっと続いた。怪しげな者達は、たまに牧場を訪れては、死体を埋めていく。そして警官が来る。そして穴を掘り返すが、やはり死体は消えているのだ。それが数か月続いた頃、ついに警察はしびれを切らし、男に取引を持ち掛けた。その日、男の自宅に訪れた警官は、一人だけだった。男と警官はリビングの机に向かい合って座り、警官はこう切り出した。

「いいですか。私の言う言葉をよく聞いてください。あなたは『勝手に自分の牧場に、死体を埋められた哀れな被害者』なのです。ですからあなたが私に事実を伝えたなら、あなたは警察の”協力者”になるのです。決して逮捕されたりはしません。なぜならあなたは被害者であり、協力者なのですから」

「……ライオンが」

「……ライオン?」

「ライオンから、牛を守りたかった、だけなんだ」


 警官は言葉を失った。質問の内容と、応答がかみ合っていない。男はこの時すでに、正気を失いつつあった。人付き合いが苦手で、神経質でもあり、日常に変化が発生することに、ストレスを感じる気質の持ち主。ここ数カ月続いた不安定な生活と、奇妙な出来事の連続は、男の精神をすり減らしていたのだ。警官は男に、警察署までの同行を求めた。男が薬物に手を出している可能性を考えたからだ。

「あなたは被害者であると、その考えは変えていません。あなたが反社会的な組織に利用されているのであれば、もしくは薬物に心身を毒されているのであれば、それは救われるべきです。治療が必要です」

「お前も、おれから、日常を、奪うのか」

「いえ、違います」

「お前も、ライオン、なんだな」


 男は懐から銃を抜くと、警官の頭へ発砲した。あまりに突発的な出来事に、警官は逃げることも出来ずに即死した。男は警官の死体を引きずって、怪しげな者達がいつも死体を埋めている場所へ向かった。そこに死体を埋めてしまえばいい。どうせその死体は消えてしまうのだ。そして男がその場所に、穴を掘ろうとしたその時だった。男は背後に、獣のうめき声を聞いた。振り返るとそこにいたのは、ライオンだった。

「あぁ、久しぶりだな」

 男は昔なじみの友人に再会したかのように、ライオンに笑顔を向けてそう言った。ライオンは牙を剥き出し、今にも男に襲い掛かろうとしている。男はゆったりとした動作で銃を持つと、ライオンの頭を打ち抜いた。


 男は晴れ晴れとした気持ちで、穴を掘り、そこに警官の死体と、ライオンの死体を一緒に埋めた。そして自宅に帰ろうとしたその時、男は怪しげな者達が、近づいて来ていることに気付いた。今日も死体を埋めに来たのか。そうだ、あの怪しげな者達も、全て殺してしまおう。そして穴に埋めてしまおう。どうせ消える。死体は消えてしまう。そうさ、証拠は消えてしまうのだから。そうすれば、日常が戻ってくる。ついでに明日になったら、銃屋の店主も殺しておこう。そうすれば、日常が帰ってくる。これで、全て、元通り。


 その翌日、複数人の警官が、男の元を訪れ事情を聞いていた。昨日ここに来た警官の、行方が分からないと。男は笑いながら、いつもの穴を調べてみればいいと言った。その直後、警官達は一斉に銃を抜き、男へと突きつけ、こう言った。

「死体が出た」

「……なに?」

「いつもの穴を掘ってみてから、お前の所へ来た。穴の中には、何人もの死体があった」

 男は無言で立ち尽くした。警官は銃を突きつけたまま、言葉を続けた。

「昨日ここに来た警官の死体。何人もの人間の死体。そして……」

「……そして……?」

「……ライオンの、死骸があった。あのライオンは、一体なんだ?なぜアメリカにライオンが、その死骸があそこに埋まっている?」


 その数日後、銃屋の店主は、新聞を読みながら、妻と話していた。

「あの牧場主の男、覚えているよな?」

「ライオンがどうとか言ってた、頭のおかしいあいつでしょ」

「あいつ、どうやらまともだったようだ。いや、ライオンのせいでまともじゃなくなったか」

「どういうことさ?」


 新聞には、こう書かれていた。

「容疑者の男の牧場から発見されたライオンの死骸は、サーカス団から半年前に逃げたものと判明。サーカス団は罰則を恐れ、それを警察へと報告していなかった。ライオンの胃の中からは、複数人の人骨が発見されており、牧場の穴から死体を掘り出し、それを食べ生き延びていたと予想される」


おわり

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