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落ちこぼれ幸福論

作者: メ々



 ショッピングモールの空きテナントを見て哀愁にふける。


 特別その店に思い入れがあったわけではない、もはや、なんの店がそこにあったかすら記憶していないが、ほかの店舗より少しだけ飛び出た区画の敷居がきっと営業中よりもそこの存在感を醸し出していたに違いない。

 商店街のシャッターも一等地に似つかわしくない“テナント募集”の張り紙がある空き家も、もとは私の知らぬところで夢と愛と、それから絶望を孕んだ時間を過ごしてきたに違いない、知ったことではないが。


 大学を辞めて一年、実家に戻った私には学んでいたモノの中途半端な知識と将来に対するただの不安だけが手元に残った。


 退学に至るまでに聞くも涙、話すも涙の苦労話がある———わけではない。 しいて言えば、自身のポテンシャルを過信していたというか、キャパオーバーしたというか。 何を言っても言い訳にしかならないのだが。


 明るく考えれば、人生の転換点だとか何とでも言えるだろうが、自分に言い聞かせる私の身にもなってほしい。  

 どんな事を考えたって負の(マイナス)方面へ連想する。


 こんな私のこと誰も必要としていない、自分の責任から逃げた愚か者、結婚や仕事、今まで描いた夢をすべて塵と変えた。


 はぁ、と細い溜息を吐く。


 私は何のために生きているのだろう、何をなすために生まれてきたのだろうか。

 生きる気力が湧かない。

 が、死ぬ気も起きない。


 今までがむしゃらに“何か”のために頑張ってきた、誰よりも頑張っていたはずだった。 「こんなはずじゃなかったんだ!」と叫びたい、一体誰に? 神様に? あぁ、そうだいっそ神様に縋りたい。

 助けてください、と。

 私はこんな人間じゃないんだ、と。



 私一人の自室で煙草に火をつける、はじめに吐いた煙には大きな大きな溜息が混じっていた。

 

 部屋に月明かりが差し込んでいる。


 私には少々明るすぎるスポットライトに辟易しながらウイスキーを注ぎ、一口。

 喉奥から伸びたアルコールの味が私を和らげる。


 グラスから一滴、水滴が太ももへと落ちた。


 「私なんかがまだ夢を追いかけていいのだろうか」

 自分に問いかける、きっとこんなこと聞いちゃいない、返答なんかあるわけがない。


 だがどうしてだろう、心の奥底で「まだやれる、まだまだこれからだ」と励ます声がする。 


 気のせいだ、きっとアルコールのせいだ、明日だってバイトがある、今日急に決まった予定だが。


 けどさ、なんだかなぁ、涙が止まらないんだ。



 私の復活劇はこれからだぞ、とか、やってやる、とか大きいこと言いたい気分なんだが、声が押し出せない、心が押し出せない。


 灰が吹く未来に希望を見てもいいのだろうか、今の私には夢だったその灰を拾い集め握りしめておくことしかできないだろう。


 私に何ができるだろう、私に何が成せるだろう、何も成せないかもしれない。

 

 今はきっと何も見えない濃霧の中をさまよい歩いている。


 何も見えないけれど、ただ明日だけは見えている、ほんの微かな光だけれど、今はただその光を追いかける他はない。


 ふと見れば落ちた水滴はすっかり乾いていた。


 こうして月明かりの(もと)一杯やるのも他の誰かにすれば小さな幸せかもしれない。

 

 だが今は、この小さな幸せを噛み締めていこう。


 そう心に決めてテーブルに置いたグラスの氷に月明かりが輝いていた。


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