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幸福な王子と渡り鳥の私

掲載日:2024/02/29


 私が愛した人は『像』だった。




 とある北国、小さな街。私が恋に落ちたその人は「幸福な王子」と呼ばれていた。正確な名前は分からない。

 

 かつてこの地を治め民から愛された貴方は、その瞳に青いサファイア。腰の剣には真っ赤なルビーが施され、体は贅沢にも金箔で包まれていた。

 


 そんな姿の貴方だからこそ気がついたのでしょう。自分を慕ってくれた民達の、現実の苦しく不幸な生活に。

 そんな姿の貴方だから思ったのでしょう。その民たちを救いたいと。

 そんな姿の貴方だからこそ、私は思ったの。この命を投げ打ってでも、協力してあげたいと。



 威厳を表す剣のルビーは飢えた母娘を助け、

 私と視線を交えたその青い目も、同じく貧しい青年と少女を助ける為に。



「王子様、それではキリがありませんよ?」

「いいんだ。今の私にはこれしか出来ない。……少しでも民が幸せになれるならそれでいい」 



 自らを犠牲にし、かつて愛した民達を救う為に奔走したかった貴方の為に。

 私がこの翼で奔走し、剥いだ金箔を民に配った。

 


「でも君はもう南に旅立たなくては」

「いいの。私は貴方を助けたいから、もうしばらくこの街ににいる事にしたのよ」



 それはきっと貴方の側に居たいがための言い訳で。

 


 間違いなくこの気持ちは『恋』。

 いいえ、もっと大きい。

 私は命をかけて貴方を愛したの。



「渡り鳥さん、君にはもっと早くに会いたかったよ。せめて目だけは最後まで残せばよかった。美しい声で話す君の姿をもう一度見たいと思う程……愛してしまうなんて思わなかったんだ」


「私も命をかけていいと思うくらい、愛していました。私はその言葉だけで十分幸せに旅立てます」



 だから私は、最後に目の見えない貴方にキスをして。と言っても、私の嘴が貴方の頬にカツンと音を立て当たっただけなのだけど。


 ……渡り鳥としての私は最後の時を迎えたはずだった。

 私が居なくなっても次に貴方の目と成り、手と成り、足と成り。尽くしてくれる誰かが現れる事を願って。



「……渡り鳥さん?」

 



 ◇◇◇



 

 私は人間の足を持って、今日も大地を踏み締め歩く。古いレンガ作りの街並みを抜け街の外に出ると、眩しいくらいに太陽が草花を照らしていた。


 渡り鳥として大空を舞っていた時とは違い、人間の足だと移動に時間がかかる。まだ八歳の子供である私は疲れてしまい、ちょうどよく木陰になっていた林檎の木の根元に腰を下ろして一息ついた。



 前世で私は鳥として、とある人を愛していた。と言っても、その人も人間ではなく『かつて人間であった像』なのだけど。

 それでも、愛した人に生物の種別としては近づいた事になる。私は人間として生まれ変わった事に、幸運を感じていた。

 


 彼もかつて、こうやって地面を踏み締めて歩いていたのだ。

 彼もかつて、こうやって木漏れ日の中からあの大空を見上げていたのだ。


 愛した人と同じ視線を持って生活できることが、楽しくて……幸せだった。 






「おーい、オリヴィア! 良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」



 幼馴染のティムが大声で叫びながら駆けてくる。



「じゃあ良い方から聞くね」



 せっかくあの人の事を思い出して幸せな気分に浸っていたのに。悪い話なんて本当は聞きたくもない。



「お前を探しているってお貴族様が村に来てる。なんでも赤毛で癖っ毛の女の子を探しているらしい。お前の事だろ?」



 私は街はずれの村で暮らす、ただの庶民だった。しかも赤毛で癖っ毛、いかにも庶民臭い。それをお貴族様が探しに来るなんて、どういう事なのだろう。



「なぜ私が探されないといけないの?」


「つまりな、お前を養子として迎え入れたいって意味だよ。なんでも、庶子として生まれた女の子がいるはずだって話だぜ」



 まさかの展開に目を見張る。


 確かに私には父親がおらず、体の弱い母親が細々と花を売って私を育ててくれた。私とは違って儚げな美人だった母親も……昨年亡くなって。私は天涯孤独の身だと思っていたのに。



「……じゃあ悪いニュースって何?」


「お前を探しているのが、悪名高いブラッドミール伯爵って事だよ」



 ――ブラッドミール伯爵。この隣の領地を治める領主で、領民には高い税を課し、自身は快楽に入り浸っていると噂される悪名高い伯爵だ。


 私は、そんな男の血を引いているというの……?


 今まで貧しいながらも人間として幸福に生きてきた私は、一気に地獄に突き落とされたかのような気持ちになった。




 そうして私は彼、ブラッドミール伯爵の養子となった。

 嘘だと思いたかったけれども、私の赤色で癖毛の髪は伯爵とそっくりで。否定のしようが無かった。

 

 母親を亡くして天涯孤独の身だった私に良くしてくれた村の皆は、私の姿を見てヒソヒソと陰口を叩き。

 幼馴染だったティムにさえ、最後には石を投げつけられた。


 角のない丸石だったから、血は出なかったけれども。

 代わりに私の心は血の涙を流した。




  ◇◇◇




 いざ養子になってみると、案外ブラッドミール伯爵は親切な人だった。


 まず無教育であった私に、許容量というコップから溢れるくらいの学をくれた。


 文字を知り、地理を学び、歴史を知る。


 中でも、かつて大空から地面を見下ろしていた私にとって地図は馴染み深い姿をしていて。国中の地図を眺めるのが私の趣味となった。


 そして貴族としての礼儀作法やマナー。歌やダンスまで、ありとあらゆる事を学ばせてくれたブラッドミール伯爵。

 


 かつて私が愛したあの人は「幸福な王子」と呼ばれていたのだから、きっと生前は王子だったのだろう。ならば、きっと同じような事を幼い頃から学んでいたに違いない。

 かつて愛した人と同じことを。それは私にとっての学ぶ意味であり、絶えず努力し続けるモチベーションの一つとなっていた。

 


 そうして庶民臭い赤毛の癖っ毛オリヴィアは、赤毛の巻き髪が美しいブラッドミール伯爵令嬢に姿を変えたのだった。




 ◇◇◇




「お父様。また税金を上げたのですか?」



 数年後。十六歳になった私は、ブラッドミール伯爵の事を「義父様」ではなく「お父様」と呼ぶまでに慕っていた。

 そのくらい、お父様は私に良くしてくれた。私は心からこの人の子供で良かったと思っている。


しかし、それと税金とは話が別だ。



「仕方がないだろう。税を上げてそれで福祉を整備しなければ、もっとこの領地は悪くなってしまう」



 政治に経済。難しい教育も私に施してくれたお父様。だからこそ、この課税が本当は領民の事を思っての策だと理解できる。庶民だった頃の私とは違い、税の意味・役割を理解し、必要なものなのだと胸を張って言える。


 しかし庶民だった過去があるからこそ、この課税がお父様の悪名を増してしまうものだと十分過ぎるほど理解できるのだ。



「それでお父様の評判が落ちてしまうなど、私は嫌ですわ」



 私の言葉を聞いてお父様は優しげに笑い、まるで幼い子供にするかのように私の頭を撫でた。



「そんなに私を思ってくれるのは清らかなオリヴィア、君だけだよ。君さえ理解してくれるなら、他の人間に悪魔だと言われようが構わない」

 



 

 自分の部屋に戻った私は、考え抜いた末決意する。



「決めた。私はお父様と領民、どちらも助けてみせる」



 広げたのは地図だった。あと必要なのは、近隣各国の年頃の王子や貴族達の情報。


 作戦はこうだ。『私が嫁ぐことによって結納金をたっぷり頂き、それで領内の福祉を充実させて税金は維持』

 こうすれば税金はそのままであっても福祉がしっかりする分、領民達の生活は楽になる。そうすればお父様の悪名も帳消しに!



「……きっと、元々はその為の養女だったのよね」



 お父様には、今は亡き正妻との間に一人息子がおり、将来は彼が後を継ぐことが決まっている。


 だからきっと私は、本来は婚姻に利用する為に連れてこられた駒。ならば私はお父様の為に、立派に駒としての役割を果たしてみせる。



 用意した情報と照らし合わせて地図を見ていると、私は気になる点を発見した。

 私がかつて渡り鳥として見てきた地理と近い場所がある。気のせいかと思い様々な記憶をたぐり寄せて思い出してみるが、確か街の名前も似たような感じだったように思う。



「あの後王子様の像は……どうなったのかしら?」



 装飾を全て剥がれ、みずぼらしい姿になってしまった王子の像。私はすぐに力尽きてしまったので、その後の展開は分からない。


 でも皆に愛された王子の像なのだから、きっとまだ大切にしてもらっているはずよね?



 隣の「フォンテーヌ王国」の「トルイユ」という街。

 かつて愛した人のその後が気になって仕方がなくなってしまった私は、初めてお父様に無理なお願いをした。それでもお父様は「いいよ。丁度その国には年頃の王子もいるし、どんな国か見ておいで」と、快く隣の国までの旅路を整えてくれた。

 

 ……お父様の真意に、私は気が付く事なく旅に出た。




 ◇◇◇




「わぁ、大きい街ね!」



 鳥として空から見ていた時はあんなに小さく見えていた街は、意外と大きかった。見る視線が変われば、物事は違ったような見え方をするものだ。


 私は馬車に乗ってトルイユの街の中心にある広場を目指していた。ここに王子様の像があるはずだ。

 


 あの時金箔を剥いだままの姿なのかしら?

 それとも、領民に愛された彼はまた装飾してもらっているのかしら?

 


 私はもう鳥ではないので彼と会話を交わすことは出来ないかもしれないけど、再び会えるんだと思うと胸が高鳴って、張り裂けそうだった。




 広場について、馬車が止まる。御者によってドアが開かれ、懐かしい空気が私の肺いっぱいに流れ込んできた。

 そうして、懐かしい空気を期待に変えて――馬車を降りたのに。


 

「……無い」

 


 かつて私が愛した人……いいえ、愛した像は無かった。


 隣にある噴水は以前のまま。むしろ以前よりも美しく、まるで造られたばかりのように見えるのに、像がないのだ。



「嘘、よね?」



 目の前の光景が信じられず、近くを歩いていた一人の民に尋ねた。



「こちらにあった、幸福な王子の像はどうなったのですか?」


「幸福な王子? さぁ、知らないね。私は昔からこの街に住んでいるが、この広場に像があった事なんてないよ」



 それでも信じられず様々な年齢・性別・職種の人に尋ねるが、誰もそんな像見たことも聞いたことも無いと言う。

 



 私は絶望で膝から崩れ去りそうだった。

 この街の情景も、この広場の様子も。あれほど以前とそっくりなのに、どうして像だけが無いというのか。

 


 自分が場所を間違えているとは思えない。


 だって私、あの教会の下で座り込んでいたマッチ売りの女の子にサファイアをあげたのよ?

 あの道の角を曲がった先にあるお家にだって、金箔を届けたのよ?



 なのに……どうして?



「オリヴィアお嬢様……」



 一緒に馬車に乗り付いてきていた執事が、心配そうに私の様子を伺う。


 ……そうだ。私は今はオリヴィア・ブラッドミール伯爵令嬢。もう渡り鳥だったあの時とは違うの。

 だから、いくら悲しくても足をつけてまっすぐに背を伸ばして、凛として立たなければ。



「ごめんなさい。……少し取り乱してしまったわね」


「いえ。複雑なお気持ちの所申し訳ございませんが、次の予定が入っております。どうぞ馬車の方へお戻りください」


 そんな予定入っていたかしら? 疑問に思いつつ私は馬車に揺られ、懐かしきトルイユの街を後にした。




  ◇◇◇




「ここは……?」



 私が連れて来られたのは、煌びやかな屋敷だった。道中の経路を地図と照らし合わせ考えると、ここは……このフォンテーヌ王国の王宮?



「オリヴィアお嬢様は本日こちらの王宮で第一王子のウィリアム様と顔合わせする事になっております」



 執事の説明に疑問を抱く。だってお父様はそんな事、一言も仰らなかった。



「……オリヴィアお嬢様を緊張させまいと思ったのでしょう」



 執事の解答になんとなく違和感を覚えながら、私は突然この国の王子と顔を合わせる事になってしまった。







 すっかり慣れたカーテシーで頭を下げ、この国の王子であるウィリアム様に敬意を示す。



「顔を上げてくれ。オリヴィア・ブラッドミール伯爵令嬢」



 耳当たりの良い優しい声だった。

 あぁ私は……かつて愛した人を想いすぎて、ウィリアム様の声まで彼と同じに聞こえてしまうのね。


 そう考えながら顔を上げた私は目を見張る。



 

 その腰に下げた剣には装飾として大きなルビーが施され、髪は金製品で出来ているのかと思う程の輝きを放っている。

そして私を優しく見つめる瞳はサファイアのようなブルーで……。




 私が愛した人と瓜二つの人物が、目の前に存在する。

 こんな事って……ある?




「私の顔に何か付いているか?」


「……いいえ。ただ、想像以上に素敵な方だったので、言葉に詰まってしまっただけですわ」



 お父様から仕込まれた淑女の笑顔でその場は誤魔化したが、私の心の高鳴りは止まらなかった。

 ……他人の空似だ。きっとこの国の王族は代々顔が似ているのだろう。





「だからね、私は王宮から街に降りるたびに金品を民に配るんだ」



 季節の花が咲き誇る美しい王宮の庭園。用意されたお茶の席で、私はウィリアム様の話を聞いていた。

 そして聞けば聞くほど……私が愛した人との考え方の共通点が浮き彫りになっていく。

 自らの身を切るようにして民に施しを与えようとする。まさに同じ考え方。



『王子様、それではキリがありませんよ?』



 私はかつてと同じ言葉を発する。


 本当にキリがない。だって、こちらは一人。民は何十万人。一日に百人に金品を配ったとしても、それだけで千日以上かかってしまう。

 


 ……お父様に学をつけて貰ったおかげで今の私には、以前渡り鳥だった時にどれほど無謀な事をしていたのかがよく理解できた。


 こういう時はそのような施しではなくて、本来政治的な手法を取らなければならない。

 王族が頻繁に手を加えずとも、自動的に皆が毎日の生活を豊かに送れるようになる様な……そんな方法を。

 



「そうだな。……かつてそのように私に助言してくれた人がいた」



 ウィリアム様はそう言って、手に持っていたカップを静かにソーサーの上に戻した。



「実は、私は未だその人を忘れられない。だからこの見合いの話は無しにしてくれないかと相談するつもりだったのだが。あの人と同じことを言う君なら、先に進んでも良い気がしてきたな」



 哀愁漂う表情。これはお見合いだったのかと驚くと同時に、そこまで想っている相手がいるのなら、その人と結婚すればいいのにと思ってしまう。



「そのお方は今どちらに? 私が知るご令嬢でしたら、よろしければお二人の仲を取り持たせてくださいませ」


「……頭のおかしな王子だと笑ってくれて構わないのだが。人では無いのだ。……鳥なんだ」



 その言葉で、私の中で事象の断片が繋ぎ合わされる。



 

 『幸せな王子』の像に、外見も内面もそっくりなウィリアム様。

 そんな彼は人ではなく鳥を愛して。

 かつてその鳥は「キリがない」と助言した。



 これは……私の事ではないだろうか。



 ならば私は、渡り鳥としての生を終えてその後の世界に転生したのではなくて。

 渡り鳥としての生を終えたあと、時を遡って過去に転生した事になる。

 そしてウィリアム様も、像として生きた記憶を持つという事は、同様に過去へと帰って来ているという事。



 まさかの奇跡に、手が震えた。

 それでも懸命にその手を握りしめて、発言する。

 


『私も命をかけていいと思うくらい……愛していました。私はその言葉だけで十分幸せに旅立てます』



 渡り鳥だった私の最後の言葉。それを聞いたウィリアム様は、ガタンッと音をさせて椅子から立ち上がり、私の真横まで来て肩を掴む。

 彼の震える唇は、開いては閉じられ、言葉を発するに至らない。



「またお会いできて嬉しいですわ、王子様」



 ウィリアム様は昂った感情に耐えきれなかったのか、私に縋り付くようにして涙をこぼす。


 私はそんな彼を優しく抱き止めながら、この奇跡に感謝した。

 


「どうか今回も私に手を貸して貰えないだろうか?」



 すっかり目を腫らしてしまったウィリアム様が紡ぐのは、実質的にはプロポーズ。王子様らしくない飾りっ気の無い言葉だが、私はそれが嬉しかった。



 だって私は飾りも何もかも全て無くした、貴方の像を愛していたのだから。

 


 私は心からの笑顔でそれをお受けして。ウィリアム様の手を包むようにして握る。



「今度こそ私達二人で、本当に民を幸せにしてあげましょうね」



 渡り鳥だった時とは違って、今の私にはお父様が授けてくれた溢れんばかりの知識がある。



 きっと今度は上手くできるはず。

 今度こそ、ウィリアム様は死後に像としてではなくて。生きている間に貧しい民を助ける為に行動を起こすの。

 


「但し私より先に逝くのは禁止だ。像の時からの想いを拗らせた私の愛は重いぞ」


「ふふ。像は何製であれ重いものですからね?」




 そうして私達の吐息は、時空を超えて初めて甘く交わる。

 

 


 かつて死後に宝石を配る事でしか民を幸せにできなかった王子と、それを手伝う事しかできなかった渡り鳥が――。

 

 ――今度は二人で手を取り合って、政治で民を幸せにしてみせる。


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