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第7話 マノンのファッションショー

 ――わぁ、す、すごい……!!


 町の市場までやってきたマノンは、その反響ぶりに思わず目を輝かせた。

 通り道を作るかのように、両側には様々な分野の出店が並んでいる。食べ物屋は勿論、衣装屋、アクセサリー屋、鞄屋、武器屋、宝石屋、中には少し変わった占い屋なんてものもある。


 マノンは剣士協会の剣士として稽古漬けの毎日で、オシャレとはかけ離れた生活をしてきたため、仮に衣装屋やアクセサリー屋に入ったとしてもどれが良いものなのか、どれが自分に似合うものなのか、何も分からないから店員に迷惑だな、と思う。

 武器屋に行って、剣士協会から持ってきた剣よりももっと性能がいいものを探して、ニーナにプレゼントするのもいい。

 マノンがそんなことを考えながら、両側にある出店をキョロキョロと見回していると、


「マノン、タリス家での生活はいかがですか?」


 不意に、隣を歩くニーナが尋ねてきた。


「……え?」

「マノンがわたくしたちとの生活を楽しんでもらえているか、気になってしまって」


 ニーナの表情は先ほどまでとは打って変わって暗くなっており、マノンの方を見ずに足元の地面を見て俯き加減になっている。

 急にどうしたのだろうか。もしかしたら、知らず知らずのうちにマノンがニーナたちタリス家の人たちに対して失礼な言動をしてしまったのかもしれない、とマノンは冷や汗をかく。

 だが、思い返してみれば、ニーナは「マノンが」今の生活を楽しんでいるか、と尋ねてきた。つまり、マノンのことを心配してくれているのだ。


「とても楽しいですよ。剣士協会ではこんな生活をしてこなかったので、新鮮ですし。勿論、お嬢様に剣術の稽古をつけたり、反対にお嬢様に魔法の稽古をつけてもらったりする日々も充実していて、わたしはなんて幸せ者だろうって、寝る前にいつも思うんです」


 咄嗟に尋ねられたものだから、マノンは素直な気持ちと毎日の出来事を述べた。


「こんなので、お嬢様に満足していただける答えになっていますでしょうか……?」


 タリス家での生活が楽しいことは答えになっていると思うが、流石に毎晩幸せを噛み締めていることは質問内容に何も関係していなかった気がする。それに、何を大袈裟な、と笑われてしまうような内容だ。蛇足、言わなくてもよかったことだ。

 途端に恥ずかしさと不安で心配になり、苦笑しながらニーナに尋ねて、マノンはハッとした。


 ニーナが両目からポロポロと涙を流していたのだ。


「お、お嬢様!?」

「え、ええ、勿論、ちゃんと答えになっていますわ! マノンに楽しいと思ってもらえていただけで、わたくしはもう大満足ですもの!」


 ニーナは声を震わせながらも歯を見せて笑った。


「ではマノン、まずは衣装屋さんに行きますわよ!」

「えっ、お嬢様! 走ると危ないですよ!」


 溢れた涙を拭い、目当ての店へと走り出すニーナ。

 マノンは慌ててその後を追いかけた。


「――――――」


 そんなマノンの後ろ姿を見て、足を止めた人物がいたことには、当然マノンは気づかなかった。


 * * *


 おしゃれな外装の衣装屋の内装は、外装に負けず劣らずの素晴らしさだ。店員たちも色々なファッションスタイルに身を包んでおり、マノンが今まで見てきた剣士協会とは完全に別世界である。

 と言っても、剣士協会は剣士として一人前になるための訓練所のようなものであるため、所属剣士全員が制服――鎧と軍服を着ていたのだが。


 時折、通りすがりの店員に挨拶されてペコリと会釈をしつつ、ドギマギしながら衣装屋を見渡したマノンは、真剣に衣装を見ているニーナに尋ねてみた。


「お嬢様、何か欲しい衣装があるのですか?」

「いいえ、今日買うのはマノンの衣装ですわ」

「わ、わたしの……?」


 さも当然かのように言われ、マノンは驚いてしまう。

 買い物に付き合ってほしいと言われたのだから、てっきりニーナが目当てのものを買うのに付き合うのかと思っていたのだ。まさか、マノンのために買い物に来てくれたなんて。

 本来であれば素直に感激したいところ。しかし、マノンは完全に感激することはできなかった。


「お気持ちはありがたいのですが、今持っている二着を使い回せば困りませんよ?」


 剣士協会でも鎧と軍服を二着ずつ所持し、一日ごとに着るような生活を送っていたため、マノンに服をたくさん持つ習慣はないのだ。本当ならニーナも欲しいものがたくさんあるだろうに、絶対に服が必要というわけではないマノンのために買ってもらうのは気が引ける。

 せっかく買い物に来たのだから、ニーナにはニーナが欲しいものをたくさん買ってほしいのだ。

 しかし、ニーナは諭すようにマノンの両肩に手を置いてきた。


「そういう問題ではありませんわ! マノンはわたくしの侍女、剣術の師匠である前にわたくしの友達ですもの! 友達の衣装が侍女用のものしかないだなんて、わたくしは嫌ですわ」

「と、とも、だち…………」

「もしかして、わたくしと友達なんて、マノンは嫌ですの?」


 マノンの両肩から手を離し、潤んだ瞳で見つめてくるニーナ。マノンは慌てて首を横に振り、


「ま、まさか! お嬢様に友達認定していただけるなんて、身に余る光栄です……ありがとうございます……!」

「それに、こんなに身体が引き締まったマノンなら、似合う服がたくさんあると思いますの! これは厳選しがいがありますわ!」


 腹部や腰のくびれを興味ありげに見つめられ、マノンは思わず声を上ずらせた。

 確かに剣士協会で先輩剣士から鍛え上げてもらった成果と言ってもいいが、それにしてもニーナは見るからにウキウキしている。

 マノンのことでこんなにも楽しんでもらえるなんて。マノンは嬉しさ半分、驚き半分でニーナを見つめた。


 それからは一瞬だった。気がつけば、試着室はニーナによるマノンのファッションショーと化していたのだ。

 衣装のセレクションは全てニーナで、マノンは渡された衣装をただ着ていくということを繰り返す。

 それぞれの着替え終わったマノンが試着室のカーテンを開けるたびに、ニーナは歓喜の声をあげた。


「マノンの髪は濃い青色ですから、緑色とか水色とか寒色系が似合うかなと思ってましたけれど、黄色とか桃色とか明るい色も似合いますのね!」

「あ、ありがとうございます……」

「マノン、あなた、天才ですわ!!」


 用意してきた衣装を見比べながら興奮しているニーナは、マノンにグイと近づいて鼻息荒く綺麗な瞳をギラギラと輝かせた。

 タリス家での生活から、ニーナが自由奔放で活発で好奇心旺盛であるということはマノンにも分かりつつあったが、ここまで興奮している彼女を見るのは初めてだ。


 ニーナに真正面から見つめられ、マノンの体が悲鳴を上げたのだろうか、マノンのお腹からくぅと可愛らしい音が鳴った。

 恥ずかしさで顔を赤くするマノンだが、ニーナはそれに気づかずに壁掛けの時計を振り仰いだ。


「もうお昼ですか。確かに、少しお腹が空いてきましたわね」

「でしたら、わたしが食べ物屋で何か買ってきますよ。何を召し上がりたいですか? お嬢様」


 お腹を押さえるニーナにそう提案するマノン。しかし、ニーナは信じられないと言いたげに目を見張り、


「まぁ、わたくしがマノンを誘って来てもらったのに、マノンに買いに行かせたりしませんわ!」


 そう言いつつ、選んできた衣装のほぼ全てを抱え込んだニーナは、風のような速さで会計を済ませて店を出た。


「わたくしが行ってきます! 美味しそうな料理をたくさん買ってきますわ!」

「お、お嬢様、流石にたくさんは――って、わたしが行きますよ……!」


 慌ててニーナの後を追いかけて息を整えているマノンに人差し指を立て、ニーナは茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。


「マノンはここで待っててくださいな! これは命令ですわ!」


 これまた風のような速さで食べ物屋へ走っていったニーナは、マノンが何か言葉を発する前にもう見えなくなってしまった。

 衣装屋から食べ物屋までの大体のルートは頭に入っている。マノンが一つ息を吐いてニーナを追いかけようとした時、背後から声をかけられた。


「……マノン?」

「せ、セラ先輩……!」


 聞き覚えのある声に、マノンは弾かれたように振り返る。

 そこに立っていたのは、剣士協会でマノンに剣術を叩き込んでくれた先輩剣士だった。

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