第26話 契約破棄
「お父様のところに一緒に来てもらうよ、セラさんん。悪いけど、僕を攻撃してきたことを見逃すわけにはいかない」
言うが早いか、強い力でセラを肩に担いだジークは、父イーサンがいる書斎へと向かった。
道中でセラがいくら「下ろしてください」と懇願しても、聞く耳を持たないまま。
暴れたくても、魔法の攻撃で痛むセラの体は思うように言うことを聞いてくれない。
セラの焦りが募る一方で、ついにジークはイーサンの書斎の前までやって来た。彼の威厳を物語らんばかりの大きな扉をノックしようと、ジークが手を伸ばす。
「お父様、ジークです。お邪魔してもよろしいでしょうか」
「ああ、いいぞ」
部屋の中から聞こえたイーサンの返答を聞いて、ジークが扉のノブをねじる。
その瞬間、セラは自分の目を疑った。扉をノックして入る瞬間、ジークがニヤリとほくそ笑んだからだ。
――この男……!
確実にジークは何かを企んでいる。何かは分からないが、きっと良くないことに違いない。
胸がざわつくのを感じつつも、セラはジークの肩に担がれたまま何もできずにいる。
「失礼いたします」
ジークが礼をして書斎に足を踏み入れると、その中にいたイーサンと妻のカミラが彼の方を向いた。
「あ、お母様もいらっしゃったのですね。ちょうどよかった」
「ジーク、肩に担いでいるその方は……」
当然、カミラにジークの肩に担がれたセラについて尋ねられる。
不信感というよりも戸惑いの表情を露わにしている彼女に、ジークは淡々と告げた。
「セラさんです。マノンちゃんがこの家を出て行ってしまったことへの報復なのかは分かりませんが、いきなり僕のところに乗り込んできたんです」
ふらふらとよろめきつつ、床に片膝をつくジークは、まるで自分が悲劇のヒーローであるかのような口ぶりで話す。
「僕がやっとのことで取り押さえました。お父様とお母様にお怪我がなくて本当に良かった」
「ジーク様、ありもしないことを言わな――っ!!」
ジークの妄言を止めようと口を開いた瞬間、セラの背中は思い切り床に叩きつけられた。ジークの指が首に食い込み、キリキリとセラの息を絞めてくる。
「剣士協会の第一剣士だろうが、マノンちゃんの師匠だろうが、僕たちタリス家の平穏を脅かすような奴は絶対に許せません」
イーサンの方を見上げ、正義感に満ちた表情で告げるジーク。イーサンにもカミラにも、嘘偽りのないまっすぐな瞳に見えていることだろう。
ただ一人、セラだけが分かっている。ジークの正義感が嘘偽りにまみれたものであると。
「お父様、マノンちゃんとの……剣士協会との契約は破棄すべきです!」
ジークの言葉に、イーサンは眉を寄せたまま黙った。考え込んでいるというよりも、どんな結論を出せばいいか分かりかねているようだ。
彼の代わりに口を開いたのはカミラだった。
「セラさんには以前、ニーナもお世話になったのでしょう? とてもそんなことをするような方には思えませんが……」
「その時の姿は、おそらく僕たちを油断させるためのものでしょう。現に、こうやって僕を襲いに来たのが何よりの証拠です」
ジークに首を押さえつけられているセラは、薄目で彼を見上げた。
イーサンの書斎に入る瞬間ニヤリとほくそ笑んでいたジークからは想像もできないほど、悲しさと正義感に満ちた表情で、まっすぐ両親を見つめている。
――そん……な……っ!
ジークに押さえつけられている以上、セラが自由に発言することはできない。ジークの姿が偽物であることも、イーサンとカミラに伝えることができないのだ。
ただ、ジークが描いたシナリオ通りに事が進もうとしているのを見守ることしかできない。
ここで変にセラが抵抗すれば、イーサンとカミラまでをも襲おうとしているように捉えかねない。
タリス夫妻にそんな勘違いを起こされなくとも、きっとジークがセラの抵抗を自分のいいように利用してくるに違いない。
だから、セラはじっとしていることしかできないのだ。それがたまらなく悔しく、不甲斐なかった。
大事な後輩の、マノンのためにタリス家へ赴いたのにこの有様なのだから。
「剣士協会とは揉め事も起こさず穏便な関係を築き続けていきたかったのだが……」
「お父様! そんな風にしているといずれ、タリス家が本当に滅亡してしまいますよ! 剣士を軽く見てはいけません!」
「ジーク……」
イーサンは唸るように息子の名前を呼び、もう一度熟考するように瞼を閉じた。そして再度目を開く。その瞳は、迷いなく決意を固めたように見えた。
「……分かった。今日付で、マノン・スワード及び剣士協会との契約を破棄しよう」
イーサンは、自分の妻のカミラと魔法協会の会長助手であるジークがいる前で、そう宣言した。
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