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第23話 怒りを抑えて

 翌日、セラはタリス家へ向かった。マノンに連れられて一度訪れて以来、二度目の来訪である。

 あの時は侍女としてのマノンの姿を見るのも目的の一つだったため、多少なりとも楽しみはあった。しかし、今セラの胸に湧き上がっているのは負の感情――怒りと悲しみだけだ。


 しかし、セラが感情的になってはいけない。あくまでも俯瞰的に、冷静に、落ち着いて、ニーナの兄であるジークから話を聞かなければならないのだ。彼がどうして、マノンを目の敵にして攻撃してきたのか、ということを。


 タリス家に着いてから、セラは一つ深呼吸をして、呼び鈴を鳴らした。

 しばらくして、目の前のドアが音を立てて開かれる。中からひょっこりと顔を出したのはニーナだった。


「はい。……あっ、セラさん」

「ご無沙汰しております、ニーナお嬢様。剣士協会所属・第一剣士、セラ・クシフォでございます」


 セラは胸に拳を当てて頭を下げ、ニーナに向かって剣士流のお辞儀をした。

 次にセラが頭を上げたとき、ニーナは不安そうな表情でセラを見つめ、


「セラさん、マノンがどこに行ったかご存知ですか? 朝目を覚ました時にはもういなくて――」

「その件でお話に伺いました。ジーク・タリス殿を呼んでいただけますか?」


 ジークは魔法協会会長の助手だ。仕事などを理由に逃げられる訳にはいかない。

 セラはニーナの言葉を遮るようにしてそう尋ねた。


 いつ話してもいい内容とはいえ、いつまでも猶予を持っていいものでもない。マノンが心身ともに傷ついているのだ。その傷を、セラは先輩として早く癒してあげなければいけない。



 * * *



 しばらくしてから、セラはタリス家のメイドに連れられて、ジークのところへ案内された。

 ニーナも話を聞きたいと言ってきたが、愛する兄が剣士と言い合いをしている姿など見たくないだろう。だから、ニーナには魔法の特訓や剣術の稽古をしておくように頼んでおいた。


 メイドの後ろを追いかけながら、セラは長い廊下を歩いていく。


「こちらでございます」


 メイドに案内されて、セラは目の前の大きな扉を見上げた。

 マノンに連れられて一度来た時も、タリス家の内装をたくさん見たが、ここまで大きな扉を見るのは初めてだ。


 この扉の向こうにジークがいる。


 セラは心を決めて、扉をノックした。


「何だ?」

「ジーク様、剣士協会の剣士様がお見えです」


 扉の向こうから聞こえてきたジークの声に、メイドが応答する。

 すると、大きな扉が開いて中からジークが顔を出した。


「どうも、初めまして。魔法協会会長助手を務めております、ジーク・タリスと申します」

「剣士協会所属・第一剣士、セラ・クシフォです。お忙しい中お呼び立てしてしまい、申し訳ございません」


 胸に拳を当てて剣士流のお辞儀をしつつ、セラは謝罪の言葉を口にする。

 だが、ジークは優しそうな笑みを浮かべて、


「いえ、とんでもない。ちょうど休憩時間だったものですからご安心を」


 そう言って、扉を最後まで開けてセラを中に通してくれた。


 ――この男が、マノンを傷つけたのか。


 爽やかな笑顔を張りつけた魔法使いを、セラも笑顔で応じながら見つめる。

 ジークの部屋の中は、綺麗に整理整頓されていた。部屋の最奥には書斎のような机と椅子が並べられ、両脇の本棚には無数の本が置かれている。


 机を挟んで向かい合う形で座ってから、ジークが「それで、今日はどんなご用件で?」と話を切り出してきた。


「単刀直入にお尋ねいたします。ただいま、タリス家に協会の第二剣士であるマノン・スワードが侍女実習に伺っていると思いますが、彼女が何かご迷惑をおかけいたしましたか?」

「迷惑、ですか?」


 ジークは不思議そうに目を丸くした後で考え込むような仕草を見せてから、


「……いえ、特には何もありませんよ」

「そうですか……それならば良かった。彼女は私の直属の後輩なのですが、実習前からとても不安そうにしていましたので、心配になりまして」

「へぇ、マノンちゃんの先輩なんですね。どうりで、マノンちゃんがあれだけ強いわけだ」


 マノンはジークに魔法での攻撃で一方的に攻められたと話していた。

 ジークの言葉が本当ならば、マノンは攻撃を受けつつも必死に防御に徹していたということになるが……。

 マノンのしっかりとした防御が、ジークに強いという印象を抱かせたのだろうか。


 後輩の頑張りを心の中で褒めつつ、セラはさりげなく尋ねてみる。


「強い……ジーク様は、マノンと剣を交えたことがおありなのですか?」

「正確には、僕が魔法で彼女が剣でしたけどね。楽しかったですよ」


 ――楽しかった……? マノンを一方的に傷つけておいて……!


 せっかく冷静になろうと思ったのに、耳を疑うようなジークの言葉がセラの怒りを沸かせてきた。


 フラッシュバックを防ぐためにマノンの前では触れなかったが,マノンは見習い時代とは比にならないほどの重傷を負っていた。

 華奢な身体を容赦なく蝕む痛々しい傷の数々は、傷を見慣れているセラでさえ目を背けたくなるほどだった。


 外側からは見えないものの、その傷だらけな身体と同じくらい、あるいはそれ以上の心の傷も負ったはずだ。


 心身ともにマノンを深く傷つけておいて、自分は戦いに楽しみを見出しているジークが、セラには信じられなかった。


 しかし、ここで感情を剥き出しにすれば、しっかりとした話し合いができない。

 セラは沸いた怒りをなんとか押さえつつ、再びジークに問いかけようと口を開いた。

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