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第19話 教える価値

「剣術が不要だってこと、マノンちゃんに身をもって教えてあげるよ」


 ジークが手のひらを掲げた瞬間、その手のひらから炎魔法が繰り出された。咄嗟に体を引いて避けたマノンの視界に、ジリリと音を立てて焦げた毛先が写る。

 済んでのところだった。もし、あと一秒でも回避が遅れていたら、マノンの顔面は大火傷をしていただろう。


「……っ、ジーク様!」


 マノンは制止の声をあげる。

 わけがわからない。なぜジークはいきなり攻撃してくるのか。


 だが、ジークはマノンのことなんて気にも留めていない様子で目を瞑り、小さく詠唱している。

 ひとまずジークから距離を取って戦法を考えなければ。

 そう思いつつ、マノンが右足を下げた時だった。


「ああっ!」


 全身を貫くような痛みが右足から走り、マノンの体がビリビリと痙攣する。見下ろせば、右足が踏んだ床に紫色の魔法陣が現れていた。


 ニーナに魔法の稽古をつけてもらっているから分かった。これは雷魔法による攻撃だ。


 マノンが距離を取るだろうと睨んで、ジークが仕掛けていたのだろうか。もしくは、遠距離で即座に魔法を放ったか。

 いずれにしろ、ジークの手のひらで転がされているのは明白だった。


 思わず膝をつき、痛みと痺れに耐えるマノン。


「ほら、剣術なんて何の役にも立たないだろう?」


 マノンが顔を上げると、ジークが呆れたようにマノンを見下ろしていた。

 感情が読み取れない冷たい瞳。しかし、ジークがマノンに対して向けている敵意は確かに伝わってくる。


「そんな……ことは……っ」


 少し体が痙攣しただけのこと。マノンは自分を奮い立たせ、無事な左足を踏み込む。

 距離を取るのが無理なら、近接戦で乗り切るしかない。


 掛け声とともに前に踏み切り、剣を振り上げる。

 しかし、ジークが長身をわずかに傾けただけでマノンの剣撃は空を切った。


 ――かわされた!


 ジークを見上げたマノンの目に映ったのは、彼の冷たい瞳だった。思わずゾッと背筋が凍る。


 ここでマノンが負けてしまえば、剣術が魔法よりも劣っていて何の役にも立たないことを証明してしまうことになる。ニーナがせっかく稽古に励んでくれていたのに、そんな無様な結果にできるわけがない。


「っ――!!」


 今度は横に剣を振り切るが、それも難なく回避された。


 対剣術の動きや攻め方は見習い剣士時代にセラに猛特訓してもらったし、それを今ニーナに稽古で教えているところだ。

 対剣術の動きなら余裕で立ち回りもできただろう。しかし、相手が魔法使いならば話は別であると、思い知らされているようだった。


 剣を横に振り切り、身体を開いてしまったことで正面に隙ができてしまった。当然、ジークが見逃すはずがない。


「そこ、ガラ空きだよ」


 言うが早いか、ジークはマノンのみぞおちへ両手をかざし、水球魔法を飛ばしてきた。

 たまらず吹っ飛ぶマノンを、今度は長く伸びたツルが絡めとる。


 ――しまっ……!


 マノンは焦るがもう遅い。

 ツルはマノンの体に絡みつき、軽々と持ち上げてきた。ツルに巻かれているせいで剣を振れないどころか身動きも取れない。

 ツルから逃れようともがけばもがくほど、ツルはマノンの体を締め上げてくる。


「くうううっ!」


 キリキリと締め上げられる痛みと、呼吸がしづらくなる息苦しさが同時にマノンを襲う。

 ツルは荒れ狂う波のように四方八方に波打ち、稽古場の壁にマノンの身体を何度も何度もぶつけてきた。

 右へ、左へ、前へ、後ろへ、容赦なく揺られたマノンの意識はクラクラとしてくる。


「こんな弱さで、ニーナの師匠なんてやるな!」


 ジークが右腕を一気に振り下ろす。ツルはそれに倣ってマノンの身体を床にめり込ませた。

 耳をつんざくほどの爆音とともに、稽古場の床を成していた木材が一斉に破壊された。

 マノンはしたたかに地面に背中を打ちつけ、痛みに悶える。


「もうそろそろいいだろう。終わりにしよう」


 ぼやける視界の中で、ジークがマノンを見下ろしたまま近づいてくる。ジークは膝を折ってしゃがむと、勢いをつけてへこんだ床に飛び移り、仰向けに倒れたマノンの上に馬乗りになってきた。


「これで分かっただろ、マノンちゃん。圧倒的な魔法の前には、剣術なんて意味をなさない。こんなもの、ニーナに教える価値があるかい?」

「で、ですが――うっ!」


 マノンが口を開こうとした瞬間、ジークの大きな手がマノンの首を掴んだ。その力はどんどん強くなっていき、マノンは短い呼吸をしながら悶える。


「教える価値なんて、ないだろ!?」


 首を握り潰されるのではないかと思うほど、ジークの力がさらに強くなる。


 ――だめ、殺される。


 マノンが苦しみに声をあげ、本気で死を覚悟した時だった。


「……マノン!!」


 マノンの耳に届いたのは、自分の名前を呼ぶ弟子の、そして師匠の、何より主人の声だった。

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