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第18話 制裁

 相手の剣撃を受け流して、さらに攻撃をする。

 見習い剣士時代、マノンがセラから教えてもらったことに起因している稽古だ。

 自衛をしつつ攻めに出なければ、実戦では自分が不利になってしまう。

 それをニーナにも分かってほしいと思い、稽古を開始したのだが……。


「難しいですわね……」


 ニーナは剣を下に下ろし、ため息をついた。

 今のニーナは相手の剣撃を受け止めることに関しては申し分ない。しかし、そこから攻めの体勢に入るまでに隙ができてしまうのだ。


 この稽古をやる前にまず姿勢の切り替えを素早くする稽古をするべきだったか、とマノンは後悔した。


「すみません。もう少し難易度を調節します」

「いえ、そのままで大丈夫ですわ!」


 ニーナも難しい稽古より難易度を下げた方がやりやすいだろうと思ったのだが、マノンの予想とは違ってニーナは首を横に振った。


「この型を習得できれば、もっと強くなれるのでしょう? わたくし、頑張って剣術の方も強くなりたいですもの。絶対に途中で投げ出したりしませんわ!」


 ニーナの真剣な表情に気圧されつつも、マノンは感激する。ニーナが前向きに頑張ろうとしてくれることが、素直に嬉しかったのだ。


「お嬢様……! はい、わたしも全力でお教えします、一緒に頑張りましょう……!」

「ご指導、お願い致します、マノン師匠!」


 二人は互いに微笑み合い、再び稽古に戻った。



 * * *



「おはようございます、お嬢様」


 翌朝、いつものようにマノンが稽古場に行くと、そこにニーナの姿はなかった。


「お嬢様、まだ来られてなかったか……」


 ニーナはいつもマノンよりも早く稽古場に来ていた。だが、たまにはマノンの方が早く来ることもあるだろう。


 先に素振りをして体を慣らしておこうと思い、マノンが腰の鞘から剣を抜いた時だった。

 ふと、マノンは人の気配を感じ取った。

 よく目を凝らして見ると、灯りのついていない暗い稽古場に、確かに人影がうっすらと見える。


 マノンが気づかなかっただけで、ニーナはもう来ていたのだ。

 そう思ったマノンはその人影へ駆け寄っていく。


「お嬢さ――」

「やあ、マノンちゃん」


 その人影の正体は、ニーナではなかった。ニーナの兄であるジークだったのだ。


「じ、ジーク様……? お、おはようございます……」


 マノンは長身の彼を見上げ、慌ててお辞儀をする。

 どうしてジークがこんなところにいるのだろう、とマノンの胸に疑問が湧いた。イーサンとカミラはこれまで何度も剣術の稽古の見学に来てくれていたが、ジークは今まで一度も来たことがなかった。

 だから今日来てくれたのだろうか、とも思うが、それにしてもニーナがまだ来ていないのは何故なのだろう。


 単なる偶然か、それとも……。


 ジークなら何か知っているかもしれない。そう思い、マノンがニーナの居場所を尋ねようと口を開きかけた時。


「ニーナなら自室だよ。もう剣術の稽古はしたくないんだって泣いてた」

「えっ……?」


 まるでマノンの心を読んだかのように、ジークがそう言葉を投げかけてきた。


「ど、どうして……」


 確かに、昨日の稽古はニーナにとって難しすぎたかもしれない。

 だが、難易度を調節すると言ったら、ニーナはもっと強くなりたいから、絶対に途中で投げ出さないと言ってくれた。


 だからマノンはニーナがあの型を習得できるようになるまで全力で教えようと思ったのだ。


 ――その矢先だった。


 ジークが悲しそうに息を吐き、


「僕にはどうしてか分からないよ。マノンちゃんが待ってるから稽古場に行くように勧めても、ニーナ、号泣しながら嫌がってた。マノンちゃん、君、どれだけきつい稽古をニーナにつけてるんだい?」


 マノンは何も言えず歯噛みした。昨日の稽古がニーナにとってきついものだったことは事実だ。


 今まで新しい型を教えても必死に食らいついてくれたニーナの顔が初めて苦しそうに歪んでいたのだから。

 きっと、頑張ると言っても身体的にかなりしんどいものだったのだろう。


「申し訳ございません。昨日の稽古はお嬢様にとっても大変なものだったと思います。やはり、もう少し難易度を調節して――」

「……いずれ、こうなるだろうと思ってたよ」

「……え?」


 ジークの思いがけない言葉に、マノンは思わず下げていた頭を上げてしまう。


「タリス家は代々魔法協会を継いできた家系だよ? 魔法と相反する剣術を急に教えられて、ニーナが耐えられるわけがない」

「――――」


 マノンは思わず絶句してしまった。


 確かに、ジークの言うことも一理ある。

 何だかんだ言っても、ニーナが剣術に触れてから日は浅い。その上、魔法の特訓も欠かさない一生懸命さがゆえに、無理をさせてしまっていたのではないか。


「最初に出会った時から、君のことが気に食わなかったんだ。剣術なんて不要なものをニーナにやらせる君がね」

「ジーク様――」

「剣術が不要だってこと、マノンちゃんに身をもって教えてあげるよ」


 マノンが何かを言う暇も与えてくれない。

 ジークは手のひらを掲げ、憎しみのこもった表情でマノンを睨みつけてきた。



 * * *



「何で……! 何でですの!?」


 ニーナは部屋のドアノブを何度もひねっていた。だが、内側からしか鍵をかけられないはずのドアは一向に開かない。

 勿論、ドアノブの鍵は空いている。就寝中は防犯のために鍵を閉めていたが、身支度を済ませてから稽古場に行こうと鍵を開けたら、開くはずのドアが開かなかったのだ。


「もう、とっくに稽古が始まっている時間ですのに……!」


 壁掛けの時計を見やれば、マノンと約束していた時間を五分も過ぎている。

 きっと今頃、マノンはなかなか稽古場に来ないニーナを不思議に思っているだろう。昨日の稽古が難しかったから、顔を出すのを渋っていると思われているだろうか。


 ――いえ、マノンがそんなふうに思うはずがないですわ。


 どう思われているかは分からなくても、心配をかけているのは事実である。

 早く稽古場に、マノンのところに行かなくてはいけない。それなのに、どれだけ渾身の力を込めてもドアノブが回らない。


「誰か! 誰かいませんの!? ドアを開けてください!!」


 部屋の外にメイドの一人でもいれば、異変に気づいてくれるかもしれない。そんな一縷の望みをかけ、ニーナは何度もドアを叩いて叫ぶ。


 だが、いくらドアを力いっぱい叩いても、喉が枯れるほど叫んでも、ニーナを助けにきてくれる人はいなかった。

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