第15話 困難を乗り越えて
翌日も剣術の稽古を終えたマノンとニーナは、魔法の稽古もセラに見てもらうことにした。
昨日の剣術の稽古ではマノンが師匠、ニーナが弟子という関係性だったが、魔法の稽古においてはそれが逆転する。
ニーナが師匠で、マノンが弟子。その関係性のもとで行う魔法の稽古も、マノンはセラにぜひ見て欲しかったのだ。
初めての魔法の稽古の時、ニーナから教わったのは「魔法を繰り出すにはどうするか」ということだった。
曰く、魔法の発動と脳内のイメージは密接な関係にあるため、脳内のイメージを具現化するというような感覚で魔法を繰り出していくようである。
三人で稽古場から中庭に移動する道中で、ニーナがセラを見上げて尋ねた。
「セラさんは、魔法を見るのは初めてですの?」
「いえ、三年前の侍女実習に伺った際に、そのお嬢様が少しだけ魔法を習得されていましたので、全く見たことがないというわけではございません」
「そうだったんですね……!」
セラの返答に、マノンも驚きの声をあげる。剣士協会では魔法の話題は少しでも出ていなかったため、セラがどれだけ魔法に触れているのか、今の今まで全く知らなかったのだ。
とは言っても、侍女実習に選ばれるのは一年に一人だけ。そう考えると、剣士協会に所属する剣士の中で魔法を見たことがある者はごく少数に限られるのだろう。
セラ、マノン、そして他にも実習生に選ばれた歴代の第二剣士たち……。そんな人たちと肩を並べられていると思うと、マノンは心の底から誇らしかった。
「ですが、自分で挑戦してみたことはないので、マノンが魔法を打つ姿を見られるのが楽しみです」
「……っ、が、頑張ります……!」
セラとしては本音をそのまま口にしたに過ぎないのだろう。しかし、セラの言葉がマノンの胸に重くのしかかった。セラに「魔法」とは何たるやを見せるためにも、今日こそはウォーター・ウェーブを成功させなければいけない。
これまでも魔法の稽古は剣術の稽古と同じくらい続けてきたが、何度やってもウォーター・ウェーブの威力が上がらないのだ。せいぜい木の幹にぶつかるくらいで、側から見れば木の幹が頑丈すぎて水球が割れたのかと思う人もいるくらいの弱い威力である。
ニーナに言われた通り、強い魔法を打つためのイメージはたくさんしているのだが、どうにもそのイメージと魔法が結びつかないのが今のマノンの現状である。
「師匠、一体どうすれば、威力の強い魔法を打つことができるのでしょうか……?」
マノンはほとんど涙目になりながら、震える声でニーナに問いかけた。
「うーん、イメージの仕方は間違っておりませんのよ。ちゃんとしっかりイメージできているのですから、あとはそれを魔法に込めるだけなんですけれど……」
ニーナは顎に手を当てて考え込んだ。魔法を打つ上で魔法の出力と脳内イメージは切っても切り離せない重要な関係性だ。そのうちのイメージに問題がないのだとすれば、あとは魔法の出力の問題である。
だが、魔法の出力においてもニーナに一から教えてもらっているし、違うところはその都度指摘ももらっているため、今更間違っているところはないはずなのだ。
「魔法の出力……。でも、別に出力の仕方がおかしいわけではないですものね……」
「そ、そうなんでしょうか……」
一生懸命悩んで考えてくれているニーナ。ありがたくも申し訳ない気持ちが上回ってしまう。
ここまで考えても具体的な解決策や原因が見つからないとなると、行き着く結論は一つだけである。
――もしかしてわたし、魔法に向いてないのかな……。
マノンは内心で肩を落とした。
世の中には向き不向きと同じように才能の有無も深く関わってくる。
一生懸命取り組んでいることだとしても、当の本人に合わなかったり素質がなかったり、といった原因がある場合はいくらやっても無意味なのだ。
そういう時は一度諦めて他の策を練ったり他のやり方を模索したり、という方法が通常なのだが……。
「あの、師匠、やっぱり魔法の稽古はもういいです。わたしにはきっと魔法は向いていなかったんです。才能がなかったんですよ……」
マノンが自嘲気味にそう言えば、ニーナは怪訝そうに眉を寄せた。
「何をおっしゃいますの、マノン! そんなふうに自分を卑下するものじゃありませんわ!」
ビンタでも飛んできそうな勢いで、ニーナがマノンに詰め寄ってくる。マノンは恐怖のあまり目を瞑って少し顔を背けつつも、泣きべそをかきながら「だ、だって……」と言い訳の続きを始めた。
「わ、わたしはそもそも、お嬢様の剣術の稽古をするために侍女としてタリス家に派遣された人間です。そんな人間がお嬢様から魔法を習おうだなんて、どうかしていたんです……」
「マノン!? き、急に弱気になって、一体どうしましたの? 今まではそんな弱音、一回も吐いたことなかったじゃありませんの……」
ニーナはマノンの泣き姿に困惑の表情を見せつつも、握り拳をさらに強く握った。
「わたくしは絶対に諦めませんわ! マノンの魔法の稽古をする、魔法の師匠になると決めた以上は、マノンが魔法を一つでも習得できるように最後まで導きますの!」
「お嬢様……!」
もはや「師匠」と呼ぶのも忘れて、マノンは泣き腫らした顔でニーナを見つめた。
「こうなったら徹底観察ですわ。マノン、もう一度水魔法を打ってみてくださいな」
「は、はい……!」
マノンはもう一度手のひらを真っ直ぐ前に突き出し、意識を集中させた。
やがて手のひらの先に水滴が集まり、水球を作っていく。
心臓がうるさいほど脈打つのを感じながら、マノンは詠唱を始めた。そして、
「集いし水よ、我が命に従い、天より降りて、大地を潤せ! ……ウォーター・ウェーブ!」
言い終わると同時に発射された水球は、やはり木の幹にぶつかって呆気なく散った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
マノンは肩で息をしながら、呆気なく散った水魔法を見つめることしかできない。また同じ結果だ。最近はいくら稽古を重ねても、同じように水球が木の幹に当たって砕け散るのを見ることしかできない。
ずっと変わらない結果が、マノンのやる気を容赦なく叩き割ってくる。
やはり、自分には無理なのだろうか。
マノンがそう思った時だった。
「マノン! あなた、肩に力が入りすぎてますわ!」
ニーナの鋭い声に、マノンはハッとした。
「か、肩、ですか……?」
「肩に力が入りすぎると、無意識のうちに集中が分散されますの! それで魔法の威力が落ちていたんですわ! 大きく深呼吸して、一旦気持ちを落ち着かせましょう」
「は、はい、分かりました……!」
ニーナに言われた通り、マノンは大きく息を吸って吐いて、深呼吸を繰り返した。
肩の力を抜き、気軽な気持ちで臨むよう意識する。
集中するのは手のひらのみ。そこに水滴を集めて水球にする。そのことだけを考えるのだ。
「集いし水よ、我が命に従い、天より降りて、大地を潤せ!」
マノンはもう一度詠唱を行い、目をカッと見開いた。
「……ウォーター・ウェーブ!」
詠唱ののちにマノンの手のひらから発射された水球は、風を切る音と共に真っ直ぐ飛んで木の幹にぶつかった。
今度はしっかりと激突音が聞こえてきた。いつものような頼りない破裂音とは明らかに違う、重みのある音だった。
「で、できた……」
自分でも信じられなくて、マノンは目をぱちくりさせて硬直してしまう。そんなマノンを我に返らせたのは、ニーナの明るい声だった。
「すごいですわ、マノン! 昨日よりも大幅に上達しています! ちゃんと木の幹にも水魔法が当たりましたわ!」
ニーナが手を叩き、飛び上がらんばかりに喜んでくれる。
「あ、ありがとうございます、師匠のおかげです……!」
マノンがお礼を言うやいなや、ニーナはマノンを強く抱きしめてくれた。
「本当に本当に、よくやりましたわね、マノン! おめでとうございます!」
ニーナが肩の力を抜くことを教えてくれなければ、今でもマノンは水魔法を習得できていなかった。そう考えると、マノンが今ウォーター・ウェーブを放つことができたのはニーナのおかげに他ならない。
「本当に、ありがとうございます、お嬢様……!」
マノンは何度も何度もニーナにお礼を言った。何度言っても言い足りないほどに、ニーナへの恩はたくさん積もっている。
「おめでとう、マノン」
ニーナの後ろで、セラも笑顔で祝ってくれる。
マノンは嬉しくて、「はい!」と大きく頷いた。




