第13話 回避する稽古
マノンとニーナは、互いに腰の鞘から剣を抜いて向き合った。剣の柄を握りしめるニーナの手が震えている。
「今日の稽古は相手の太刀筋を読んで回避する稽古です。まずはお手本を見せますね。お嬢様、まずはわたしに攻撃してきてください」
「そ、そんな……! マノンが怪我をしてしまいますわ! いくら稽古とは言ってもそんなこと、わたくしにはできません!」
思わず構えていた剣を下ろすニーナに、マノンは首を振って笑顔を見せた。
「大丈夫です。お嬢様の太刀筋を読んで完璧に回避してみせますから」
「……わ、分かりましたわ」
ニーナはしばらく目をぱちくりさせて驚いていたが、やがて意を決したように唾をごくりと飲み込んで再び剣を構えた。
「い、行きます……!」
掛け声を上げながら間合いを素早く詰めてくるニーナ。その太刀筋はマノンにはすぐに読み切ることができた。
何せ、こうして実践を交えた稽古をするのは今日が初めてである。いきなり師匠であるマノンに向かって攻撃しろと言われたのだから、ニーナが困惑するのも無理はない。その困惑のせいでいつもよりも太刀筋が鈍くなってしまっている。いつものニーナなら、もう少し素早い動きができているからだ。
掛け声と共に振り下ろされた剣を、マノンは右に避けて回避した。
間髪を入れずにマノンが回避したのを見たニーナは、ハッとして下ろした剣をそのまま横にスライドさせて剣戟を放ってくる。
だが、下ろした剣をスライドするときに一度逆方向に振っているのが一瞬見えたため、攻撃の方向をすぐに予測できたマノンにとって回避は朝飯前だった。
「ま、またですの……!?」
二度連続で剣戟を避けられ、ニーナはわかりやすく動揺している。
マノンに向かって剣戟を繰り返していれば、一撃くらいは当てられるだろうと踏んでいたのだろう。
実際、ニーナの剣術の腕は最初期と比べてメキメキと上達している。マノンの実力に並ぶ日もそう遠くはないだろうと思えるほどに。
だが、いくら剣術の腕が上がったとはいえ、その時々の自分の気持ちをうまく制御して剣術のみに集中しなければ、たちまち太刀筋を相手に読まれて反撃を喰らってしまう。
まだ誰かに剣を向けられたことがないニーナだからこそ、早いうちにその恐怖を味わってもらいたかった。第一剣士であるセラの前なら尚更だ。
今回、マノンがセラをタリス家に呼んだのには二つの目的があった。一つは剣士協会の見習い剣士だったマノンではなく、タリス家の侍女である今のマノンをセラに見てもらうこと。
そしてもう一つは、セラにマノンとニーナの剣術の稽古をつけてもらうことだった。
せっかくセラがタリス家に来てくれるなら、セラにもマノンとニーナの相手をしてほしいと思ったのだ。セラから直々に剣術のアドバイスをもらえるまたとない機会。活用しない手はない。
「くっ、このままじゃ……!」
ニーナが焦って剣をもう一度振りかぶったところで、マノンは一歩前に踏み出し、ニーナの剣を自分の剣で押さえた。
「……っ!」
剣を振り上げた体勢のまま、ニーナが歯を噛み締める。彼女の頬から汗がたらりと垂れた。
「そこまでにしましょうか、お嬢様」
優しい声色でそう言ってから、マノンは一度姿勢を正して剣を鞘に納めた。
「このように、相手に太刀筋を読まれて回避され続けると、どんどんこちら側が不利な状態に陥ってしまいます。実際、お嬢様もわたしに回避ばかりされてさぞ焦ったことでしょう。それを相手にされてしまっては厄介です。一気に相手のペースに飲まれてしまいます」
「じゃ、じゃあ、一体どうすればいいんですの? 師匠……」
精いっぱいの速さで剣を振り続け、マノンに向かってきてくれたニーナは不安と焦りをその表情に宿している。
そんなニーナに、マノンは人差し指を立てて微笑んだ。
「今日の稽古をお忘れですか、お嬢様。今のように太刀筋を読まれてしまえば不利になる。逆にいえば、相手の太刀筋を読み取る能力を磨くことができれば、こちらが有利に攻撃を進めることができるのです」
「な、なるほど……!」
「それは、相手が剣士でも魔法使いでも一般市民でも同じです。常に相手の行動の先を読む。それだけで戦いを有利に進めることができますよ、お嬢様」
「すごい……! すごいですわ、マノン! あっ、師匠……!」
感激のあまりマノンをいつものように呼び捨てで読んでしまったニーナは、慌てて口元を押さえて言い直した。
「わたくし、ちゃんと今回の稽古を通して太刀筋を読めるようになりたいですわ!」
「ええ、これから一緒に頑張りましょう、お嬢様」
マノンとニーナは互いに力強く頷き合った。




